2015年8月25日火曜日

2015-08-25 どうして、人間はそういう行動をするのか?



Uri Gneezy Interview
ウリ・グニーズィー博士



カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。オランダのティルバーグ大学で修士号と博士号を取得。シカゴ大学教授を歴任。彼の研究手法は、行動経済学を現実の世界に適応するものである。2013年に出版された『The Why Axis: Hidden Motives and the Undiscovered Economics of Everyday Life』(PublicAffairs、邦訳『その問題、経済学で解決できます。』(東洋経済新報社、2014年))は、日米ともに大きな注目を集めた。

最先端の行動経済学が解き明かす「どうして、人間はそういう行動をするのか?」


1.  あなたの研究は複数のトピックにおよんでいます。インセンティブ(動機付け)はいつどのように機能するのか。欺瞞(欺き)、競争心の男女差、行動経済学にもとづいた価格設定。あなたの研究の概観と主な発見を説明してください。

私の複数の研究に共通するテーマは何が人に行動を起こさせるか、つまりモチベーションは何かということだ。たとえば、インセンティブでいえば、インセンティブがどのような時に人の行動に負の影響を与え、どのような時に正の影響を与える、かそして、どのときに何も影響を与えないかを観察する。大部分のケースでは、インセンティブは何も影響を与えない。企業は社員にあらゆる種類のインセンティブを提供しているが、それらは社員の行動を変えることはできない。つまり、企業はインセンティブなどの供与を目的として、無駄に多額の資金を費やしている。

続いて、欺瞞のトピックに移ろう。私たちは、何が人に嘘をつかせるのかを考えることができる。この場合、お金がインセンティブである必要はない。権力もインセンティブになりうる。インセンティブが、人が嘘をつくことにどのような影響を与えるのか、私は興味をもっている。私たちの多くは、私がそう呼ぶ「嘘に対する嫌悪感」を経験する。私たちは、嘘をつかず、同じ内容の望んでいる結果が得られるなら、嘘をつきたいくない。けれども、多くの人が嘘をつくことに気付く。このため、そのような欺瞞の行為を起こすインセンティブについて理解することが重要だと私は思う。

同様に、ジェンダー(性差)に関する私の研究のすべてもインセンティブの影響力に重点を置く。特に、インセンティブに対する男女の反応がどのように異なるのかを分析している。競争的なインセンティブについての私たちの研究において、女性の反応のほうが男性よりも少ないことが分かっている。したがって、私たちが実施しているジェンダー研究もかなりの程度インセンティブに集中している。

追加質問: そもそも、何がきっかけで、インセンティブの問題に関心を持ったのですか。

とても幼いころから、なぜ人はそのようなことをやっているのか、いつも考えてきた。その行動の背後に隠れている動機は何なのだろうか。経済学の勉強をスタートする前から、何が人の行動の動機付けになっているかを理解することに関心を持っていた。私は、単にこの課題を面白いと思った。ときおり、私は自分の関心に苛立つことがある。たとえば、私が病院に行くときに、医者が私に何かを指導するときの医者の動機は何なのかと私は思いを巡らしてしまう。私は、インセンティブの質問に取り憑かれているが、それは楽しいことでもある。




2.  バーノン・スミス(Vernon Smith)博士が実験を利用して市場のバブルの形成を分析しました。また、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)博士がプロスペクト理論を開発しました。彼らの研究は、ノーベル賞を受賞したことで、行動経済学の応用を経済学の主流派へと押し上げました。あなたの研究は、これらの学者の研究とどのような関係にありますか。

バーノン・スミス、ダニエル・カーネマン、エイモス・トベルスキー(Amos Tversky)は、行動経済学の父たちである。この分野がまだあまり人気がなかったときに、彼らは自分たちの研究を開始した。彼らは先駆者であった。バーノン・スミス氏は主にオークション(競売)に集中した。彼は実験を「風洞」(ふうどう)と呼んだ。もしあなたが、人々がどのように行動するかを知りたいなら、あなたは実験を行う。私は、一般的にこの種の競売や市場実験を行わない。しかし、バーノン・スミスはこの分野の研究者が現在採用している方法論を確立した。たとえば、心理学の分野では「ごまかし」がよく利用されるが、私たちの研究において、参加者をだましてはならないと彼は示している。私たちは、実験の参加者に報酬を支払う。言い換えれば、私たちは人々が行う実際の選択を分析しているのだ。

カーネマンとトベルスキーは両方とも心理学者であった。その結果、彼らは、経済学の問題をみるうえで、異なった視点を持ち込んだ。彼らは、理論を構築してから、その後「風洞」のような実験を行い、いつ、どのように機能しているかを検討したわけではない。彼らの研究は、多くの意味で、意思決定の心理学であるといえる。彼らの発見の多くは、行動に関する心理学についてであった。また、人が犯す間違いについての研究もあった。彼らは、危険(リスク)の条件下における意思決定のより記述的な理論を開拓しようとしていた。

私の研究は、他の研究者のなかで、これらの先駆者の研究に基づいている意味で異なっている。くわえて、私は現実の世界における重要な現象を分析している。最近の私の研究のほとんどは企業を対象にしている。慈善団体が募金を集めたいときを例にとろう。その効果を高めるために、募金の依頼の仕方にどのような行動経済学的、心理学的な要素を折り込めばいいのか。企業が、より多くのユーザーに自社のウェッブ・サイトをフォローしてもらいたいとき、どのようなインセンティブを導入できるか。前に述べたように、すべてのインセンティブが同じ効果を生むわけではない。このため、インセンティブの心理学を理解すれば、それをより効果的に使えるのである。

スミス、カーネマン、トベルスキーが行った研究と私の研究との大きな違いは、私は企業またはその顧客の行動を理解するために、企業と連携している点にある。このように、現実の世界により近づくのが必ずしも良いわけではないが、現在、行動経済学の分野はこのような段階にあると私は思う。カーネマンとトベルスキーがフレーミングという概念を構想し、それがどのくらい重要なのかを示した。研究室の実験では、ある問題を、一つのフレーミング*とは異なる、対照的なフレーミングで提示すると、人々が異なった考え方をすることを容易に示すことができる。私の研究では、この概念を企業に適用し、選択肢のフレーミングを変化させることで、その効果があるかどうかを分析している。

*問題や質問の提示の仕方で、人間の意思決定が異なること



3. カーネマンとスミスがノーベル賞を受賞した2002年以来、行動科学の分野はどうように進化していますか。行動科学は、今後の1020年間で、どの方向に向かっていくと思いますか。その発展を主導していく若い学者は誰だと思いますか。

私たちは研究室を離れた。それは大きな意味も持っている。フィールド(現地)に出向き、より自然な環境で私たちの仮説を検証しようとしている。もちろん、もはや、研究室での実験を行っていないというわけではない。私はまだ実験を行っているが、一つのツール(道具)として利用している。現実世界に入ることは私たちが行っている重要なポイントだ。たとえば、私たちが現在分析している応用はアフリカの発展の分野に関係している。この分野の研究は面白くなると私は信じている。

今から20年後、行動経済学がもはや「主流派経済学」から区別されない時代が到来することを私は望んでいる。行動経済学は人に関する学問である。経済学者以外の人間と話せば、これらの人々は、行動経済学がもつ「異なる別の分野としての必要性」さえも理解していないようにみえる。経済学が、いったいどうしたら非行動的であることができるだろうか(そんなことはありえない)。私たちが行動経済学者であることは、他の経済学者が非行動経済学者でなければならない。これは、混乱させる説明だろう。

将来の教科書には行動経済学についての別の章がないことを望む。その代わりに、それぞれの章は経済の単純化した前提にもとづいたモデルを提示してから、これらの前提が当てはまらない場合に何が起こるか、行動経済学に基づいた説明があることを望んでいる「AB、またはC(の条件)が起こるときに予想できる結果がこれだ。なぜなら、人間の行動は、経済学が活用する単純モデルが示唆するものより複雑だからだ」

現在は創造性豊富なアイデアをもつ若い研究者が足りない。行動経済学の分野にはもっと若い研究者が必要である。この分野には優秀な研究者が数名いるが、スーパースターの名前は浮かばない。







4.  あなたの最新のベスト・セラー、『The Why Axis』(邦訳『その問題、経済学で解決できます。』)の主な主張をまとめながら、その概観を示してください。

私の本が日本でも人気があることを喜んでいる。この本では、私たちが人々の実際の行動を見て、モデル、理論、実験から洞察を導出しようとしている。私たちは、その洞察を現実の世界に持ち込み、実際に、どのように機能しているか検証している。行動経済学が一つのトピックだ。そして、現地実験がもう一つのトピックだ。私たちは単に推論を立てているではなく、理論を検証している。現地実験の有利な点は因果関係の理解を可能にすることである。

ある商品のネット上の販売価格を企業に変更してもらえば、その効果を観察できる。その場合、変化の効果を分離できる。ひとつのグループがある値段の特定の商品を検討し、他のグループが別の価格で検討したことを観察できる。そういったデータを利用して、需要関数が導き出せる。あなたの行動理論にもとづいて変化を生み出すとき、何が起こるかを実際に検証できる。この本が行動経済学と現地実験に関するものであることは確かだ。そこで、私たちは、人間の行動を理解し、同時に、推論を立てるのではなく実際に検証している。

私たちは次の理由によりこの本を執筆した。すなわち、あるアイデアに関して、直感に頼るのではなく、その考えを実際に検証することが重要であるというメッセージを企業に伝えたかったのだ。企業がインセンティブを設定するとき、頻繁に直感に頼っている。これらの企業は、現地実験から利益を得る可能性が高い。それにより効率も向上し、経費の削減も実現できるだろう。



5. 学術的な研究にくわえ、あなたは、企業が行動経済学的な原理を事業運営に応用することをサ
ポートするコンサルティング業務も行っています。具体的な例とその結果を示しながら、あなたのコ
ンサルタント業務について紹介してください。

私たちは、大手保険会社と連携して取り組んだ。その保険会社は、自社従業員にインフルエンザの予防接種や他の検査を受診してもらいたかった。インセンティブとして、その同社は、従業員に、1接種当たり10ドルを支払い、合計で1億ドル(100億円)をこのプログラムに費やした。私たちは、このインセンティブの効果を検証するために現地実験を行った。ある条件下で、あるグループに対して、従業員1人当たり予防接種や他の検査の5件まで、10ドルずつ支払った。もうひとつの条件下では、他のグループに対して、5つの検査をすべて完了すれば、インセンティブのお金を支払うと告げた。データを分析した結果、企業はインセンティブとして、私たちが名付けた「タダのお金」を費やしていたことが明らかになった。多くの社員は、お金をもらわなくても予防接種を受けたのである。もちろん、そうした社員は喜んでお金(インセンティブ)を受け取ったが、それが予防接種を受けた理由ではない。この場合、企業が5千万ドル(50億円)で、同じ目標を達成することを支援した。その結果、この保険会社は当初の経費の半分を節減できた。



6.  イスラエルで学部を卒業してから、あなたはオランダにあるティルバーグ大学で博士号を取得しました。つまり、教育のすべてはアメリカ以外で受けたことになります。ティルバーグ大学で受けた教育訓練はアメリカの大学が提供しているものとどのように異なりますか。また、類似点は何ですか。

あなたの最初の質問に答えれば、人生に起こる他の多くの出来事と同じように、私がオランダで博士号を取得したことは偶然だった。私は、イスラエルのテルアビブで育ったので、そこで学部を修了した。大学を卒業してから、オランダの仕事を引き受けた妻と一緒にオランダに引っ越した。私たち夫婦は、事前に慎重に設計した何らかの全体計画に従ったわけでない。

あなたの2番目の質問に答えると、オランダでの勉強は私の人生に大きな影響を与えた。アメリカの大学では、研究の方法としてひとつの方法論と考え方しか学ばない。アメリカの外、たとえば、欧州、アジア、他の国では経済問題に関する考え方はもっと多元的である。米国の大学のトレーニングの平均的なレベルは、他の国よりもはるかに高い。欧州の大学には、高度の能力をもった研究者は少ないものの、視点の多様性は評価できる。異なった思考方法があることは望ましい。伝統的な経済学の考え方の訓練を受けていない学者のほうが、想像性を容易に発揮できる余地がある。この意味では、私がアメリカの大学で教育を受けなかったことは幸運だった。もしアメリカで教育を受けていたら、もっと厳格な正統派経済学的な訓練を受けていただろう。それに若干洗脳されていたかもしれない。その場合、(現在の自分の手法のような)違う種類の研究を行うことは難しくなっただろう。

博士号の取得後、イスラエルに戻って、4年間、大学の教員を務めた。その後、2つの理由で、アメリカで研究者のキャリアを続けることに決めた。まず、経済学の研究分野では、アメリカがまだ重力の中心(王者)である。欧州で、もっと容易にキャリアを造り上げられようになってきているが、学者は他の国よりアメリカのほうがキャリアを構築しやすい。香港、日本、シンガポール、中国も発展しているが、米国がまだ経済学の中心である。私は、経済学のメジャーリーグに入りたいと希望したので、渡米したのである。2つ目の理由は純粋に経済的なものだ。イスラエルでの給料は私が望んだライフスタイルを許さなかったからだ。





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