2015年1月26日月曜日

2015-01-26 - ペンシルベニア大学ウォートンスクール(経営大学院)准教授マイケル・シンキンソン博士





マイケル・シンキンソン博士

計量経済学モデルが戦略の武器となる
 

ペンシルベニア大学ウォートンスクール(経営大学院)准教授。担当は、ビジネス経済学と公共政策(応用ミクロ経済学と産業組織論)。ハーバード大学/ハーバード・ビジネス・スクール博士(ビジネス経済学)。研究分野は、新聞産業、技術、電気通信産業。「40歳以下のビジネス・スクール(経営大学院)ベスト教授40人」の中にランキングされている。(2014515日インタビュー実施)

 

1 世の中のすべてのことを情報として取り扱うメディアの影響力

あなたは、紙媒体の新聞がもつ政治への影響に関する研究をいくつか行ってきました。なぜ、この分野に関心を持っているのですか。あなたが、計量経済分析を適用した、他の研究分野はありますか。米国連邦政府のどのような政策分野において、もっと深く徹底した計量経済分析から恩恵を得ることができると考えますか。

 

(1)メディアは意思決定に必要な情報を提供する

あらゆる分野に及ぶという理由で、新聞紙とメディア媒体に非常に関心を持っている。メディアは情報を扱う。情報欠如や偏った情報にもとづけば、どのような政府、企業、個人も正しい決定ができない。したがって、私はメディアが(世の中の)すべての中心となっていると理解した。たとえば、私とある共著者は、政治に対するメディアの影響を検討した。具体的には、いかに新聞社が競争し合うか、どのように市場で代表する視点の類型を選別するかを研究したのである。くわえて、政治的な帰結(選挙結果)に対する新聞紙の影響力を探った。例を示せば、実際にある市場では、人々が新聞を読めば読むほど、政治過程に参加する人数が実際に増えるという結果を確認できた。仮に民主主義が良いシステムだと思うなら、この点が重要なポイントになる。つまり、価値のある情報を提供する点で、ニュース媒体が重要だということがすぐ分かる。メディアは魅力に富んでいると私は思う。メディアはすべてを対象にしている。このように、メディアは、私のひとつの関心領域であり、長期的に研究を行ってきた、


(2)非価格競争—電気通信、製薬、広告

他の分野でも研究を行った。私の研究分野は、技術、メディア、電気通信における非価格競争に関するものだと表現してもよいだろう。私が「非価格競争」という専門用語を使うことで、企業は価格を正しく設定すると私が仮定していることを理解できるだろう。それは、市場に均衡をもたらす価格のことだ。商品の一群が市場に出たら、そうした均衡化が必ず起こる。それを前提にした適切な質問をすれば、「どの商品の組み合わせが市場に出るか」になる。新聞社の例を考えれば、おそらくどのような視点(見解)を代表したいかということになる。つまり、その新聞の特徴として何を選択するかということだ。


電気通信市場に関しては、独占契約に関する研究を私は行った。無線通信会社(携帯電話会社)はそれぞれ異なった携帯電話機メーカーと独占契約を結ぶ。携帯電話メーカーは特定の通信会社を通して商品を提供している。これは、非価格競争の一種である。その場合、市場では、競争を合理化する水準で価格が設定される。ここで問題となるのが、なぜあるメーカーは通信会社1社のみしか利用しないのか、ということである。たとえば、アップル社はなぜ他の会社を通して同社の携帯電話機を提供しないのか。アップルがアメリカの市場でiPhoneを売り出したとき、AT&T社からしか手に入れられなかった。日本も同様である。長い間、ソフトバンクがiPhoneの独占的販売会社であった。これも非価格競争の一種である。

 
(3)製薬業界

最近の研究でもう一つ重要な領域が広告である。これも非価格競争の重要な類型である。アメリカでは処方箋薬がテレビで広告されている。ほとんどの国では、そうした広告は許されていない。つまり、処方箋薬のテレビ広告はとてもアメリカ的である。これも非価格競争の一種だ。企業は、テレビ広告を通じて情報を直接消費者に伝えることにより競争し合っている。私は非価格競争の効果を理解したいと思った。これは、公共政策の分析の点でとても重大な研究領域である。私たちは、これらの広告が経済学で「正の外部性」と呼ばれる好ましい波及効果を生むことを確認した。この広告を見る消費者が医師の診察を受け、自分の健康上の問題について相談する。それによって、広告を放送した製薬会社が必ずしも意図したわけではない恩恵を受ける。

 
公共政策のどのよう分野で経済分析が役立つか、というあなたの質問に関しては、この正の外部性の分野が大きなひとつになると私は答える。私が具体的に言いたいのは、企業が行っている活動の多くが好ましい波及効果を引き起こすということである。社会は、企業がもっとこれをするように、促すべきである。この分野は定量化しにくいが、公共政策へ経済分析を適用する研究にとって優れた機会だと考える。たとえば、アメリカの連邦政府は、研究開発の税額控除の有効期限を延ばすかどうか、現在、論争している最中である。長い間、経済学者は、研究開発が社会に好ましい波及効果を及ぼすと信じているので、この税額控除を恒常的なものにすべきだと主張している。この分野は容易に政治問題化されてしまう傾向がある。しかし、経済学者としては、好ましいと考えられる波及効果を引き起こすための適切な補助金水準はどのくらいかといった研究を提供できる。

 

2 iPhoneの独占販売契約

あなたは、スマートフォンのデータを使って独占契約における価格決定と市場参入動機を研究しました。その概観を紹介してください。研究の動機は何だったのですか。この研究の知見は、どの程度他の産業に適用できますか。また、どの程度、日本のような他の国に当てはめることは可能ですか?


(1)iPhoneAT&T

前述のとおり、2007年にアップル社がiPhoneを売り出したときに、AT&T が独占販売業者だった。私は、個人的にiPhoneが欲しかった。でも、ベライゾン(Verizon)社が私の携帯電話会社であった。つまり、iPhoneを手に入れるために、携帯電話会社を換えなくてはならなかった。AT&Tのサービスがひどく、私の研究室で携帯電話が受信できなかった。音声の質もひどかった。そのとき、「これは道理にかなっていない」と考えた。第1に、なぜ、アップル社がiPhoneをただ1社の携帯電話会社を通して提供しているのか。第2に、なぜ、アップル社は信頼できる無線信号すら提供しない、つまり音声の質がよくない通信会社、つまりAT&Tを選んだのか。(AT&Tの無線の状態が悪いために)私のiPhoneは、(事実上)高い留守番電話の状態になっていた。私のiPhoneはメッセージを受信するだけだった。


この苛立ちによって、私は、アップル社がAT&Tと独占販売契約を結んだ背景にある理論を考える刺激を受け、それが面白い結果につながった。すべての通信会社がすべてのメーカーの携帯電話機を販売したならば、唯一の差別化ポイントは、それぞれの携帯電話会社が提供するサービスということになる。それは消費者にとって好ましい。なぜなら、完全競争が生まれるからだ。企業が独占契約を持てば、明らかに少し価格を値上げられる。なぜなら、同種の携帯電話機を提供している他社の「サービスパッケージ」(商品とサービスの組み合わせ)と競争しているわけではないからだ。その企業は独占契約下のiPhoneの価格を上げられるだけではなく、二次的な効果として、ブラックベリーも含めて、他のすべての携帯電話会社も自社の携帯電話の価格が上げられるようになる。この場合、産業全体が恩恵を受けることになる。私の研究は、この効果がとても大きくなる可能性があることを示した。この効果がどの程度大きいかを見せるために、私は携帯電話会社からデータを収集した。

 

(2)iPhone独占契約と2番手の通信会社

この研究を進めるなかで、もう一つの発見をした。どの携帯電話会社が、独占契約を結ぶために、より多くの対価を支払う意志が強いかということが分かった。なぜ、一番大きいベライゾンではなく、AT&Tがより多くの対価を支払ったのか。理論を考え抜けば、産業内の一番大きな企業が独占契約を締結すれば、2番目に大きい会社がより多くの損失を受けることが理解できる。アメリカでは、ベライゾンは非常に強力なネットワークをもっている。したがって、ベライゾン社はiPhoneの(独占)契約を締結しなくても、多くを失わないだろう。一方、AT&Tのネットワークは相対的に弱いので、仮に最大手のベライゾンがiPhoneを提供するようになれば、AT&Tは多くを失ってしまう。このため、AT&Tが多額の対価を支払う覚悟をしたのである。


類似的に日本を比較すれば、NTTドコモが最大の携帯電話会社だった。そして、ソフトバンクがボーダフォンの携帯電話ネットワークを買収した。ある意味で、ソフトバンクは反乱の会社だった。仮にiPhoneNTTの独占契約になったら、ソフトバンクは大きなトラブルに陥っていただろう。つまり、ソフトバンクはNTTドコモがiPhoneの独占契約をもったら、競争する方法はもうなかっただろう。だから、ソフトバンクは、iPhoneの独占契約を手に入れるために、多額の対価を支払う覚悟ができた。そして、これによりソフトバンクは、NTTドコモと差別化する手段を手に入れた。世界のマーケットを調査すれば、アップル社が、ほとんどすべての場合で、同じ戦略を採用したことが分かる。中国では、アップル社は、2番目に大きい電話会社と提携しiPhoneを売り出した。他の国でも、アップル社は2番目の企業を通じてiPhoneを販売した。なぜなら、2番目に大きい企業がより多額の対価を支払う意志があったからである。

 
私は、通信市場の文脈でこの効果を研究した。他の経済学者は他の産業で、この効果を研究している。同じ問題がビデオゲームシステムに当てはまる。この産業では、問題はより複雑になる。というのは、Xboxを購入する際に、10個の異なるゲームを一緒に購入するかもしれないからだ。この場合、比率が違う。携帯電話メーカーと携帯電話通信会社の場合とは異なり、もはや一対一の関係ではない。複数の研究者たちが、異なったゲーム装置に関して、ビデオゲームの独占販売契約を研究した。ネットフリックス(Netflix)、フールー(Hulu)、アマゾンの各社が、現在、独占販売のコンテンツにどのように対応しているかを考えると、同じことがいえる。コンテンツを独占的に提供することで、ネットフリックス社は、競合他社と差別化を図っている。企業のこうした動きは、実際、市場の力学に変化をもたらした。

 

3 アベノミクスに対するプラスの評価

あなたはご存知だと思いますが、日本の安倍晋三首相はアベノミクスを旗印にして、現在、抜本的なマクロ経済改革を導入しています。ミクロ経済に関するあなたの専門知識に基づいて、既に実施されている改革の効果をさらに強化するために、移動体通信と家庭用電化製品のような特定の産業に対してどのような提案をしますか。

 
あらかじめ国際貿易とマクロ経済は私の得意分野ではないということを断っておきたい。安倍首相の政策が、企業に対して投資を行い近代化する誘因になった。これは良いことだと思う。現実的には、家庭用電化製品や電子通信産業の市場はグローバルになっている。最終的には、市場の勝者は最も効率的で、最も高いクオリティーの製品を提供するメーカーになる。あなた方の他の質問の一つが保護貿易政策、政府救済措置などについてだったと思う。企業は競争力をもたなければならない。設備投資を行う誘因を創り出せば長期的な効果がある。だから、そうした政策は企業に好影響を与えると信じる。企業は、正しい誘引を与えられなければならない。そうなれば、企業は、不況を耐え抜き、これから10年、20年先にも確実に存続できるようになる。 
 
 
 
4 インターネットと紙媒体新聞の将来


 
インターネット技術が進化するにつれて、伝統的な新聞社や雑誌出版社が存続に向け悪戦苦闘しています。名門ワシントンポスト紙がアマゾン創業者のジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)に買収されたことはご存知だと思います。技術が引き起こしている混乱のなかで現在の紙媒体の企業が生き残るためにあなたはどのような方策を提案しますか。


(1)「全国紙化」が生き残り策のひとつ

現実的には、これらの企業は現在の形で存続しないかもしれない。歴史的に、印刷媒体は地域的に保護されてきた。一般的には、自分の市場のなかで孤立していた。もちろん、オハイオ州クリーブランド市の新聞なら、(潜在的に)その周辺の他の新聞紙からの競争に曝されていた。状況が変化した最初の兆しは有線テレビのニュース・チャンネルであった。突然、現地の視聴者の好みに合わせていたクリーブランドの新聞とテレビ放送局が、全国のニュースを放送していた有線テレビと競争しなくてはならなくなった。現地の視聴者は、より自分の好みに合ったチャンネルと放送局に乗り換えるようになった。

 
インターネットはこうした傾向を徹底化した。現在、あらゆる視点のメディアにアクセスすることができる。あなたの個人の好みや趣味に関係なく、それを満たすブログまたは他の情報源が見つけられる。その結果、現在、特定の地域市場の嗜好に合わせることが難しくなっている。クリーブランド市の様々な市民が異なるニュース内容を求めている。特定の嗜好に合わせるブログや他のオンライン媒体が、その好みを共有するすべての地域市場の視聴者をすくいあげている。これらの媒体が視聴者の基盤をまとめあげ、ほとんどの印刷媒体を排除していく。ニューヨーク・タイムズ紙やウォールストリート・ジャーナル紙のような一部の成功した新聞のみが、この環境下で、次のような2つの手法で成功を収めている。第1に、地域的な限界を克服するために全国紙になる。そして、第2に、高い質の記事を提供する。こうした新聞は、質の高い記事を提供することで、プレミアム(割増)料金の支払いを惜しまない上位顧客を引き付けることが可能となっている。この戦略は、オハイオ州クリーブランド市にある地域新聞には有効ではない。

 

(2)オンライン化と「超」地域化

今現在起きていることを見れば、選択肢がいくつか考えられる。新聞紙のなかにはオンライン媒体になったものもある。たとえば、シアトルポストインテリジェンサー(The Seattle Post-Intelligencer)紙はオンラインメディアになるために、印刷部門を閉鎖した。その判断は良さそうに思える。だが、それにともないニュース編集室もかなり縮小しなければならなかった。そのような方策を実施すると、根本的に異なるメディアになってしまい、消費者にとって都合の悪いものになる可能性がある。新聞記者は、不祥事を暴露し、公共財を提供するので、編集室の縮小は必ずしも好ましいものではない。一方で、ビジネス・モデルの観点からは、こうした縮小は数少ない選択肢の一つである。従来のビジネス・モデルはもはや通用しない。近い将来を見据えると、多くの伝統的な新聞社は生き残れないかもしれない。

 
オンライン化に代わる他の唯一の選択肢は、サンディエゴ新聞紙が目指しているような「超地域化」を選択する(集中的に地域の新聞紙になる)ことである。同新聞は記者を近所に派遣し、(日常の)あらゆる出来事を取材させている。このように、超地域化された内容はもうひとつの戦略である。サンディエゴ新聞がこうした戦略を試しているが、彼らが成功するかどうかは分からない。しかし、私たちは、必ず、新規のビジネス・モデルの登場を目撃するだろう。なぜなら、つい10年前のビジネス・モデルももはや通用しなくなってきているからだ。

 

5 バーテンダーと教授

「私がビジネス・スクールの教授にならなかったならば、起業家になっていた」とあなたはかつて語ったそうですね。起業家活動のどのような点にあなたは関心をもっているのですか。この分野に関する研究を行ったことはありますか。大学院生のときに、バーテンダーとして働いたアルバイト経験を通じて、起業家活動について何を学びましたか。

 
(1)起業家と教授の共通点

最初に、なぜ私が起業家活動に関心を持っているかというあなたの質問に答えたい。起業家活動と教授としての学術的な仕事について私が好むのは、自分の興味を追求する自由があることだ。よかれあしかれ、自分が自分自身の上司である。自分の失敗も、自分の成功も自分のものである。私は自分がやりたいことを追求する自由や責任が好きだ。私のような人間にとって、学究的な生活が理想である。例えば、なぜベライゾン社からiPhoneが購入できないのか。こうした疑問が面白いと思えば、それを検討し研究できる。私を学究的な生活に魅了したこの特徴が起業家活動にも当てはまる。その意味で、実際、この2つ分野は関連していると思う。学界では、あなたが起業家なのである。研究者として自分のブランドを持ち、自分の成果に基づいて評価されるわけである。成果を出さなければ、学者としての終身在職権が手に入らない。学究的な生活は、(一般のビジネスよりも)少し大きなセーフティーネット(安全網)を持つ起業家になることにたとえることが可能だ。こうした学界との共通点が、私が起業家活動に魅了される理由だと思う。

 

(2)バーテンダーの体験で将来の夢を発見

次に、私がバーテンダーとして何を学んだかというあなたの質問について答えたい。そのひとつが、最前線にいることにより、事業運営の問題や挑戦に関して、直接的な経験を豊富に積んだことである。市場や産業を把握する素晴らしい方法であったし、問題の解決法を学ぶ良い機会でもあった。バーテンダーとして、あらゆる種類の問題を目撃した。オーナー(持ち主)やマネージャーが関わらなかったので、わたしはいつも問題を解決しなくてはならなかった。起業家として、本格的に成功したいなら、誰もまだ発見していない問題を発掘し解決すべきである。それが、私がバーテンダーとして学んだ1つ目の教訓である。2番目の教訓は、自分の残りの人生で、ずっとバーテンダーでいたくないことも分かった。この経験は、私が終生バーテンダーを続けなくてもいいように、より高い教育を受けるために努力を継続する動機付けになった。
 
 
 
6 知識の獲得のための努力

あなたの学生によると、あなたは、学生の質問に詳細に答えられないことは決してないと聞きます。年齢がまだ若いにもかかわらず、いかにしてそんなに幅広い知識を習得できたのですか。情報過多に対する適切な対応と、有益な知識の蓄積について、学者と会社員にどのような提案をされますか。

 
世界に関して強い好奇心をもつ人間は学究的生活や教職に惹きつけられる傾向がある。そうした人間は学習が大好きである。これらの人間にとって、学習は生涯をかけて追求するものとなる。私がこのような好奇心を持っていると、学生たちが感じていることを嬉しく思う。なぜなら、それが私の希望だからだ。

知識を維持することは、課題である。情報が氾濫しているため、私も作業を進めることが困難となるときがある。恒常的に、私のところへ電子メールが殺到する。自分の自由になる日をとっておくことが解決策だった。打ち合わせをしない。その日は、メールに返信しないし、頻繁に受信メールも確認しない。その代わりに、自分の研究に集中する。ホワイトボードのところに行き、考えに集中する。電話を手放すことを不自然に感じる人間もいる。しかし、特に、難しく、複雑な問題を解決したければ、そうした手法が重要であると私は思う。5分~10分ごとに、何かに気を取られてはいけない。

私は早起きでもある。授業を教えている学期中、普段は5時半には起きている。最初の授業が9時からなので、その前に、数時間の自由がある。朝早いから、誰も電子メールを送信してこないし、ドアもノックしない。しかも、誰も電話をかけてこないのである。私は静寂のなかで研究に集中できる。講義を周到に準備することも確認できる。このような朝は、誰も私と連絡を取ろうとしないので、最も好ましい作業時間となっている。1日のうち、そして1週間のなかで、スケジュールに圧倒されずに思考し問題を解決する時間を私は必要とする。 
 
 
 
7 「教える」という兆戦

あなたは、「Poets & Quants」誌の「ビジネス・スクールの40歳以下のベスト教授40人」のリストに入りました。その特集記事で、あなたは、自分にとって教育が終生の関心事であると語りました。教育のどのような点が楽しいですか。学生たちから何を学びましたか。教育について、どのような点が厄介で楽しくないと思いますか。

 

(1)学生たちは高いお金を払っている「顧客」

私は、勤勉に勉強に取り組んでいる聡明な学生と意見交換することを楽しく思う。ウォートン・スクールでは、3クラスで約200人の学生の授業を担当している。すべての学生が鋭くて、手を抜くことなどまったく許されない。ある課題を本格的に教えるために、まず、自分が完全にマスターする必要がある。広範囲の話題について、なぜ私が詳しい知識もっているか、というあなたの前に質問に戻ろう。聡明な人に質問されるときでも、私が正解を答えるくらいに、ある課題について詳しく学ぶのが好きだ。自分の答えが正しいと確信する。さらに、その答えを完璧に説明できる。その水準まで、ある課題を極めることにワクワクする。そうしたチャレンジが大好きである。学生たちが、私に妥協しない高い基準を保たせている。授業料を支払う「顧客」で、良い商品を要求するのである。彼らの存在があるから、私は課題を知り尽くし、その知識を彼らに提供できるのだ。


(2)私から学ぶ学生から、私自身が学んでいる

私は学生たちからたくさんのことを学んでいる。特に、学生は多様なので、彼らが現実の世界や職場で直面している問題を知ることは有意義だ。ある学生は軍隊に携わり、他の学生は様々な業界で働いた経験をもつ。現在、現役のプロスポーツ選手やその経験者も学生のなかにいる。学生たちは幅広く、異なる活動に関与している。学生たちが、自分の経験に経済原則を適用する話を聞くのは、素晴らしいことだと思っている。経済理論の適用について、学生から、次のような電子メールを頻繁に受信している。「あなたが説明したゲーム理論が適用できる素晴らしいサッカーの試合を観戦した。ほら、見て」。こうした学生たちの経験は将来の授業に生かすことができる。なぜなら、将来の授業でこれらの例を利用することができるからだ。私は、教育全体のプロセスを好循環と見ている。つまり、私から学ぶ学生から、私自身も学んでいるわけである。

 
学生の生い立ちは様々だ。だからこそ、教えることが挑戦でもある。ある学生は、大学(学部)のとき、経済学を専攻した。他の学生はこれまで経済学を勉強したことがない。にもかかわらず、私は、すべての学生にとって、面白くて、刺激的な講義を組み合わせなくてはならない。この要求に応えることは挑戦である。でも、(部分的に)学生の好みが異なるから、時々、心配にもなる。グローバルな事例を知りたい学生もいるし、反対に、アメリカの事例の方がよいと思う学生もいる。ある学生は厳格な経済理論や数学を学びたがるが、全然必要としない学生もいる。これらの異なった要求をバランスをとって満たし、くわえて、面白くて、刺激的な講義を設計することはとても難しい。 
 
 
 
8 本の出版
 
 多くの学者は自分の研究成果をもっと広い範囲の読者に伝えるために、本を執筆します。近いうちに、あなたは本を出版する予定がありますか。ある場合は、その詳細を紹介してください。

正直にいえば、私にはまず完全に達成しなくてはならない十年先までの研究計画がある。私の研究生活の現時点では、本の執筆に取り掛かる意味はまったくない。付け加えれば、政府や産業にインパクトを与えると思った考え、つまり書く価値のある考えがあると思ったときに、本を書きたいと考えている。躍起になって書籍を執筆する人を見かけたことがある。でも、私は、政府のよりよい政策決定を支援することにより貢献できると思う場合にしか、出版したくはない。書籍の出版は私の優先課題の中では、現在、優先順位は高くない。しかし、今から10年後、同じことを聞かれれば、異なる答えをするかもしれない。  
 
9 行動経済学

行動経済学について、どのように評価していますか。自分の研究に、どの程度心理学的理論を採用したいと考えていますか。

過去10年間ぐらいわたって、行動経済学の人気は高まっているし、様々な進展がある。研究分野として、行動経済学は面白いと私は思う。問題はモデルの欠如である。まだ、質の高いモデル、つまり、全ての個人的な違いを統合した包括的理論は存在しない。モデルが欠如しているため、研究の観点から行動経済学を利用することに私はフラストレーションを感じる。よく冗談で、それが、私が企業を研究することを好む理由だという。企業はもっと合理的である。その結果、人間を対象とするより、研究しやすい。

しかし、行動経済学の課題はマネージャーにとって大事である。私の学生たちはしばしば次のようなコメントをする。「私という人間は完全に合理的でないかもしれないなかで、なぜ、その選択をするのか」。しかし、私は、ひとつの講義の半分しか、行動経済学の説明に割いていない。むしろ、私は時間の大分部を費やし、企業の合理的で経済的な行動を説明する。行動経済学が重要で、有益で、しかも面白いと思うが、私の専門分野ではない。近い将来、他の若く優秀な研究者が行動経済学に関する包括理論を打ち出すことを願っている。行動経済学は、将来の研究のためには素晴らしい道具箱となるだろう。現段階では、行動経済学の結論は、「我々人間は完全に合理的ではない」と主張しているように思える。

 

2014年12月25日木曜日

2014 - 12 -25 ハーバード大学ビジネススクール アマビール教授


 

 
 
独占インタビュー 

ハーバード大学ビジネススクール アマビール教授
「インナー・ワークライフが成功の元!」

 
レサ・アマビール博士

ハーバード大学ビジネススクール(エドセル・ブライアント・フォード記念講座)教授

及び同スクールの研究ディレクター

スタンフォード大学博士(心理学)。彼女の最近の研究の対象は、日常の仕事における心理学的側面の探求である。具体的には、「インナー・ワークライフ」(inner work life)、つまり社員の仕事に対する気持ち・主観的態度が、創造性・生産性・コミットメントにどのような影響を与えるかを研究している。世界経済フォーラム(ダボス)やTED Talkでも講演。コンサルタントとして、IDEOP&GMotorolaなどにもアドバイスしている。



1. あなたの「Componential Theory of Creativity 」(直訳: 創造性の構成要素理論)は高い評価を受けた。それぞれの構成要素の具体例をあげて、その理論の概要を説明してほしい。企業の職場(現場)で、マネージャーがどのようにその理論を適用すれば、従業員の創造性を伸ばすことができるだろうか。

私の提唱する「componential theory of creativity 」(創造性の構成要素)では、個人が創造性的になるためには、3つの内的な構成要素と、もう1つの外的な要素が必要であると考える。では、内的な要素から説明しよう。第1の構成要素は、個人が創造性を駆使しようとする「分野についての専門知識」である。たとえば、ビジネスのシーンで、マーケティングの問題を解決しなくてはならない個人を考えよう。おそらく、その個人は新製品の発売計画を作成しなくてはならない。その分野におけるその人の専門知識とは、マーケティング分野について知っていることのすべて、その分野でできることのすべてを意味する。その専門知識には、その人のビジネスについての正式な教育、特に、マーケティングに関して受けてきた教育が含まれる。また、過去における類似問題に関する経験、具体的には、それに実際に取り組んだ経験、新製品発売に関する他者との非公式な打ち合せ、新製品のマーケティングに関して学習することができる環境におけるあらゆる事項に配慮することも含まれる。おそらくこのような分野に関する専門性には、先天的な要素もあるかもしれない。つまり、個人によっては、このような問題について考えることが生まれつき得意な者もいる。しかし、かなりの程度まで、このような専門性は、正式と非公式な教育や経験で左右される。分野に対する専門性が創造性の第1の構成要素となる。

第2の構成要素は、創造的に考える能力(創造的思考能力)であり、個人が関与し、解決策を見出そうとしている多様な分野で一般的に観察できる能力だ。この能力を、ほとんどの人がいわゆる「創造性」と考えている。創造的思考能力には、思考方法、問題から新しい側面を捉える方法、アイデアの間の新しい関係を見出し、また新規のアイデアを発想する観察方法が含まれる。例えば、個人のなかには、問題を逆さまにして、他人が考えもしない視点から問題を観察できる者もいる。これらの人々は、問題解決にあたって妥当な範囲でリスクをとるのが特に得意である。なぜなら、彼らは物事を、他の誰も(もしくは少数の者しか)見ない視点から観察できるからである。これらの創造的な人々は、困難に耐え、掘り下げて、新しい選択肢を探り、多種多様な発想をブレーンストームし、それから最高のアイデアに絞り込む能力を持っている。これらの性格特性や技能は、部分的に先天的なものであるが、訓練でも後天的に獲得できる。かなりの程度で訓練によって習得することが可能である。これこそが、創造的な問題解決(CPSCreative Problem Solving)、シネクティクス(多様な分野の人が集まって自由に討論することによって問題の発見や解決を図る方法。創造工学)、トゥリーズ(TRIZ、発明的問題解決理論) など数多くの他の研修が目指している所である。より詳しく言えば、こうしたプログラムは、広範囲の創造的思考力を養成する目的をもつ。
 
3の構成要素は、私の研究が最も焦点を絞っている要素である。それは、内因性動機付けである。つまり、それは、何か面白い、楽しい、個人的に挑戦できる、満足できるから、何かをやるという動機付けである。内因性動機付けの反対の概念が外的動機付けである。例としては、金銭や報酬、昇進、認知、締め切り、競争で勝ちたい意欲、好評価を得たいという願望がある。これらのすべては、外的な動機付けであり、仕事自体の特性とは区別されるものだ。私たちはみな、内因性動機付けと外発的動機付けの両方に向いている。そして、私たちの仕事にも両方の動機付けが存在する。しかし、ある人にとっては、内因性動機付けがより顕著であり、他の人にとっては、外発的動機付けの方が顕著になる。もちろん、こうした傾向は、部分的に人間の先天的な性格に依存しているが、内因性動機付けは、かなりの程度で、人々が働いている身近な社会環境によって左右される。この点が極めて重要である。
 
そして、この社会環境の議論が第4の構成要素を導く。それが、職場環境の要素である。これは個人の外部にある外的な構成要素である。この要素に関する重要な問いかけは次のようなものである。「職場環境が社員の仕事に取り組む内因性動機付けをサポートするか。あるいは、そうした環境には、内因性動機付けから注意をそらすような、あまりに沢山の外発的動機付けの要素と制約があるので、仕事における内因性動機付けにもとづくやる気が低下するか」。企業内のアンケート調査と観察調査に加え、数十年におよぶ実験研究を通じて、私たちが名づけた「創造性の内因性動機付けの原則」を発見した。人々が最も創造性を発揮するのは、外発的動機付けが原因ではなく、むしろ、内因性動機付けが主な動機付け(つまり、その楽しさ、興味、個人的な挑戦や仕事への満足感)として機能する場合である。
 
マーケティングの例に戻ると、仕事の場面では、社員にはもちろん、マーケティング分野の技能が必要である。また、新たな視点から問題を見て、問題が困難になってしまうときに耐える能力という創造性の技能も要求される。加えて、取り組んでいる問題に対して、内因性動機付けを持つ必要がある。その問題には自分の関心を引く何かがあると感じなくてはならない。おおむね、この内因性動機付けは職場環境に左右される。例えば、周りのチームで行われること、彼らに対する上司の発言、組織の文化、社内で何が行われるかである。私の研究の多くは内因性動機付けを支えるために、マネージャーは何ができるかを検討した。(加えて、内因性動機付けを弱体化させるマネージャーがよくすることも研究した。)より最近の研究が内因性動機付けの範囲を超え、仕事に対する社員の感情や認識の検討に発展してきた。

 

2. あなたの著書『The Progress Principle』(直訳: 進歩原則)のなかで「inner work life」(意訳:心の中に感じる仕事に関する気持ち)という概念を紹介されています。具体例を挙げて、この抽象的な概念を説明してください。なぜ、これが社員の業績を左右する要素になるのですか。

Inner work life 」(意訳: 仕事に対する気分)とは、社員が仕事中の出来事に反応し、それを理解しようとするにしたがって体験する感情、知覚や動機付けの組み合わせである。第1の感情は、単に、起こっていることに対する人間の反応である。これらの感情は否定的にも肯定的にもなりうるし、穏やかなものまたは激しいものかもしれない。仕事中、何かが起こったら、嬉しく、または誇らしく思うかもしれないし、あるいは怒る、イライラする、怖がるまたは悲しく感じるかもしれない。

知覚が2番目の構成要素である。知覚とは、今起こっていることとその意味に対する社員の考え、印象、や判断から成り立っている。この知覚に含まれるのは、組織、自分の上司、上級管理職に対する自分の考え、判断、や印象である。また、同僚についての認識や自分がやっている仕事、そして、自分自身に関する認識も含まれる。

第3の動機付けは、今行っている作業に対するやる気のことだ。私たちは既に動機付けと創造性の構成要素理論の中のその位置づけを議論した。動機付けは仕事に対する気分の不可欠な部分である。内因性動機付けと外因性動機付けが同時に作用し、両者が補強し合うことが可能だ。しかし、私が述べたように、外因性動機付けがあまりにも顕著な場合、実際には、内因性動機付けを弱体化する。

仕事に対する気分とは、基本的に、日々の仕事に対する主観的で、心理的な体験である。仕事に対する気分という概念を理解するために、私たちは、10年間に及んだ主要な研究を行った。具体的には、社員たちが、組織内で創造的な基幹プロジェクトに取り組んでいた際、この気分が日々どのように移り変わっていたかを検討した。私たちは間近で、詳細なレベルで、社会的な職場環境の要素が、1日ごとに社員の内因性動機付けと創造性にどのように影響を与えるかを調査したかった。しかも、内因性動機付けと創造性を超える、より広い範囲で、検討したいと考えた。仕事に対する気分のあらゆる側面を検討したいと思い、感情と知覚・認識も研究の視野に入れた。また、創造性の範囲も越えて研究したかったので、仕事の成果の他のいくつかの局面も調査対象に含めた。この研究のために、社内で、重要で革新的なプロジェクトに取り組んでいた従業員を選択した。そうしたプロジェクトの多くは商品開発であった。顧客のために、複雑な問題を解決するプロジェクトもあった。しかし、すべてのプロジェクトは、成功するために新規性と実現可能性が要求された。実は、それが、創造性が意味することなのである。つまり、創造性とは、新規で、役立つ何かを、あるいは実現可能なものを作り出すことなのである。

この研究では、3つの異なる産業にわたる7つの企業に関して26個のプロジェクトに取り組んでいた238人の従業員が対象になった。彼らは、自分が関与していたプロジェクトの終了まで、毎日日記を書き続けた。その日記の内容は、電子情報の形をとり秘密は保持され、ハーバード大学のコンピューターに直接送信された。日記は、2つの部分で構成されていた。第1部は、参加者のその日の仕事に対する気分を表す動機付け、感情や知覚について尺度で評価を求める数字的な問いから成り立っていた。第2部が記述式のレポートだった。毎日、参加者がその日の出来事のなかで、印象に残る一つを説明するように求めた。それは、自分の仕事やプロジェクトに関係する限り、何でもよかった。参加者はプロジェクト期間中ほぼ毎日、つまり、週5回レポーを作成し、それは、平均で、一人、4ヶ月から4.5ヶ月の期間が続いた。長期間のプロジェクトの場合は、9ヶ月も日記を記録し続けた参加者もいた。最終的に、約12,000日分の日記の内容を収集できた。これらにくわえて、私たちは、参加者の上司と親しい同僚から参加者の業績に関するデータを、調査期間中、いくつかの時点で収集した。

私たちが、社員個人の仕事に対する気分を仕事の業績評価と照らし合せて分析したとき、最初の発見があった。それを、私たちは、仕事に対する気分の効果 Inner Work Life Effect)と名づけた。社員の仕事に対する気分がもっとも肯定的な状態である日、週、月では、最も高い水準の成果を出す可能性が高かった。「Inner Work Life」を構成する3つ要素が、仕事の成果の4つの側面に有意に関与していることが明らかになった。第1が、従業員が職場環境に関する感情つまり、組織、同僚や上司に対する気分が一番肯定的だった時である。第2が、従業員の感情の状態が最も肯定的で、陽気なときである、そして、第3が、仕事に対する内因性動機付けが一番高いときである。こうしたケースでは、従業員が創造性を発揮する確率が最も高くなる。同時に、彼らの生産性も高くなる可能性が高まる。くわえて、仕事に対してコミットメント(責任)を示す可能性も高まる。そして、最後には、お互いが良い同僚になる傾向が強まる。これらの結果は、「inner work life」の3つの側面が、動機付けだけでなく、業績に対しても、大きな影響を与えていることを示す強力な指標であると、私たちは思っている。

例えば、ある人が、ある日、感情の状態がもっと肯定的なら、その日のみに、創造的な考えを発想したり、創造的に問題を解決したりする可能性が高くなるではなく、その翌日も、同様の結果になる可能性が高くなる。それは、翌日の気分とは関係ない。これこそが、業績に対する「inner work life」の影響なのである。

 

3. 部下の「inner work life」を改善するために、上司は何をすればいいでしょうか。

あなたはマネージャーが何をすれば、直属の部下の「inner work life」が改善できるかと尋ねた。では、その点を明確にしよう。マネージャーが「inner work life」を改善するために、感情的知性の天才になる必要はない。それが必要だとは思わない。また、絶えず、職場を歩き回り、部下を元気付ける必要もないと思う。もちろん、マネージャーが部下の感情の状態を深く掘り下げる必要もない。実際、それは非常にまずい考えだと思う。重要なのは、「Progress Principle」(直訳: 進歩原則)に注意を払うことである。

では、進歩原則について説明しよう。それは、上司が部下の「inner work life」を支え、人々が自分の肯定的な仕事人生を維持するために役だつ鍵となるものである。実際、個人は自分自身のためにこれができる。「inner work life」の効果を発見したのち、私たちは、何がその原動力になっているかを探ることにした。もし「inner work life」が業績を左右するのなら、何が「inner work life」に影響を与えているだろうか。この質問に答えるために、私たちは12,000個の日記を掘り下げた。社員が書いた全ての物語を読み、彼らが記録した出来事をおよそ64,000個のエピソードに分類した。彼らの仕事に対する気分が最高だった日々、つまり、社員たちが肯定的な感情や知覚を感じ、内因性動機付けが最も高かったときを検討した。これらの日を他の日と区別するために、それらの日に何が起こったかを分析した。その結果、社員たちが仕事に対する気分が一番良かった日には、目立つ頻度で、いくつかの肯定的なできごとが起こる傾向が強いことが分かった。

そのような出来事のなかで、他のすべてよりも際立ったものがひとつ存在した。その出来事は、意味のある仕事で進歩したという単純なことだった。それは、その人が、重要で、価値があると考えた仕事で、大切とみなしていた目標が達成され、仕事が前進した場合だった。これを、私たちは「Progress Principle」(進歩原則)と呼んでいる。一方で、私たちは、進歩原則には暗い側面もあることも発見した。社員の仕事に対する気分が最悪だった日に起こる最も顕著な出来事は、進歩の反対、つまり挫折だった。こうした日は、社員の仕事が妨げられ、行き詰まり、もしくは、仕事が何かしら後退してしまっていると感じていた。

社員たちが、とても漸進的に見えるような進歩を体験していたときにも、進歩原則が当てはまることが分かった。比較的小さい段階で仕事を前進させることは、その日に仕事に対する気分を劇的に改善する可能性がある。私たちは、これを「ささやかな成功の力」(power of small wins)と名づけた。事実、肯定的なものも否定的なものも含めて、28%のささやか出来事が、その日の仕事に対する気分に大きな影響を与えたことが分かった。また、否定的な出来事が否定的な方向に影響を与える度合いのほうが、肯定的な出来事が肯定的な方向に影響する度合いよりも強くなる可能性があることも分かった。この結果は、小さな出来事、大きな出来事を含め、すべてに当てはまる。もっと正確に言えば、挫折を経験し、自分の仕事が阻害された場合、仕事の進歩の肯定的な影響と比較すると、仕事に対する気分に対して、3倍から4倍程度の否定的な影響が発生する。

これらの結果はマネージャーに対していくつかの教訓を示唆する。そのひとつは、彼らは本当にささいなことでも気にかける必要があることだ。部下の主要な仕事の遂行を妨げるような日常の面倒に対して注意を払う必要がある。Jim Collins (Built to Last』を書いたアメリカ人のコンサルタント)が呼ぶ「大きくて、困難で大胆な目標」 (BHAG: big, hairy, audacious goals、ビーハグ)、つまり、高尚で、意欲的なプロジェクトの目標をもつことは素晴らしいことだ。大胆な目標は本当にやる気を起こさせる。しかし、人々に、より頻繁に小さな成功を体験してもらうには、大胆な目標をもっと小さなレベルの中間的な目標に分割すべきである。社員たちは、自分がもつ仕事に対する決定権に応じて、自分で、目標を分割することができる。プロジェクトを前進させながら、自分で中間目標を設定し、より頻繁に前進している感覚を体験できる。これが、マネージャーにとってのひとつの教訓である。

私たちは、日記の記録に戻り、マネージャーが社員の仕事の前進を支えるために何ができるかを確認した。以前の質問に対する私の答えを思い出してほしい。社員の仕事に対する気分(inner work life)を醸成するために、社員の仕事の前進を支えなくてはいけないと答えたことだ。これが、マネージャーができるもっとも重要なことである。仕事の前進は、社員の仕事に対する気分に対して、それほど強い影響を与えているし、挫折は、反対方向へ向かう強力な効果をもっている。このため、マネージャーは、私たちが「catalysts to progress (直訳: 前進の触媒、以下、促進要素という)と呼ぶ行動に注意しなければならない。従業員の仕事の前進を促進させるような7つの要素を私たちは発見した。それらの促進要素の多くは、直属の上司も含めて、マネージャーが強く支配できるものである。

1の促進要素は、意義のある仕事における明確な目標である。社員たちは何をしているか、そしてなぜ重要なのかを理解する必要がる。第2の促進要素は、仕事に対する決定権である。社員が明確な目標をもつことを確かなものにするために、マネージャーはプロジェクトに関係して社員がする全ての作業を微細に至るまで管理(マイクロマネジメント)する必要はない。実際、マイクロマネジメントされたら、社員が新たな解決策を探し出し、自分の特別な知識を使って、問題の取り組み方を決定する余地がなくなってしまう。明確な目標と仕事に対する決定権は、前進の促進要素の2つの基礎なのである。

加えて、従業員が、仕事に対する必要な援助を得ていると感じなければならない。仕事が困難になったときに、従業員は、前進を可能にする情報と専門知識を手に入れる必要がある。また、従業員は仕事に関する十分な資源を必要とする。そうした資源が贅沢である必要はないが、十分でなくてはならない。その場合、社員が委譲された仕事の代わりに、必要な資源を探すことに時間を割く必要がなくなるからだ。

もうひとつの促進要素は、成功のみから学ぶだけでなく、問題から学ぶことに由来する。これは、促進要素の中で最も重要であり、同時にマネージャーにとって最も難しい要素である。なぜなら、この要素は、社員が安心と感じる職場環境の構築を要求するからだ。従業員たちが、仕事のなかで失敗した実験と誤りを正直に打ち明けても良いと感じる必要がある。複雑で、革新的な仕事を行う場合、失敗や誤りは不可欠なものである。あなたが、誤りをおかさずに複雑な作業を遂行しているならば、あなたは創造性を発揮していないといえる。基本的に、マネージャーは本質的に次のような発言をする必要がある。「いつ、誤りが発生したかを知りたい。そうすれば、何が発生したかを確認でき、前進するためにその誤りはどのような意味をもつのかを理解することができる」

マネージャーは間違いと失敗を無視してはいけない。また、責任者を厳しく罰してはならない。そうすれば、将来、リスクを回避するようになってしまうからだ。これらの過度な反応は、挫折に対応する効果的な方法ではない。上層から下層までのすべてのマネージャーが失敗や間違いから学べる安全な職場環境が整えられている。そのようにみえる企業は私たちが研究した7社の中では1社しか存在しなかった。それは、その会社の雰囲気であり、従業員の仕事の仕方であった。もし何か問題が発生したら、彼らは次のようにいうだろう。「では、打ち合わせをしましょう。何が起きたか。この失敗からどのような有益な教訓を学んだらいいですか」。他の会社では促進要素の実施はそれほど成功していない。実際に、この点で最悪だった会社が数社存在した。

他の促進要素もあるが、すべては私の本に紹介さてれている。このインタビューには時間の制限があるために、そのすべては説明しない。いずれにしても、促進要素は、仕事の前進だけでなく、その延長として、肯定的な仕事に対する気分(inner work life)を醸成することにつながることを強調したい。

マネージャーも「inner work life」に直接影響を与える行動がとれる。私たちのデータでは、促進要素ほど、目立たなかったが、それでも重要である。私はそれを「nourishers (助長要素)と呼ぶ。人間の士気を高める要素である。これに対して、「toxins」(毒素)は、助長要素の反対の意味をもつ。

助長要素は明確で把握しやすい。例えば、尊敬と基本的な礼儀正しさは助長要素に含まれる。称賛、つまり、公的そして個人的に社員たちの貢献を褒めることも助長要素である。仕事が困難になるときに、励ましと感情的な支えが特に重要な助長要素となる。従業員が私生活や仕事のうえで困難な時期を経験しているときに、単に自分の理解を示すだけで効果を生む。そうした行為そのものが従業員を支援することになる。最後に、友好関係と帰属感覚、すなわち、同僚たちが人として知り合い、信頼し合うようになる機会を提供することも助長要素として機能する。この効果は仕事のすべての面に当てはまり、従業員がより効果的に協力する確率を高める。

 

4. 日本のような危険回避志向の強い国で、起業家活動を促すために、何が必要ですか?

危険回避の態度を克服するのは難しい。しかし、組織において、人々は、危険回避傾向を克服するためにいくつかの対策をとることができる。例えば、熟年の社員は若年社員と接触を保つことができる。自分自身がマネージャーまたは幹部の場合は、後輩でもいいし、個人で働いている熟年の社員の場合は若い同僚でもいいだろう。なぜなら、若い社員はしばしば異なる視点をもっているので、耳を傾けるとよい。つまり、彼らから学ぶことができる。さらに、若い社員のほうが現在の機会をより詳しく把握しているかもしれない。新しく、斬新な発想に心を開き、若者文化に対して受容の態度を保つことが、リスク回避志向の態度を乗り越えるのに役立つ。





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