2016年2月26日金曜日

2016-02-26 - 植物由来のプロテイン(タンパク質)や肉を販売するビヨンド・ミート社創業者兼CEOであるイーサン・ブラウン






イーサン・ブラウン

ビヨンド・ミート社創業者兼CEO。米コロンビア大学ビジネススクール終了。MBA。同社は、大豆から生まれた植物由来のプロテイン(タンパク質)や肉を販売。同社では、注文が入ると、社内に据え付けたカウベル(牛の首につける鈴)の音がなる。彼は、現在、家族とともにロサンゼルスに在住。



1.  「ビヨンド・ミート」(Beyond Meat*社を設立するために、明らかに成功していたキャリアを中断した理由を教えてください。どのような理由によって、起業というリスクをとることにしたのですか。

* Beyond Meatは、「肉を超えたもの」という意味で、植物由来のプロテイン(タンパク質)、肉を意味する。

会社創業までのプロセスはゆっくりしたものだった。燃料電池の分野での仕事を本当に楽しんでいた。そこで成功していたし、周りには素晴らしい人々がいた。その仕事で、私は多くを学んでいた。そうした経験は、私のキャリア形成にとって意義のあるものだった。しかし、動物タンパク質に関する根本的な問題を解決するという使命も感じていた。「ビヨンド・ミート」(Beyond Meat)を創業する8年から9年前のことだったが、私は友人に次のように話したことを覚えている。「どうしてマクドナルドは動物性タンパク質をハンバーガーの中に含めるのか、よくわからない」人々は、肉のまわりの他のすべてのものを楽しんでいるように見える。肉は味を与える方法であるが、それが最善だということはない。マクドナルドは、フィレミニヨン(フィレ肉)を提供していない。マクドナルド社は、高度に処理されたバーガーとチキンを販売しているが、それらのなかに使われている成分が何かを知ったら、ほとんどの消費者はひるむかもしれない。その時点で、私は、マクドナルドが提供する商品に対して、同社の競合企業を設立し植物ベースの代替品を作らない理由はない、と考えた。

しかし、私は、フードビジネスやレストラン業界での経歴がなかった。むしろ、私は、地球の気候変動などの問題に、より伝統的な手法で取り組むことを期待されるような経歴をもつ人間だった。したがって、私は、巨大な豆腐製造工場を建設することには適任ではなかった。最初は、自分の着想に抵抗感をもったが、同時に、信念もあった。私は、植物由来の「肉の代替商品」を作るという使命に突き動かされた。それは、川の水が障害物のまわりを自然に流れていくような感じだった。そのテーマに関して、夜、たくさんの書物を読んだ。暇があれば、それについて考えた。最終的に、私は、プロテインの方程式から動物由来の部分を取り除く技術に焦点を絞り始めた。このテーマに関して十分に知識を蓄えた。そして、ビジネス界や大学研究者のコミュニティーとの関係も構築した。そうして、私は、それまでの会社を去った。会社を去るにあたって、自分が情熱をもっているアイデアを実現したいと説明して、私は同社のコンサルタントになった。ある意味で、私は、徐々に、それまでの職業から離れ、現在の職に移行していった。




2.  最初の商品は何だったのですか?

私は、ミズーリ州立大学のフ・ファング・シェイ博士が発明した技術プロセスの熱烈なファンとなった。彼の技術を使うと、筋肉の構造を模倣するように植物のタンパク質の構造を再編することができた。もちろん、この技術を発見する以前にも、私は、最高の肉の代替商品をアジアから輸入し、ホールフーズ・マーケット社を通して、米国内で販売していた。それは、米国で販売されていない肉製品だった。私は、ホールフーズ・マーケットで試食販売を展開した。それを通じて、消費者に植物由来の肉を食べてもらうためには何が必要かについて、多くの教訓を得た。




3. 植物由来の「肉の代替品」の製造技術を開発するために、あなたは、ミズーリ州立大学、メリーランド州立大学、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ(Kleiner Perkins Caufield & Byers)社、オブビアス・コーポレーション(The Obvious Corporation)社と提携しました。それぞれの組織とその提携について説明してください。そうした組織と提携するうえで、どのような障害に直面しましたか。それらをどのように克服しましたか。

最初に、ミズーリ州立大学にコンタクトをとった。フ・ファング・シェイ博士の研究論文を読んだあと、彼に電話した。巨大な多国籍企業だったら、巨額な研究開発予算をもっている。一方、起業家は大学を活用できる。仮に私が実用化したい新規のアイデアを探しているのなら、主要な州立大学の工学系/化学系のビルをふらつくだろう。そこで、研究者と話しをして、彼らがどんな研究をやっているかを確認する。大学の研究者は、考え、研究を実施するのが仕事だ。彼らはビジネスの専門家ではない。彼らは、自分の研究を商業ベースのプロジェクトにする時間や意向もない。私は、彼らの研究を商業ベースのプロジェクトにするために、起業家と提携することを支援するオファーを申し出ることができた。ミズーリ州立大学には感謝してもしきれない。この大学は学術的にもとても優秀であり、スタッフはみな高い倫理観をもっている。彼らと提携できたことは、私にとって、とても幸運だった。

メリーランド州は私の出身州だ。その当時、そこに住んでいた。私はメリーランド州立大学を訪問し、携わっているプロジェクトの内容を説明し、資金が必要であることを伝えた。この大学には、プロジェクトを実施するために教授たちに資金提供をするプログラムがあった。私は、食品化学の第一人者であるマーティン・ロー(Martin Low)博士と提携した。私は、ミズーリ州立大学で、製品を開発し、それをメリーランド州立大学に持ち込み、テストを行った。私は、メリーランド州から2度も、この研究開発に対して補助金を受けた。シェイ博士とロー博士は、お互いに敬意をはらい、良好な提携関係を築いた。

2011年、当社は、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンスから投資資金を獲得した。それが、当社にとっての分岐点の瞬間となったと思う。クライナーは有名で、同社は、アマゾンやグーグルなどのすばらいしい企業に投資した実績をもっている。他のベンチャーキャピタルから、より条件のよい投資のオファーを受けた。しかし、クライナーの影響力、人的ネットワーク、ビジョンを理由に同社のオファーを受け入れた。同社は、約束したことはすべて実行してくれた。起業家は、ベンチャーキャピタルの行動に関して悪夢のような噂をしばしば聞いている。ビヨンド・ミート社とクライナー社をお互いが切磋琢磨し、両社の関係はとても良好である。クライナーとの関係を構築した1年後、新たなメンバーとしてオブビアス社が参加してきた。

提携企業との関係では、私自身が一歩引き下がらなければならないときもある。現在、私は、私自身よりも遥かに大きい何かの一部であるという感じがしている。当社ならびに提携会社は、後に歴史が判断するであろう「正しい道」を歩いている。それぞれの組織が、重要な役割を担っている。それらのひとつでも欠いていたら、現在の姿にはなっていないと思っている。




4. 提携企業やその貢献内容について、今、説明を聞きました。続いて、提携に伴う障害やその克服の方法について紹介してください。

私たちはチームである。私はバスケットボールをやっていたので、それを例にして説明しよう。5人のプレーヤーがコートに立っている。5人全員が、いつも気持ちがいい状態ならば、彼らのチームワークのレベルは適正なものではないと思う。同じことがビジネスにも当てはなる。私たちは、途中、障害物にぶつかった。しかし、それによって、私たちの提携や友情がさらに強まった。もし、新しい提携企業が入ってくれば、いい関係にある既存の提携企業から疑問が投げかけられることもある。私たちは、そうした問題を円滑に解決する必要があったし、これからもそのように対処していくだろう。これから、もう一度試合にでるというなら、このチームで試合に出たい。彼らは本当に素晴らしいメンバーだ。




5. あなたは、20代で、エネルギー/環境系の組織を立ち上げましたが、その目的は何だったのですか。その経験からどのような教訓を得ましたか。その教訓は、ビヨンド・ミート社の設立でどの程度役立ちましたか。

目的のひとつは、ノースカロライナ州のチャールストンに住むことだった。私はその都市が好きだった。私は、かつてエネルギー省の兵器施設があった場所を1年かけて観察した。オークリッジ(Oak Ridge*とロッキー・フラッツ(Rocky Flats**に行った。そのとき、指導教官のために研究論文を執筆していた。広大な土地の区画が核兵器実験のために確保されていた。そのため、一般の人々が活用できないという「外部性」(externality)が発生していた。最終的に、その広大な区域は野生動物の保護区になっていた。誰も、そのような地域に足を踏み入れようとはしなかった。私がもし環境問題にも造詣が深い思想家、エマーソン(Emerson)やソロー(Thoreau)で、こうした土地を保全したいと考えたなら、(逆説的であるが)極めて微量の核廃棄物をその土地に置くだけで、広大な土地を野生動物のために保全できるのではないかと、考えたりした。

*オークリッジ国立研究所(ORNL)のことを意味する。この研究所は1943年に原子爆弾開発のためのマンハッタンプロジェクトで創設された。第二次大戦後は、原子力平和利用研究の中心的な役割を果たした。
**ロッキー・フラッツ(Rocky Flats Plant)とは、コロラド州のデンバー近郊で操業していた核兵器(特に起爆装置)を製造していた施設。

この核施設の汚染問題の解決には2つの方法がある。一つ目は、EPA(環境保護庁)の基準のとおり、幼児でもその土地のものが安全に口に入れられるように、何10億ドル(何千億円)を費やして、土地の除染を行うことだ。二つ目は、その土地をそのままにして、野生動物のための美しい保全区域にすることだ。「廃棄物(無駄遣い)から荒野に」というタイトルの論文を保守的なシンクタンクのために書いた。そのシンクタンクは予算削減の戦略に関心を持っていた。私は、そのシンクタンクのようなことは考えていなかったが、私の論文は刊行された。調査研究と論文執筆に1年間を費やすなかで、私はエネルギー省の環境保護プログラムにおいてどのようなことが起こっているのかについて、非常に多くのことを学んだ。外部からの規制監督がないことが、予算の膨張を招いていた。環境への影響に十分配慮しないで、誤った意思決定がなされていた。

私は、こうした背景により、サウスカロライナ州内で監察を実施するための組織を設立し、W.L.ジョーンズ・ファンドとプラウ・シェア・ファンドを通して資金を獲得した。これが、最初に私が完遂した非学術的プロジェクトとなった。私は、ゼロから組織を立ち上げた。それを行うために、発想を概念化し、資金を調達し、役員会を創設した。同時に、その組織から私は解雇された。つまり、解雇についても学んだのである。こうした経験は、ビヨンド・ミート社を創業する際に、大いに役立った。




6. 特に解雇からどのような教訓を得ましたか。

いくつかの教訓を得た。第一に、私は支配/監督権をあまりにも手離し過ぎたことだ。私は、他人を信じやすい傾向がある。そのため、潜在的な問題を予見していたにもかかわらず、それらを過小評価してしまった。自分で次のように考えた。「私たちは同じ考えをもっている。最終的には同じだ」私は愚かにも、悪いことは起こらないと考えた。しかし、資金を調達した瞬間から、メンバーの態度が変化した。この経験を通じて、私はコントロール(支配/監督)について学んだ。この問題については、信頼とコントロールの正しいバランスの取り方を現在も学んでいるところだ。

私は、また他人との交わり方についても学んだ。私が執筆した論文は一部の人たちを狼狽させた。論文の刊行を承認した者がとても重要な部分を見逃した。彼は、私の論文を注意深く読まなかっだ。この問題に丁寧に対応するかわりに、私は経営陣を批判してしまった。(後から考えると)それは、愚かで傲慢な態度だった。私の批判を知り、取締役会は即座に私の解雇に踏み切った。



7.  あなたはクエーカー教会に関わっていると理解しています。日本人の読者に、その教会の信条について説明してください。そうした教義と個人的な信条により、ビジネスを進めるうえでどのような影響を受けていますか。

私は、小学校から高校まで、クエーカー教会系の学校に通った。地元に帰ると、父とともにクエーカー教会の礼拝に参加した。現在住んでいる地域では、通えるクエーカー教会はない。かなり遠いところにある。私の信条は確かに私の毎日のすべての行動に影響を与えている。教義はとても民主主義的だ。礼拝では、1時間黙って座っている。もし、他の信者が近寄ってきて何かを話しかけてきたら、立ち上がって話してもよいが、牧師や聖職者はそこにいない。クエーカー教はキリスト教の教義である。しかし、その教義は、自分自身、そして、神との個人的な関係に関するものだ。他人への奉仕と非暴力が中心的な教義だ。私の父は大学教授で哲学者なので、彼は私自身が考えるように促してきた。そして、私は、彼とは異なった信念をたくさん持っている。私は、動物に対する暴力は「誤った行動」だと考える。感覚を持っている生物に対する暴力は、「暴力」だと考える。このクエーカー教の信条は人間だけにあてはまるのではないと思っている。こうした教義を人間という一つの種から広範な世界に広げるべきだと思う。こうした信念が私の日常の行動に影響を与えている。




8. 201312月、和食が、その成分の新鮮さと栄養バランスを理由にしてユネスコの無形文化遺産に登録されました。ビヨンド・ミート社では、日本食をもとにした商品の開発を検討したことがありますか。

中国においては、市民が肉の供給に慎重になっている。また、日本では、放射能汚染の魚の問題に関心が集まっていると理解している。これらの食材に対して植物由来の食物を提供するための重要な役割を担いたいと思っている。これに関連して、世界で最大規模のマグロ会社と交渉していた。しかし、現在は、交渉の熱は高まっていないが、海産物の植物由来の代替商品の生産に、依然として関心をもっている。




9. 起業を目指している日本人にどのようなアドバイスをしますか。どのような教育や経験が必要だと考えますか。

まず、自分の心の声を聞かなければならない。私の場合、心の中にある声を聞こうとした。なぜなら、自分のコミットメント(言質)の根本的なレベルから行動を起こしていないと、あらゆる障害は克服することはできない。根本的な動機がなければならない。あなたが達成しようとしていることは、本当にあなたが望むことでなければならない。自分の両親や他人があなたに望むことであってはならない。もちろん、あなたはリスクをとらなければならない。あたなは、リスクをとならいためのたくさんの理由を思いつく。目標を達成しないことを正当化するたくさんの理由を思いつく。会社のなかで私の目標を共有しようとすると、ミーティングの参加者のひとりが、目標のひとつが達成困難かもしれないことを指摘する。誰も、否定的な内容を聞きたくない。私は、最終的に彼らがチームをどのようにゲームの勝利、つまり成功に導くのかを知りたいだけだ。私はバスケットボールの神様、マイケル・ジョーダンのようなアスリートが好きだ。彼は、38.9度の熱があってもプレイし勝利する。起業家として成功するためには、不可能に思える目標を達成するという覚悟、決意が絶対に必要となる。



2016-02-26 - オープンソース型の金融推計プラットフォームを運営しているエスティマイズ(Estimize)社の創業者兼CEOリー・ドローゲン







リー・ドローゲン

Leigh Drogen 。エスティマイズ(Estimize)社の創業者兼CEO(最高経営責任者)。同社は、インディペンデント系、バイサイド(buy-side、株式やファンドなどを購入する機関投資家)、セルサイド(sell-side、バイサイドから注文を受けて株式やファンドを販売する証券会社)、各産業の専門アナリスト、個人投資家、学生などのファンダメンタルズの推計の集約を支援するオープンソース型の金融推計プラットフォームを運営している。また同社は多様な投資コミュニティーや個人の推計情報を集約することで、セルサイドの一方的なデータよりも正確で、代表的な「期待」に対する見解を提供している。

彼は、ニューヨークをベースにするゲラー・キャピタル・ファンドで、数量分析にもとづくクオンツ・トレーダーとしてスタートした。彼は、価格モメンタムやセンチメント(市場心理)指標を活用し、収益加速化とアナリストの収益予想の変更モデルを開発した。

その後、同じニューヨークを拠点とするサーフビュー・キャピタル(資産運営会社)を創設した。そこでは、ゲラー・キャピタル・ファンドと同様の運用戦略を活用するとともに、中期的な時間軸で高位の株価ベータ値*にもとづく運用を行った。

*株価ベータ値とは、市場全体(つまり株価指数)に対する、各個別銘柄の株価の感応度のことを意味する。たとえば、ベータ値が2の銘柄は、TOPIX(東証株価指数)が5%変動するとその2倍の10%変動することを意味する。一方、株価ベータ値が0.5の場合は、TOPIX5%変動するとその半分の2.5%変動することになる。
学生時代は経済学と国際関係(主に戦争論)を専攻。米国ニューヨーク市立大学ハンター校を優秀な成績で卒業。



1.    Estimizeのアイデアはどのように思いついたのですか。そのアイデアを最初に告げた3人は誰でしたか?どうして、その3人に最初に話したのですか?そのとき3人はどのような反応をしましたか?

Estimizeのアイデアは個人的な事情で生まれた。私は、ニューヨークにあるヘッジファンドで働くために大学を退学した。そこでは、企業業績の加速化と投資アナリストの収益予想の改訂を分析する興味深いモデルを利用していた。私たちは、基本的にセルサイド*のデータセット(ひとまとまりのデータ)の非効率性に関係する要因と、それらに含まれる歪み(skew)と偏り(bias)、そしてモメンタム(勢い)の合流点を探していた。株価が急伸し、四半期ごとに予測を超える業績を記録している企業を探していた。そうしたデータセットから、私たちは非効率性を取除くことができ、大きな結果を残した。

* セルサイド(sell-side)とは、機関投資家などのバイサイドから注文を受けて株式やファンドを販売する証券会社

そのヘッジファンドで、データセットがどうして非効率なのか、そして、セルサイドのインセンティブ構造のすべてを学んだ。エスティマイズのアイデアは、2007年に、そこで生まれた。私がそのヘッジファンドで基本的に仕事を始めて1年が経過したときだった。私は、ミレニアル世代(2000年代に社会人になる世代)に属している。この世代は、オープン、共有、偽名(匿名)の使用を含むウェッブ哲学を堅く信じている。有料コンテンツの壁の回避、そしてクラウド・ソーシング*も信じている。しかし、そうした信念は、これまで金融の世界全体にはもたらされてこなかった。そして、それは、現在私たちが開発しているデータセットに対しても明らかに同じことが言える。

*インターネットを活用し、不特定多数の人に業務の発注や、受注者の募集を行うプロセス
次に、話をその数年後に進めよう。私は、ストック・ツイストという金融系の新規企業で働くために、ヘッジファンドを去った。そして、そこで、自分たちのアイデアを、直接的なインセンティブ制度なしで(つまり、無料で)オープンなコミュニティーに対して積極的に提供してくれる人々のコミュニティーを構築した。こうした展開がエスティマイズ創業への舞台を整えた。ある日、同僚と一緒に、金融データ系の大手企業とのミーティングに入ろうとしたとき、アイデアが浮かんだ。そのミーティングを終えて会議室から出るとき、その同僚にアイデアを伝えた。「このデータセットを構築しよう!これは私たちに相応しい内容だ」その同僚も私の意見に同意し、「そのとおり。でも、(ストック・ツイスト社の)ファウンダー(創業者)は納得してくれないだろう」。

その後、数ヶ月、業界内の専門家と連絡をとりながら、私のアイデアが正しいかどうかを検証した。そして、私は、ストック・ツイストの創業者のところに行き、このデータセットを構築すべきだと説明した。彼は答えた。「うん、それは本当にいいアイデアだと思う。でも当社がやるできことではない」。
そして、2011年、私は、エスティマイズを創業するために、クイック・ツイスト社を去った。これがエスティマイズ社の創業ストーリーだ。




2.   エスティマイズ社のビジネスモデルは何ですか。商品、あるいはサービスは何ですか。顧客や収入源も教えてください。

当社のビジネスモデルは、(従来ビジネスモデルに対する)「経済的な破壊勢力」と表現できる。(従来の大手金融情報企業の)トムソン・ロイター、ファクトセット、ブルームバーグ、キャピタルIQはセルサイドの情報を所有し、それを有料の壁で守っている。そういった情報を閲覧するだけで、顧客に対して、これらの企業は、月額で少なくとも1,500ドルの料金を課金する。もしそのような情報を「利用」したいなら、それ以上の料金を支払わなければならない。私たちはこうした状況に対して次のように宣言した。「それはおかしい。当社はサイトのフロントエンド(最初に顧客に見せる部分)でこうした情報を無料で提供していきたい。当社は、他社にはない直交のデータセットを収集し、それを保有する。当社は、顧客の目を釘付けにする」

そして、23週間後に、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)*をバックエンド(フロントエンドで利用してくれたユーザーにさらに売り込みをかけること)で提供して、エクセル・プラグインのソフトを使ってデータを売り込む。当社は、このAPIを、統計的な裁定取引や他の定量的トレーディングを行っている大規模な定量的ヘッジファンドに売り込む。エクセル・プラグインは、(投資の意思決定で主観的なルールをもつ)自由裁量型トレーダー(discretionary trader)、アナリスト、プロジェクトマネージャー、IR(インベスター・リレーションズ)専門家など、当社のデータを自分が使うエクセル・モデルに組み込みたい人々が利用できる。さらに、当社は、有料で、プレミアム型のフロントエンドの分析サービスを構築することを計画している。以上のような特色は、ウェッブサイトの最初のページ(フロントエンド)で、自由に利用可能なわけではない。くわえて、調査に関して、バイサイドとセルサイド**の連携体制も構築しているが、これも、面白いビジネスに発展すると信じている。

*あるコンピュータプログラム(ソフトウェア)の機能や管理するデータなどを、外部の他のプログラムから呼び出して利用すること

**バイサイド(buy-side、株式やファンドなどを購入する機関投資家)。セルサイド(sell-side、バイサイドから注文を受けて株式やファンドを販売する証券会社)。
当社の有料顧客には、大規模な定量的ヘッジファンド、アセットマネジメント(資産管理)会社、自由裁量型ヘッジファンド、IRセクション代表者、そして銀行が含まれている。




3.  現在の売上はどのくらいですか。今後の数年で、どのくらいの成長を計画していますか?

当社は、次のような正当な理由により売上の情報を公開していない。市場のなかに数社の手強い競争相手がいる。当社の現在の目標は、データ資産のサイズを可能な限り拡大することだ。当社は、株価予想のコンセンサスを提供する情報企業になりたい。より正確で、同時に、株価予想を代表するという理由で、すべての人が当社の予想を利用するような情報提供会社を目指している。最終的には、事業の焦点を、可能な限りの収入を上げる段階に移行させていきたい。しかし、現段階では、データセットの拡大が最も重要な課題だ。今から1年後、実際に、収入拡大に注力していきたい。




4.  エスティマイズのオープンソースのプラットフォームに貢献している上位3国はどこですか。潜在的な(情報)貢献者を拡大するために英語以外に他の言語を加える計画はありますか。


上位3国は、トップがアメリカで、カナダ、日本が続く。3番目に大きい情報貢献者のグループが日本で、彼らは英語を使っている。実際、日本の株価予想のデータセットの作成を計画しており、それは、欧州あるいはカナダ用に構築する前になる。日本のあとに、中国、韓国、台湾に拡大するだろう。当社の次の4つの株価関連のデータセットはこの4カ国用に構築されるだろう。しかし、こうしたデータセットを拡大する前に、マクロ経済予測のデータセットをアメリカから、日本を含む外国に広げたいと考えている。




5.  どのような方法で、エシティマイズ社のオープンソース・プラットホームに対して、アナリストなどの情報提供の貢献者を集めているのですか。彼らをどのように管理していますか。


「コンセプト・マーケティング」がユーザー獲得のための主な方法だ。当社にはコンテツ担当ディレクターがいて、当社のデータを使って大量の研究記事を執筆し、それをブログで発行している。そのブログ記事が、ヤフーファイナンス!、ビジネスインサイダー、フォーブスなどのサイトに再掲載される。こうした記事はとても効果的で、データを使いたい人々を当社のサイトに導いている。そして、そうした人々は、多くの場合、最終的にコンテツの情報提供者として登録することになる。
当社は、誰でもデータセットに対して情報を提供できるという、完全に開放的な哲学をもっている。さらに多くの情報提供者を募集したい。なぜなら、より多くの株価予想を集めれば、総意(コンセンサス)の精度が増すことがわかっているからだ。もちろん、データに障害を与えようとする人間からはデータを守るために注意しなければならないし、専門的知識が乏しい人々からもデータを保護しなければならない。

エスティマイズ社は2種類の保護アルゴリズム*を利用している。最初のものが、信頼性アルゴリズムだ。それは、ユーザーがインプットしたデータが信頼できるものかどうか、システムを不正に操作しているかどうか、システムに適合しないデータを提供しようとしているか、をテストする。仮にアルゴリズムが問題を発見した場合、そのデータはシステムにアップロードされることはない。さらに、その日の終わりまでに、私たちは自分たちの手で直接、疑念が残る株価予想を再検証している。来週、当社は、2番目のアルゴリズムである、予測解析プラットフォームを導入する。このアルゴリズムは、どの予想が、ある収益発表に対してより精度が高くなるのかを予測し、信頼性水準に基づいて、株価予想に対するコンセンサスに対して、それらの予想に重み付けを行うものだ。当社のサイトに掲載されているすべての株価予想の横に、0から100までの範囲の信頼性水準のスコアを掲載する計画だ。
*アルゴリズムとは、ある特定の問題を解く手順を、単純な計算や操作の組み合わせとして明確に定義したもののことをいう。特にITの分野ではコンピューターにプログラムの形で与えて実行させることができるよう定式化された、処理手順の集合体を指す。




6.  将来、自分の会社を設立したいと常に思っていましたか?それとも、従来型の会社で働いたのちに、起業することが自分の使命であると認識したのですか?

私の場合は、偶然に起業家になった。最初は、自分の会社を始める計画は持っていなかった。私は、成長するまでに、いろいろな物を売ったり、テニスのレッスンを提供したり、起業家的な活動にいろいろ関わってきた。実は、私は誰かのもとで働くような正規の仕事に就いた経験はない。しかし、ヘッジファンドで働き、自分の努力で階段を上がっていくと考えていた。最初は、そのとおりに行動した。その結果、私は、素晴らしいファイナンス系の新興企業で働く機会を与えられた。その会社を退社して自分でベンチャー企業をスタートさせるという発想は単にそのときに浮かんだにすぎない。それは、私が努力して達成した成果ではない。




7.  話を前に戻したいのですが、一兵卒から階段を昇っていくことを考えていたなかで、どうして当初ヘッジファンドに就職したのですか?

私は「独学者」で、伝統的な学校環境でうまく学べなかった。むしろ、本を読み、周りにいる人たちから基本的に学習する。学校ではファイナンスを勉強しなかった。実際に学んだのは経済学と戦争理論だ。当時、CIA(米国中央情報局)、国務省、あるいはシンクタンクのランド研究所に就職しようと考えていた。博士号を取得し、こうした組織で昇進していくことを計画していた。しかし、大学の学部の半分も経過しない段階で、さらに5年も博士課程で学ぶ忍耐力は自分にはないと悟った。当時、私は、行動ファイナンスの専門書をたくさん読んでいた。そのなかでも、特に多様な投資戦略についての文献を読んだ。金融市場をパズルにたとえれば、私は、異なった種類の動的なパズルのピースや、多様な人間のグループの行動に興味をもった。特に、市場のなかの多様な動きによって、人間の行動がどのような影響を受けるのか、ということに関心をもった。

ちょうどその頃だった。ある日、私の父がニューヨーク市内の通りで歩いているデービッド・ゲラーとばったり会った。子供の頃、私は彼とテニスをやって育った。デービッドはそのとき42歳ぐらいで、ヘッジファンドの運用で成功していた。父と彼が私について話していたとき、「彼(つまり、私、リー・ドローゲン)がトレーダーになりたいのなら、インタビュー(面接)のためによこしなさい」と言ったそうだ。
そのすぐ後、私は、カリフォルニア州サンディエゴからニューヨークに戻り面接のために彼のオフィスを訪れた。そのインタビューで興味深かったのは、彼が、ファイアンスや数学の質問を一切しなかったことだ。インタビューはかなり不思議な感じだった。何か心理学者と話しているようだった。デービットは、心理学の質問をたくさん私に投げかけた。私が彼のところを訪れたとき、彼のオフィスにある荷物用の箱を組み立てるように指示された。オフィス内の別のコーナーで片付けなければならない仕事があるので、それが終わったあとにインタビューを始めると彼から告げられた。私はその箱を組み立てようとした。だが、できなかった。どんなにいろいろ試みても、組み立てることができるようには思えなかった。130秒ぐらいが経過したのち、私はデービッドのところに行き、その箱を組み立てることはできないと告げた。デービッドは、「気にしなくていいから」と答え、そのときから、インタビューが始まった。

デービッドは最終的に私を定量トレーダーとして採用した。私はその仕事が好きだ。1年後、私と彼は、昼食のとき行動ファイナンスの問題について議論していた。そのとき、彼はこう言った。「荷物用の箱のことを覚えているかい?」私は「もちろんです。私に箱を組み立てるように言ったのは何か理由があったのですか?」と返した。私の質問を受けて、デービッドは次のように説明した。「もともとあの箱は組み立てられないようにできていた。君に組み立てるように指示したのは、君が問題を解決できないときにどのような反応を示すかを評価するためだった。君がフラストレーションをためて箱を潰すのか、あるいは、できないことを私に告げないでそのままにしておくのか、知りたかったのだ」デービッドは、説明を続けた。「心理的な特性によって、どのようなトレーディングに適合するかが決まってくる」つまり、彼の会社で行っているようなトレーディングに適合する要素は、知性やファイナンスの知識ではなく、心理的な特性だったのだ。「もし君が箱を組み立てられないことを告げずに、毅然としてそのまま座っていれば、バリュー・トレーダー(市場が過小評価している株を探し出して投資する)にたぶん向いているだろう。しかし、その場合、君は優秀な定量トレーダーにはなれない」荷物用の箱の試験に対する私の行動から、デオビッドは私の心理特性を見極めて、採用することを決定したのだ。




8.  日本経済は、20144月の消費税の値上げ以来、停滞しているように見えます。米国に比べて、日本の現在の株式市場をどのように評価しますか?日本企業のなかで、どのような会社に興味を持っていますか?その理由は何ですか。

ソフトバンクといくつかの企業を除くと、日本の個別の企業にはあまり詳しくない。マーケット全体の動きを読むと、安倍首相がやってきたことは興味深い。安倍首相は経済を活性化し、その結果、株式市場も成長し始めたように見える。しかし、日本は依然として深刻な人口問題を抱えており、自分だったら、日本の株式市場に多額の資金を投資するかどうかは確かではない。日本経済はとてもダイナミックで、技術革新も素晴らしい。しかし、そうした人口問題が経済成長を抑制している。消費財関連の株のパフォーマンスはよくない。なぜなら、消費財は成長セクターではないからだ。




9.  企業化になるにあたって最も困難なことは何ですか?

ヘッジファンドを運用する、またはファンドで資産運用をマネジメントする場合、極めて詳細な戦略とプロセスに従う。毎日、同じ戦略を行使する。時間が経過すると、一種のリズムが身につき、そのリズムによって仕事が効率的になる。そうしたことが、あなたを成功に導く。企業を創業すると、毎朝、目を覚ますとき、最初からやりなおして常に新しい解決策を考えなければならない。毎日、起きて、それを実践し、物事を前に進めなければならない。しかし、それをどのような方法で実践するのか必ずしも理解しているわけではない。その途中で、極めて多様なスキルや考え方を学ばなければならない。それは、ビジネスを構築することだけではなく、自社の商品を市場に適合させることも含めてだ。さらに、自社の顧客が何を求めているのか、そして、より質の高いプラットフォーム(技術基盤)の構築方法も学ぶ必要がある。人々を引きつけ、雇用しチームに配属し、さらに、投資家にも自社に魅力を感じてもらうことも必要となる。常に動いている(パズルの)パート、つまり要素がたくさんある。それらのパートをひとつにまとめることは難しい作業だ。しかし、それは楽しい作業でもある。




10.  起業に興味を持っているビジネスマン、大学生、高校生に対してどのようなアドバイスをしますか?

コーディング(coding)、つまりプログラミンを学びなさない、と言いたい。簡単に言えば、それが私のアドバイスだ。コーディングができれば、何でも造り出せる。何かを作れば、今度はそれを試すことができる。新しく作ったものを試し続ければ、最終的にうまく機能する何かに到達する。パイソン(Python)、オブジェクティブCObjective C)、それから、世界で使用されているアップル用の言語、スウィフト(Swift)から始めることを勧めたい。パイソンとスウィフトは両方を学ぶべきだ。スマートフォンなどのモバイル系アプリiOSのコーディングができれば、この驚くほど強力なプラットフォームにより、簡単に利用者を獲得することができ、それで準備完了だ。今は、すべてがモバイルになっているからだ。




11.  あなたは、熱心なホッケー選手だと聞いたが、他にどのような趣味や関心を持っていますか?

サーフィンをよくやっている。休暇がとれれば、サーフィンのためのいい波を探しに行っている。サーフィンは素晴らしいスポーツだ。気持ちを落ち着かせてくれる。もうひとつ好きなものがある。国際関係だ。外交政策の文書やシンクタンクが発表するリサーチなど多くの資料を読んでいる。リサーチがどのようになされ、現実の政策がどのように実践されたのか、その大きなギャップを研究するのが、とても楽しい。それから、趣味として、行動ファイナンスの多くの文献を読むのが好きだ。この分野はとても面白い。行動ファイナンスについてはまだまだ学ぶべきことが多いので、そうした文献を読むことは本当に楽しい趣味になっている。


2016年2月24日水曜日

2016-02-25 -Yapp!社創業者のマリア・サイドマンが 「アプリケーションの作成を民主化する」という企業ミッションを説明する








マリア・サイドマン

Yapp!, Inc. 創業者兼CEO。イェール大学卒。スタンフォード大学経営大学院終了(MBA)。
Yapp!社(2011年設立)は、ウェッブ上で個人が自分の好みの(携帯用)アプリケーションを作成できるサービスを提供している。Yapp!社は、「アプリケーションの作成を民主化すること」を企業ミッションにしている。



1. あなたは、自分のリンクトイン*の経歴で次のように述べています。「起業家であり、母であり、(病気から)回復途中の『大企業の幹部』です。そして、携帯用のアプリと多くの人のためにソフトウェアを民主化することに心を奪われています」。ところで、「(病気から)回復している」とはどういうことですか。具体的に説明してください。

 *アメリカ発の世界最大級のビジネス特化型SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)


「いま、12段階**の途中です。いいえ、冗談です」
 **「アルコール中毒の治療によく利用される伝統的な12段階の治療」にかけて冗談を言っている。

私は、大企業で働くときに企業で実施されている多くの慣行から回復している途中だと思う。そうした慣行には、柔軟性のない思考方法はいうまでもなく、惰性(緩慢)、官僚的手続き、規則など多くのものが含まれている。私がYapp!をスタートしたとき、多くの行動を再学習し、あるいは「忘れる(unlearn)」必要があった。共同創業者のルーク・ミーリア(Luke Melia)に会う前は、商品のデザインをどのようにしようかを考えるのに多忙を極め、50ページ以上の商品の仕様書の改善に何週間も費やしていた。私が、映画会社のワーナー・ブラザーズで、複数のチームの大勢の人々と仕事をしていたときの商品マネジメントの方法がそのような感じだった。私は、すべての作業を記録した。各商品の仕様書に関して同様の記録を行うプロジェクト・マネージャーもいた。

しかし、あなたの会社が小規模で、動きが速いベンチャー企業の場合、そうした書類を完成した途端、商品のすべての仕様が的外れなものとなってしまう。共同創業者のルークは、迅速な方法で仕事をするプロセスを私に紹介してくれた。日本や日本文化を褒めているように見えるかもしれないが、当社は「カンバン方式」(トヨタ生産システム)を利用し、タスク(業務)を可能な限り小さな部分に分解し、それらを、迅速に生産プロセスに落とし込んでいる。これは、いかに、私が従前の行動を捨て去り、他の新しい行動様式や思考方法を学んだかを示す事例である。



2. ひとりの母親であり、同時に、企業の創業者であることは、どのような感じなのか、教えてください。どのようなチャレンジがありますか?それらをどのように解決しましたか。

母親であり、同時に起業家であることは、私にとって素晴らしい経験である。こうした2つの役割を否定的に評価する人もいる。すなわち、私は、他の何かを追求するため、つまり、企業の創業者になるために、子供たちと一緒に過ごす時間を犠牲にしていると。

しかし、私の場合、両方の役割を担うことが、バランスを維持するための素晴らしい経験になっている。私が専業主婦であったならば、全エネルギー、そして、タイプAの性格*を、子供たちに注ぎ込むと想像するが、それは子供たちにとってためにならないだろう。

子供に時間をかけることと私の仕事は、バランスが維持されるだけでなく、お互いが補強し合っている。私は、Yapp!において企業文化を築き商品を作り出す際に、次のことを常に望んでいる。子供たちが成長したとき、自分たちの母親は世界にとって意味をもつ仕事をしたと誇りに思えるような仕事をしたいと。そうした私の願望が仕事のモチベーションになっている。

*タイプA行動パターンの特徴は、過度に競争心が強く、攻撃的でせっかちである点にある。この性格傾向の強い人は、絶え間なく他人や自分と競争し続ける。また、時間との競争や自分の運命にさえ挑戦し、慢性的に闘争的な反応を続ける傾向が強い。

ある調査が、人間は休息なしで働くと生産性を維持することはできないと示している。誰にとっても「気分転換」が必要となる。人によっては、それが特定のスポーツであり、趣味となる。私は、スポーツや趣味も楽しむ。しかし、私に楽しみを与えてくれる「気分転換」のひとつが家族と一緒に時間を過ごすことだ。そうすることで、充電になっている。


母親と企業の創業者であることの「共生的な関係」に関する3番目のコメントは、私の人生の一部と家族との経験が、当社のユーザーに対する思考の質を高めてくれることに関係している点だ。当社のユーザーは多忙な親たちであり、当社の主要なサービスである携帯通信機器用のアプリを活用しながらあらゆる仕事のマネジメントを行っている。母親としての私の経験は、そうした多数のユーザーと多くのことを真に共有することを手助けしてくれる。




3. 「大衆のために(コンピューターの)ソフトウェアを民主化」するというインパクトの強いコメントは、どういう意味ですか?どのようにして、そのような願望を強く思うようになったのですか?

ときに、何か欲しい物を手に入れるための道が閉ざされている場合、人間というものは、それを手に入れるという考えに取り憑かれる。私は、iPhoneを手に入れた最初の人間の一人だった。そして、この新しい携帯通信機器に夢中になった。しかし、同時に、フラストレーションも感じだ。というのは、私は、開発者でもなく、プログラミングも学んだことがなかった。私固有の性格がそうした技能の習得に向いていなかった。そして、驚くべき産業が私の目の前で出現しているのにもかかわらず、その産業にアクセスする手段を欠いていると思った。そうしたなかで、私は、このような強迫観念を抱くようになった。


より一般的な方法で説明しよう。ほんの一握りの人しか手に入れることがでいない何か(技術)を捉え、一般大衆向けの汎用技術品に作り直すことに、私は常に関心を抱いていた。ワーナー・ブラザーズで働いていた頃を振りかえると、YouTubeがどうなるのか第三者として観察していた。YouTubeが巻き起こしたことだけでなく、それが意味していることに心を奪われた。過去には、私が働いていた映画制作会社やテレビ番組の制作者だけが、他人が消費できるコンテンツを製作できた。しかし、突然、コンテンツの制作が民主化された。私のリンクトインのプロフィール内のコメントは、どちらかといえば携帯通信機器に関することであるが、より一般的にいえば、(前述したとおり)一握りの人々だけが利用できるテクノロジーをとりだし、それらをすべての人が利用できるようにするという強い願望に関係している。




4. イェール大学を卒業し、スタンフォード大学経営大学院でMBA(経営学修士)を取得後、あなたは、ゴールドマン・サックスのアナリストになりました。その後、MGMとワーナー・ブラザーズに勤務しました。あなたは、最初、大企業で働くキャリアを目指していましたか?もしそれが正しければ、どのような理由で起業家になったのですか。大企業で働くことに対して、企業を創業することのメリットとデメリットは何ですか?

イェール大学で勉強していた頃は、私は真剣にジャーナリスト(新聞記者)になりたいと思っていた。当時、英文学の教授のところに行って次のように話した。「経済学専攻の学生であることは分っています。でも、書くことが本当に好きです。私は、書くことを仕事にしたいと思っています」彼は、悲しそうな目をして私に言った。「実際に生計が立てられる職業を選んだらどうか」成長して多くの経験をもった今、(後知恵として)彼の助言の意味を理解している。彼は、作家やジャーナリストになることは極めて難しいということを言おうとしていたのだ。成功した作家は、本当の意味で書くこと以外は何もできないという理由で「成功」している。「作家が他のことはできない」とうは、彼らの情熱は書くことのみに注がれているという意味だ。そして、作家は、どのような障害に直面しても、強い意志をもって書き続けることができる。あのとき、私は明らかにそうした信念を持っていなかった。「先生に申し上げます。私は飢え死にすることさえ気になりません。カップヌードルしか食べられないとしても構いません。どんなことをしても、作家としてのキャリアを追い求めたいと思っています」。

作家や記者になるためには、こうした確信が必要不可欠である。もちろん起業家として成功するためにも、そうした確信が重要となる。合理的な見地にたって、新規企業の倒産率を前提に起業を失敗する(低くない)可能性を考えれば、起業は自分がやりたい唯一のことと本当に信じる必要がある。私の場合、起業が自分自身の情熱であることを悟るのに少し時間がかかった。

イェール大学を卒業したとき、私は返済しなければならない学生ローンをかかえていた。私の両親は米国への移民だった。そのため、私は卒業後即座にお金を稼ぐ責任を強く感じていた。卒業時、つまり、1999年当時、それを確実に実践する方法は、(ニューヨークにある)ウォールストリートの投資銀行で働くことだった。そして、私はゴールドマン・サックスで職を得て働くなかで、そこで成功する夢を抱いていた。しかしながら、直ぐに、具体的には就職後7ヶ月で、投資銀行は私には向いていないことがわかった。ゴールドマン・サックスの職場環境のなかで、私は十分な成果を出せなかった。そこでは、システムのなかの「歯車」になったような気がしていた。

最終的に、それまでとは異なった創造的な活動を見出した。2002年にスタンフォード大学のMBAプログラムに応募するときにエッセーを提出した。時期的には、iPhoneYouTube、他の通信技術の登場前だった。そのエッセーで、私は、私たちがメディアと技術をどのように消費するのか、その交差状況に焦点を当てたいと述べた。当時、シリコン・バレーとハリウッドを橋渡しする機能が存在しなかった。そうした橋渡しの機能を私は担いたかった。スタンフォード大学経営大学院に在学中に、企業をスタートしようとした。そうした経験を通して得た大きな結論は、次の点だった。つまり、私たちが取り組んでいた問題を真に理解できるほど、自分はその産業について十分な知識を持っていなかったということだ。

私はメディア系企業に入ろうと考えた。メディア系企業は、変革期をむかえているので、ビジネスチャンスと市場の動向を本当に理解できると考えたからだ。そうした背景で、ワーナー・ブラザーズに就職した。私のそのときの「大計画」は2年間そこで働くことだった。同社で、経験を得て、人的ネットワークを拡大し、同社が解決できない課題に対してどのように解決策を提示するかを探し出すつもりだった。しかし、同社での仕事はあまりにも楽しかった。私は、昇進し続け、本当に楽しい時間を過ごした。その結果、同社で7年間働くことになった。

 


5. Yapp!のビジネスモデルをどのように説明できますか?御社の「製品」は何でしょうか?あなたの顧客はどのような人たちですか?Yapp!のアイデアをどのように着想されたのですか?

時系列で整理するために、最初に「最後の質問」に答えよう。前述したとおり、私は、自分が関係した女性団体の研修会のためのアプリを作りたいと考えた。そう思ったのは、時期的には2010年だった。当時、iPhoneが市場に投入され3年が経過していた。そのため、ブログやウェッブサイトを実に容易に立ち上げることができたので、アプリ開発者でないにもかかわらず、アプリも簡単に作成できると思った。でも、そうではないことに気がついた。利用可能なプラットフォームはほとんど存在しなかった。存在したとしても、それは、アプリの開発言語の知識をもった開発者を対象にしていた。あるいは、新たなプラットフォームを学習するために、長い時間を投資してもよいと考える人たちに向けたものだった。それ以外にも、あまり実用的でないアプリを作成できるサービスが存在しただけだった。

Yapp!の発想はこうした経験にもとづいている。今、その当時を振り返ってみると、その着想は完全に合理的なものではなかった。私自身がアプリを作成することさえできなかったなかで、アプリ作成のための総合的なプラットフォームを作り出すことを期待することは無理なことだった。当社の共同創業者が指摘するように、論理性は私の強みではない。こうした認識によって、私のビジネススキルを補完するために、技術担当の共同創業者が必要であることがわかった。そうした状況のなかで、私は、共同創業者となるルーク・ミーリアと出会い、彼と事業をスタートしたのである。

当社の製品は、ウェッブサイトである。このウェッブサイトを通して、ほとんどの場合、ユーザーは数分から数週間のイベントやグループを対象としてスマホ用のアプリを作成することができる。このアプリは次に示す、どのようなイベントにも利用可能だ。会議、営業ミーティング、結婚式、スポーツチーム、読書クラブ。つながる(つまり、メッセージを交換する)必要があるグループも利用できる。スケジュールやイベントに関する情報をシェアできる。当社のウェッブサイトは、5万ドルから100万ドル以上の費用が必要な総合的なアプリを必要としないユーザーを対象としている。当社のターゲットユーザーは、グループやイベントの個人のオーガナイザー、そして、顧客グループと関係を構築したいと考える中小企業である。

当社のビジネスモデルに関していえば、このウェッブ上のアプリは無料で提供している。教師、学校の授業、非営利団体の関係者が当社のサービスを利用している。有料だが、プレミアムサービスの「Yapp!+」も提供している。年間で、利用料が500ドル、あるいは1,000ドルで、上級の機能とサービスのカスタム化が可能となる。さらに、もっと詳細なカスタム化を求めるアプリのプラット・ホームを作成する特注サービスチームも有している。




6. 日本では、メッセージアプリのLINEがスケジュール管理やグループ内の情報共有に利用されている。WhatsAppやフェイスブックも同様な目的で利用されているように思える。こうした企業は、御社の潜在的な競合企業だといえますか?あるいは、潜在的な補完的生産者なのでしょうか?

WhatsApp、フェイスブックの両者は、補完的でもあり、ときには競業企業にもなる。両者のサービスは、ときには代替的なものとなり、競業サービスという性質とはやや異なっている。これらの企業と当社の製品との関係は、ユーザーが何をしようとしているのかに影響を受ける。

フェイスブックを例にしよう。他の多くの開発者と同様に、当社もフェイスブックと協力関係にある。当社のユーザーはフェイスブックにログインでき、自分の情報を当社のアプリに読み込みできる。当社のユーザーの多くが自分のフェイスブックのページを当社のアプリにリンクさせている。ユーザーは両方のアプリを利用している。ユーザーは、ツイッターのプロフィールをファン支援と情報提供に活用している。そして、フェイスブックを他の目的に利用する。そうした利用方法と同じだ。

フェイスブックにはグループやイベント機能がある。しかし、ユーザーがフェイスブックでできることは限られている。多くのユーザーは、フェイスブックのグループ機能を活用しイベントを告知している。特に、匿名のユーザーに告知するときに利用している。

一方で、来四半期の販売目標達成のための戦略を議論する販売会議を計画する企業の告知は見当たらない。

以上のような内容が、当社のサービスと類似する点であり、事実上極めて異なるという意味で競合する点である。WhatsAppについても同様なことが言える。WhatsApp、スカイプ、(通常の)電話と同様に、当社のサービスはコミュニケーションのツールでもある。こうしたコミュニケーション・サービスは、様々な目的に利用可能である。WhatsAppと同じように、Yapp!はグループ用のメッセージ機能も有している。しかし、その機能はWhatsAppのものとは異なる。



7. Yapp!の主なライバル企業はどのような会社ですか?そうした競合企業に対して、Yapp!はどのような差別化をしているのですか?

日々、競合企業が次々に登場してきている。ユーザーが、自分の仕事やプライベートライフを管理するために複数のアプリが必要だという考えが活況を呈している。当社の差別化の主な特徴は、使いやすさにある。Yapp!はシンプルで使いやすい。当社は、シンプルさと使いやすさを提供するために、複雑さとカスタム化(特注化)で妥協している。ライバル社と比べると、Yapp!の機能は少ない。それは、ユーザーに必要だと思う機能だけを当社が提供しているからだ。ユーザーは、他のいかなる競合サービスよりも早く、当社のプラットフォームでアプリを作成し公開できる。さらに、ユーザーが作成したアプリが常に機能し、アップデートされること、そして、こうしたプロセスは、ユーザーやユーザーのアプリの利用者にとって、常に素晴らしい体験になることを当社は保証する。



8. 2014年の雑誌「Entrepreneur」(起業家)の記事は、あなたが年間起業家賞(Entrepreneur of the year)に選ばれたことを紹介しています。そのなかで、(先ほど述べたとおり)女性団体のメンバー間の連絡と行事の計画をサポートするためにアプリを作りたいと考えたときに、あなたはYapp!のアイデアを思いついたと記述されています。あなたのような起業家になりたいと思っている女性に対して、どのようなアドバイスをしますか?

起業という意味では、男性と女性の間に実際の違いがあるとは思わない。アイデアが浮かんだら、あなたと一緒にそのアイデアの実現を追求する人たちを見つけ出すのが、次の重要なステップとなる。私は、共同創業者、つまりあなたの価値観を真に共有してくれ、一緒に取り組んでくれる誰かをもつことが重要であると強く信じている。あなたのアイデアは、変形し、変化していくだろう。それにともなって、あなたは作戦を変更し調整しなければならない。もし起業家として成功するなら、あなたと一緒に働いてくれて、あなたの価値観を共有してくれるチームをもつことになる。そのチームはあなたと一緒に、起業に伴う浮き沈みに対処してくれる。起業に対する最初のアイデアはもちろん素晴らしいものだ。アイデアは、事業というエンジンに点火する。しかし、いったん事業がスタートしたら、あなたのアイデアを一緒に追求してくれる人々こそが、第1に考えるべき課題となる。




9. ここ日本では、スマートフォンの利用は増加し続けている一方で、パソコンの利用は減少しています。それは、特に、若者たちの間で顕著です。同時に、ウェアラブル・コンピューターの時代に移行しつつあるようです。米国でも、同じようなトレンドが見受けられますか?デバイス(機器)を含めて、ソーシャル・メディア関連の技術は、これから5年から10年に、どのように発展すると思いますか。そのときの概観はどのようなものでしょうか?

日本は常に、技術の採用において米国をリードしてきた。特に、携帯電話の分野でそれが見受けられる。米国でさえ、80パーセントを超える人口がスマートフォンをもっている。ほぼ完全な普及率であるといっていい。その当然の結果として、パソコンの使用は低下している。

しかし、ウェアラブル・コンピューターは比較的新しい。アンドロイド・ウォッチは、ここ最近、市場に出回っている。さらに、アップル・ウォッチの販売が発表された。この分野のマーケットは、技術領域として初期段階にある。多数の企業が生き残れずに淘汰されるのを目撃するだろう。最終的に、多くの企業がこの市場から淘汰されると考えている。私たちは、人間であり、身体に数多くの機器を身につけることはない。特に、私たちの日常生活の他の機器や私たちが赴く場所を考えると、そうしたことがよく理解できる。自動車、エアコン(自動温度調節器)、冷蔵庫、部屋の鍵など、基本的にすべてのモノがインターネットにつながっている。こうした状況はどこまでいけば十分といえるのだろうか。技術として何が生き残り、何が淘汰されるのか、見守る必要がある。

さらに私は、何が飛躍的なテクノロジーなのかを考えている。ウェアラブル・コンピューターは、一時的な技術なのか?それらは、現在ある技術を飛び越えるテクノロジーになるのか?5年から10年という時間はとても長い。インジェスティブル(体内に摂取可能な)技術を開発している研究者もいる。化学技術の開発に携わっている者もいる。この答えは誰にもわからない。どんなに想像力を働かせても、私は、未来預言者にはなりえない。私の見解は間違っているかもしれない。しかし、アップル・ウォッチについては懐疑的である。私は、スマートウォッチ「ペブル」(Pebble)が発売されたときに即座に購入したアーリー・アダプター(初期採用者)である。でも、もうペブルを腕につけていない。他の携帯機器と機能が重複しているからだ。ペブルの先行販売の好調さは現在のところ、私の否定的見解とは異なっているようだが、そのうち正しい答えが明らかになるだろう。




10. あなたの趣味は何ですか。何に関心を持っていますか?

先ほど、家族や子供たちに関して述べたが、7歳半の息子と2歳の娘がいる。彼らが利用できるすべてのテクノロジーと彼らを待ち受けている未来。そうしたものと一緒に自分の子供を育てることが、私の趣味であり、私が情熱を傾けているものだ。教育、そして、幼少期の教育に対する技術の影響などに自然に関心が向くようになった。そして、それは、私の仕事の領域とも交差している。

私はテニスも楽しんでいる。大学時代、テニスをしていて、最近、また始めた。息子も最近テニスをよくやっているので、私も腕を磨く必要がある。まだ息子には負けたくないので。もう少し広くいうと、アウトドア型のスポーツが好きだ。ストレスを発散し、素晴らしいアイデアを思いつくきっかけや機会をくれる。