2015年7月25日土曜日

2015-07-25 実験がイノベーションの必要条件です!




ロドリゴ・カナレス博士

マイクロファイナンスとは何か?
イェール大学経営大学院 ロドリゴ・カナレス博士

実験がイノベーションの必要条件です!


イェール大学経営大学院准教授。組織行動論を担当。MIT博士(グローバル経済・経営、経済社会学)、MBA MIT)。『世界の経営大学院の40歳以下の最優秀教授40名』(2014年)に選ばれる。個人の経歴、職位、地位が既存の組織構造にどのような影響を与えるかを研究している。主な研究として、メキシコの麻薬戦争の組織的な影響の分析がある。


1. あなたはマイクロファイナンス (小規模金融)や社会事業の分野について、かなりの研究を行っています。何がきっかけで、比較的新しいこの分野にあなたの関心が向いているのですか。

まずマイクロファイナンス(貧困者向けの小口金融)は実際には新しい分野ではないということを述べて、回答を始めたい。マイクロファイナンスは1970年代から存在している。この分野に関してかなりの研究が行われてきているが、そのほとんどは経済学の視点からである。契約の構造、さらには歴史を通じて、どのようなインセンティブによって今まで、その効果を保っているのかを理解することが試みられた。したがって、経済的な現象として、マイクロファイナンスはそれほど新しくない。

私がマイクロファイナンスに関心をもったのは次のような理由による。マイクロファイナンスの契約の構造と動機についての研究が多いにもかかわらず、世界中のマイクロファイナンスの組織を実際に見渡せば、かなり異なる契約の構造をもっている。そして、その顧客とローン(貸し出し)担当者のインセンティブ構造も相当程度異なっていることが観察できる。それでも、なお、すべての組織が順調に業績にあげている。

私には、既存の多くの研究者が次の点を見逃しているように思えた。つまり、実質上、契約(の構造)が、マイクロファイナンスにおける世界中の多様性の大部分を説明しないにもかかわらず、研究対象がその点に集中していたということだ。驚いたことに、誰もマイクロファイナンスの組織的な側面あるいは組織構造を考察していなかった。この点はとても興味深い。なぜなら、マイクロファイナンスが、きわめて労働集約性の強い現象であり、また労働集約的なサービスであるからだ。こういう理由により、マイクロファイナンスに携わる組織のマイクロ力学は興味深く、複雑であるに違いないと考えた。それが、私をこの分野に引き付けた要素だった。

このように、誰も組織力学を考察していないという事実があった。それにくわえて、世界中で、マイクロファイナンスが、市場原理を通して貧困と戦う社会事業のモデルの例として認められる側面もある。私は、そうした考えに少し懐疑的だった。というのは、マイクロファイナンスが社会問題にどの程度の真の影響を与えていたかについて、かなり入り混じった結果を見ていたからである。この2つが、私がマイクロファイナンスの分野に関心をいだいた理由である。私は、なぜある組織が社会的影響を及ぼしているのか、理解しようと考えた。

2の動機として、どのような組織構造が、マイクロファイナンがうまく機能することを可能にするのかを理解したいと考えたことがあげられる。組織論の学者として、私はこの質問に関心を持っていた。くわえて、発展途上国に興味があり、開発問題のより良い解決法を見出すことに関心をもつ者として、最初に、マイクロファイナンスに注意を向けた。こうした初期の動機が、最終的に社会事業の他の形態への関心に結びついた。マイクロファイナンスの研究を通して、どの社会事業モデルでも必然的に直面する緊張関係や矛盾に気づき始めた。


2. 感動を呼んだあなたの最近のTEDトークで、経済理論を活かし、メキシコの麻薬カルテルが実際に洗練された社会事業であることを説明しました。私たちは、あなたの分析から、いかに米国などの国において麻薬の消費を減らすかについて、どのような教訓を得ることができますか。


それについて2つのことを言いたいと思う。最初に、私たちが造り上げてきた世界麻薬マーケットの構造の組織的な示唆を理解するために、私は、経済学の原理を適用するだけではなく、もっと広範な社会学な原理も適用している。私の説明を2つの部分に分解しよう。

TEDトークで私が議論したのは次の点である。この問題の中心に目を向ける、すなわち、世界の麻薬取引や麻薬関連の暴力の動的力学の背後にある真の要因は何かを考えるとき、私たちは常に、(麻薬の)供給の問題としてこの現象を攻撃することに気づく。そして、私たちは常に、麻薬犯罪者を批難し追求する。実際、問題は、麻薬市場が何十万ドルという市場であることにある。たとえば、米国の麻薬市場は巨大である。米国における麻薬への需要は膨大である。麻薬を配達するリスクを負う覚悟を持つ人が得られる収益を考えれば、次のような不可避的な結論に行き着く。すなわち、麻薬に対する需要がある限り、どんなにリスクが高い仕事でもそのリスクを負い、麻薬を配達するために何でもやる人間が常に存在するであろうということだ。

麻薬市場の大きさ、市場から得る収益、需要の回復力を考えれば、そうした事実を否定することは不可能だ。麻薬愛用者が麻薬の品質や価格の大幅の変動を受け入れ、その麻薬を使い続けている。その結果、たいへん魅力的な需要になっている。供給サイドがその需要を満たす道を見出していく。このため、いくら供給サイドを制限しようとしても、それを止めることはでいない。なぜなら、そこには需要がいつも存在するからだ。

この前提からスタートすれば、麻薬の供給を止めるために私たちが行っていることのすべてが道理に反していることになる。麻薬の供給を根絶することなどできない。さらに、麻薬の供給元を追求することが非合理であることだけでなく、追求することで、事態はさらに悪化していることを悟り始めている。なぜか?もし、麻薬密売人を追えば、そのうち何人かは逮捕できるのは明らかだ。しかし、もし密売人をさらに追えば追うほど、革命的な動態力学を生み出す。すなわち、この巨大マーケットにドラッグを供給する者として生き残った者は、最も冷酷で攻撃的になる。そして、世界中で追われるなかで生き残る、最も戦略的に複雑な組織になることを確かなものにしてしまう。

事実、麻薬の供給源を追求する私たちの戦略によって、ますます暴力的になるこれらの組織をつくりだしている。つまり、私たちは、最も冷酷で、そして最も洗練された(麻薬)組織のみが存続できる環境を造り上げてしまった。こうした組織が生き残りをかけて戦っていることには疑いの余地はない。なぜなら、私たちが何ら対処していない巨大な市場が存在するからだ。私たちが忌み嫌う問題の兆候、すなわち、私たちが嫌悪する麻薬密売人を追求するうえで、彼らの存在理由を無視することにより、状況をさらに悪化させている。まさに、この状況は薬物耐性菌を造り出しているがごとくだ。間違った病気に対して不適切なタイミングで抗生物質を使用することにより、最終的に超耐性菌を生み出だすことになる。これが問題の一部である。

経済学の需要原理を適用し、動機とその需要が引き起こす市場構造を分析することにより、私たちは問題を悪化させていることに気がついた。組織が生き残るためには、相当程度洗練されなければならないという環境を作り上げた。その結果、その組織は市場の需要を満すために物流や運送ネットワークを構築するための戦略を考え抜いた。それだけでなく、自分たちの組織の存在理由を正当化し、メキシコ国内や国際市場のなかで制度化するために、非常に洗練された戦略を展開した。彼らは、洗練されたPR活動やメディア・キャンペーンを開発し、メキシコ市場で彼らが行っていることを制度化しようとしている。そして、その過程で、彼らは、とても重要な手法を使って、政府機関としての権限を弱めることに成功した。私たちは、単に、これらの麻薬組織を弱体化することに失敗しているだけではなく、実際に、それらと戦うためにツールとして利用しようとしている政府機関の権限を弱めているのである。こうした状況は、私たちの心得違いの対処法によって生み出されている。そして、それは、この問題の根本原因を理解できていないことに起因するのだ。

この状況から何を学ぶべきかと問われたとしよう。第1に、私たちの解決策はうまく機能しない。それは状況を悪化させている。したがって、第2として、この問題の実相についての議論を完全に転換しなければならない。もちろん、私も何が真の解決策になるのか確実に分からない。私は、麻薬使用の合法化に賛成していないが、他方、反対しているわけでもない。私が提唱しているのは、麻薬の供給源の追及が単に非合理であるだけでなく、非生産的でもあることを認めなければならいということだ。そこで、この問題に対処するために、何ができるか、何をすべきかに関して率直な議論を行わなくてはならない。その議論は、麻薬に対する膨大な需要の存在とそれを減らすことに対する無力性を認めるところから始めなければならない。それが出発点だ。その時点で、すべてを合法化するが、人々の消費を制限する方法を検討することを決めるかもしれない。換言すれば、「すべての麻薬密売人を投獄しよう」というような単純な考えをやめた方がよい。なぜなら、それは絶対に不可能だからだ。

私たちは麻薬関係の暴力を私たちから離れた場所で起こっている現象として考える傾向がある。メキシコでは、お互いが対抗し合って麻薬犯罪者(組織)が存在する。仮定の話だが、自分が麻薬の使用者または使用者の友達であり、あるいは麻薬の使用を容認したら、もしくは政策を改めるために何もしていないなら、あなたがその問題の一部であることに気がついてほしい。そうした人たちはこの問題を悪化させている。私のTEDトークのひとつの目標は、私たちが方針を変えるために、もっと積極的に行動する必要があるという認識を引き起こすことであった。ここでいう「私」とは、「すべての人」という意味だ。なぜなら、私たちのすべてがこの問題の責任を負っているからだ。


3. あなたの研究業績書を読んだときに、2010年のあなたの論文である“From Buddha to the Boardroom: Leadership Education and the Four Pillars of Courageous Leadership Type”(「仏陀から重役会議室へ:リーダーシップ教育と勇敢なリーダーシップの4つの柱」)に目が留まりました。この論文は具体的に何についての論考ですか。仏教の原則を経営者教育に適用する着想をどこから得たのですか。

その論文タイトルは2から3つの異なった意味での「言葉の遊び」である。論文に紹介された考え方は、私たちがMIT(マサチューセッツ工科大学)のDalai Lama Center for Ethics and Transformative Values (倫理と変革の価値観のためのダライ・ラマ・センター、略してダライ・ラマ倫理センター)のために開発した変革的なリーダーシップに関する研修に由来している。私は、このセンターの運営委員会のメンバーである。倫理センターが設けている目標の一つは次のものだ。すなわち、リーダーがより倫理的で、価値観に導かれた、より多くの意思決定を行うことができるように、ツールと思考の枠組みを提供する教育研修を設計し、実施することだ。

もう一つの倫理センターの目標は、倫理や価値観に基づく研修を専門大学院に導入することである。具体的な大学院として、MBA(経営修士)、医学、法律(弁護士)と警察の教育課程などを想定している。その目標に向けた試行錯誤的な実験を通じて、倫理観や価値観に基づくリーダーシップに関する経営幹部向きの研修を設計することになった。この論文は、その研修を通じて導入を目指している4つの柱を議論している。「From Buddha to the Board room」(仏陀から重役会議室へ)という題名に関する質問であるが、研修自体は完全に世俗的で、非宗教的であるにもかかわらず、研修のなかで仏教からの手法を採用している。

ダライ・ラマ倫理センターの創設者兼センター長は、西洋でたいへん有意義な欧米教育を受けた実際の僧侶である。私自身も仏教の教えを実践しているので、多くの研修の内容は仏教の手法に依拠している。その中には、内省をするときに使う手法、参加者が自分の感情の状態を意識することを支援する方法、そして、周辺の人々との繋がりをもっと意識してもらうための方法、さらには、必要なときに、気軽に助けを求められるようになるために謙虚さを深める手法も含まれている。

論文のタイトルが言葉遊びであるもう一つの点を述べよう。この研修で発見できたより面白い点は、参加者を僧侶と、たとえばMBA学生の混成にすることで、とても強力な結果が生じたことである。これらの研修を実施した結果、僧侶の強みや弱みとアメリカのMBA学生の強みと弱みとの間に、とても面白い相補性が発見できた。私たちは、強みと弱みは殆ど完全に補完し合っていることに気づいた。僧侶はとても謙虚で、内観的であり、驚くほどの洞察を達成したが、そうした自分の考えを実践化することに苦労していた。「どうやって、この洞察を、今日実践できる行動に転換させればいいのか」という質問に彼らは悩んでいた。要約すれば、僧侶たちは、自分の洞察とリーダーシップを実践するための活動を構造化することに悪戦苦闘していた。 

一方で、MBA学生は正反対の問題に苦しんでいる。彼らは行動をとり、活動を組み立て、何かをやることが得意である。しかし、彼らは、内観と自分に対する洞察を結びつけることが非常に苦手である。MBA学生は、多くのことを(総合的に)見渡すように訓練されているので、この自分の心との接近に苦労する。僧侶とMBA学生を混ぜると、とても面白い方法で、お互いに補完できる。これらの研修は素晴らしい経験であり、論文のタイトルのもう一つの源泉ともなった。このように、私たちは、この研修に仏教の手法を折り込み、その過程で、いくつかの興味深い結果を得た。


4.      あなたは20128月のインタビューで、既存組織が変化を伴う革新に抗うのが自然だと述べています。組織と同じように、ある国々、特に日本は、とりわけ、動的かつ劇的な変化に抵抗する傾向が強いといえます。日本人も日本の組織も、リスクの高い機会の追求よりもリスクの低い現状維持を好みます。もちろん、日本は、アベノミクスの導入によって最近もたらされている僅かな改善も見受けられます。とはいえ、依然として長期化した不況という特徴をもつ「失われた20年」の悪影響に悩まされています。日本政府、日本企業、日本人が、経済の状況と、世界市場における日本の全体的な競争力を改善するために、より革新的になる必要があります。そうした日本に対して、あなたはどのような提案をしますか。

組織に関する私の授業は13回のセッションで構成されており、広い範囲のトピックをとりあげる。その授業のうちのひとつは実験と失敗についてである。私がそのセッションを行うとき、いつも学生に次のように話す。「この13回の授業の中で、1回のトピックしか皆さんの記憶に残らないかもしれないことを分かっている。私は、全ての講義を慎重に準備するが、皆さんはそのほとんどを忘れていくことを認識している。運がよければ、皆さんは一つのトピックは覚えている。その場合、皆さんに、実験と失敗の重要性についてこの授業を覚えておいて欲しい」。革新(イノベーション)に弾みをつけるうえで、実験と失敗がいかに重要かを把握さえすれば、イノベーションに関係するすべての課題に対応できるようになる。あなたは、より実験的になるように組織構造を発展させることができる。また、失敗をより受け入れやすくするために、どのような類型の組織文化を醸成する必要があるのかを理解できるようになる。

これらすべての意思決定は、革新を促進するうえで「実験と失敗の重要性」を深く受け入れることにより、なされる必要がある。その理由は、イノベーションとはそれ以前に試みられたことがないことをする取り組みという点にある。その結果、失敗するかどうか、を選択することは不可能となる。それ以前は誰もあなたが試みることをやったことがない。だから、あなたは失敗する。

このとき導き出される質問は、あなたがどのように失敗するかということだ。小規模で管理された方法で、前進できる基本的な何かを教えてくれ、速い進展を可能にしてくれる。そのような小規模の形で失敗するのか。あるいは、あなたが進展する能力を完全に阻むように、大規模な失敗をするのか。革新を追及する際に、失敗するかどうかの代わりに、どのように失敗するのかが唯一の選択肢だとしよう。ここでの教訓は、あなたは、可能な限り、何が効果的で何がそうでないかを把握できるような、小さくて、低コストの実験を設計すべきだということだ。

私は日本に詳しくないが、多くの日本人の学生を指導している。また、私の学生の多くはアジア人であり、私にはアジアで教えた豊富な経験もある。多くの国の文化と歴史において、そして特に日本では、立場がとても重視される印象を受けた。つまり、社会制度において、ヒエラルキー(上下関係)が大きな役割を果たしている。

同時に、「失敗することのコスト」がとても高いことにも気づいた。誰かが失敗すると、大騒ぎになる。また、失敗には深い羞恥心がともなう。この2つの要素が合わされば、人々は絶対に革新的な何かを試みたくない完璧な環境を造り上げてしまう。イノベーションは、一般的に、市場か消費者に近いところにいる、地位が低く、世界における問題をより詳しく認識している人々から生まれる。地位の高い人間は、一般的に「現実世界」から遠く離れているので、問題に対応し革新を可能にする洞察を得ることが困難な状況にある。

また、前述のとおりイノベーションは実験と失敗を要求する。ヒエラルキーと高い地位が中心的価値観であり、どんな失敗もとてもひどくて恥ずかしい行為だと見なされる社会システムの場合、革新に対して強力な抵抗力が発生する最適な条件が生まれる。

私なら、日本で、エンパワーメント(権限付与、権限委譲)を促進するだろう。私なら、役職(上下関係)に関係なく権限委譲をするだろう。そうすることで、(組織が)より実験的になることもできる。また、失敗の解釈を微調整するだろう。その組織では、失敗とは「(個人の私ではなく」私たちが失敗した」あるいは、「まあ、まだ成功していないが、この失敗からいくつかの重要な教訓を学んだ。次の実験に適用しよう」とどちらの解釈をしているか、だ。

失敗が許容されない組織では、社員は全てが完璧であることを確かなものにするために全力を尽くす。イノベーションは必ず起こるという性質のものではない。なぜなら、イノベーションが発生しているとき、私たちは何が起こるのかを理解していないからだ。最終的に、失敗の規模がより大きくなると、失敗を嫌う組織文化を強化してしまう。それぞれの失敗が大きくなり、失敗のコストに対する意識をさらに強調してしまうからだ。その結果、人々は失敗をさらに避けようし、より完璧な解決策を求めてしまう。こうしたことはうまく機能せず、より大規模な失敗につながり(さらに完璧なソリューションを追求するというように)、自己強化的な制度を生み出してしまう。

ここであなたがすべきなのは、この悪循環から抜け出し、社員たちがもっと実験的になることを援助することだ。くわえて、すべての者が失敗をどのように経験するかに関する文化を変えたいとも思うだろう。私は、「失敗を讃える」考え方を支持しているわけではない。しかし、組織文化が、失敗というものに価値を見出す必要があると考える。私たちは失敗から学び、その教訓を共有すべきである。そして、失敗を、問題を解決するための決定的な段階として認識すべきなのである。


5.      あなたは、イノベーション問題に創造的に取り組んだ企業の例として、IBM社をとりあげました。グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックの各社は、すでに、あなたが提案する社内競争と組織階層横断的なチームの組成を導入したように見えます。にもかかわらず、これらの4社は、IBMのようなイノベーション問題に直面すると思いますか。これらの4社が、現在のように高いレベルでイノベーションを維持するために、その他の方法はありますか?

これはたいへん面白い質問である。一言で言えば、私たちには分からない。

IBM社は倒産寸前であった。IBM社はポラロイド社やコダック社ともう少しで同じ運命をたどるところだった。しかし、ある時点では、CEO(最高経営責任者)、取締役会、そして経営陣が問題を把握し始め、IBM社の業績を引き下げていた全ての要因を取り除く決意をしたのである。それは極めて困難なことだった。なぜなら、それらの多くの事業が多くの収入を生み出していたからだ。それらの事業の各分野が損失を生んでいたわけではない。ある時期、これらこそが中核事業であり、その時点でもまだ多くの収入を生み出していたのである。これらの事業分野が収入の源だったからこそ、これらを継続しながら、同時に、経営陣は次のことを悟った。つまり、そうした事業が収入を生み出しているからこそ、IBM社を取り巻く自社の新しい営業環境を構成する「変化し続けている世界」に合わせて、自社の既存事業を維持しながら、さらにビジネス・モデルを変革することが不可能だと。しかし、極めて難しかったにも係わらず、IBM社はこれらの事業分野を取り除く覚悟をした。

同僚であるディック・フォスター氏と、イノベーションについてよく話し合っている。私たち二人とも同意しているのは、成功している既存企業の大きな課題が、革新の継続と会社の存続に必要な複数な要素のバランスを保つことにある点である。第1に、企業はオペレーション上の優秀さを維持しなくてはならない。現在の収入を生み出している事業のすべてをうまく遂行しなければならい。企業の主な収入源として、それらの活動は多くの資源と活力を吸収していく。

しかし、卓越するレベルで運営することが企業に求められる唯一のことではない。事業の選択肢も創造することも必要である。企業は、現在の運営にイノベーションを漸増的に加えることに投資するだけでなく、将来に向けた新たな事業選択のポートフォリオを創造するための投資活動も行わなければならない。もちろん、そうした投資活動の最終価値を予想することは不可能だが、それが2つ目の必須事項である。

3番目は組織の財務上のコントロールを適切に行うことである。要約すれば、企業は、運営上の優秀さを維持し、事業の選択肢を創造し、財務上の支配も同時にしなくてはならない。

私は、アマゾン社には少し懸念を抱いている。同社は、興味深い運営上の優秀さを構築したとはいえ、財源上の適切なコントロールがなされないで事業運営されているからだ。同社は絶えず赤字を計上している。今のところ、株式市場はアマゾンを猶予しているが、株式市況が後退すると、同社に対する厳しい合図が発せられるかもしれない。そのような合図が出れば、アマゾン社は窮地に陥る可能性がある。なぜなら、同社は、財務的に健全な運営を行っていないからだ。

企業にとって必要な4つ目の点は、事業を取り除き、交換する覚悟をもつことである。かつて中核事業であったが、活力と機動性を保つ可能性が制限される事業分野を追求するという考えは捨て去るべきであろう。そうした事業がまだ価値のあるうちに売却したほうがより。これを実施するためには多くの自制が必要となる。この意味で、とても興味深い組織が3M社である。同社は、期待成長率を下回っている子会社や事業を、絶えず売却し、閉鎖しており、一方で常に新規事業を立ち上げている。これらの活動は3M社の規律の一環である。

アップル社も同じ意味で注目されるべきだ。同社は、もはやダイナミズム(力強さ)を失った商品と事業分野を閉鎖することに何ら疑念を抱かない。商品の販売を中止することで顧客を苛立たせてもアップル社は販売を中止する。グーグル社も、業績のよくない事業分野を閉鎖することに対して、比較的厳しい規律を守っている。

私はフェイスブックを心配している。具体的には、同社は企業のアイデンティティ(独自性)を特定のサービスと商品に緊密に結びつけすぎている。一つの商品によって自社の独自性を定義する企業は自らを脆弱なポジションに置いてしまう。

すべての商品と同じように自社商品が製品ライフサイクルを経るにつれて、その商品は収益を生み出す能力を失ってしまう。特定の商品によって自社の独自性を定義する企業は環境が変化するにつれて、環境適応に関して大きな困難に直面する。

自社の独自性が顧客にサービスと解決策を提供する基盤のうえに構築されているなら、市場の変化に対応するために、商品販売を中止し、入れ替える意志がはるかに強くなる。(前述のとおり)アップル社が容易にそれを実施していることが確認できる。フェイスブックが真にこの方法を採用しているかどうか私は分からない。フェイスブックが努力している兆候はあるが、同社のアイデンティティは、社名にもなっている「フェイスブック」という本来の商品に結びついていると私は思う。商品として、フェイスブックが市場から消え始めたら、同社はいくつかの問題に直面するだろうと私は考える。



2015年6月26日金曜日

2015-06-26 ビッグデータとはデータの大きさではなく意思決定に与える影響力の大きさだ!



Dr. Harikesh Nair
ハリケシュ・ネール博士
(スタンフォード大学経営大学院)


ビッグデータとはデータの大きさではなく意思決定に与える影響力の大きさだ!


スタンフォード大学経営大学院教授。マーケティング担当。応用経済学と計量モデルを用いて、マーケティング・データを科学的に分析して、消費者行動と企業の意思決定を解析している。研究分野は、価格決定、インセンティブ設計、ソーシャルメディア、ネットワーク効果、テクノロジーの普及など多岐にわたる。シカゴ大学博士(経営学)。『世界の経営大学院の40歳以下の最優秀教授40人』(2014)に選ばれた。


1. 昨年、あなたは、「Building Better Employee Incentives with Big Data.」(ビッグデータを活用して、社員のためのより効果的なインセンティブ制度を設計する)という簡潔な講演を行いました。そのスピーチの重要な点を要約してください。ビッグデータをどのように定義しますか?


データの「大きさ」(”bigness” of data)は、その量、または収集できる速度ではなく、むしろ、適切に適用されるときに、意思決定と結果に与える影響力の波及能力により、定義されるべきだと、私は思う。私の考え方では、ビッグデータは次のような事実を意味する。つまり、新しい方法により、情報と分析結果を、マネージャーがもつその領域の知識と組み合わせることで、組織に大きなインパクトを与えることである。これが、私が考える「ビッグデータ」である。

多くの企業が、どのように顧客と相互に作用しあっているかについて、データを収集するために莫大な投資をしたてきた。それを、私たちはCRMcustomer-relationship management)あるいは「顧客情報管理」と呼んでいる。現在は、私たちは、(企業と顧客の)接触地点や顧客がどのような行動をとったのかなど、顧客についての多くの情報を追跡できるようになっている。それにより、顧客と会社との相互作用の分析に対して革命がもたらされた。

私がビデオで述べているのは、企業内でも類似の革命が起こっているということである。具体的に述べよう。すでに、顧客と企業との相互作用を統計的モデルにすることができる。それと同じように、従業員がどのように行動するか、組織内で従業員同士がどのように相互に影響しあっているか、を分析し、さらに、そうした従業員の行動を細かく統計モデル化できるようになっている。そして、そうしたことすべてが追跡可能となっている。私たちは、企業を内部市場として捉えることもできる。これが近い将来起こる画期的な変化だと私は思う。つまり、「ビッグデータ」という概念が企業内や組織内に入ってくる。

重要な事実は、私たちは、現在まだ、どのような要因によって従業員が優秀になるのか、本当に理解できていないことだ。私たちは、なぜある従業員が優秀で、他の従業員がそうでないか、さらに何が生産性を高めるかを、体系的に理解していない。たとえば、チームが従業員の生産性を高めるかどうかを考えよう。孤立した作業で、あまりうまく仕事ができない従業員がいる。しかし、彼らを一緒にしてチームにすれば、期待を上回る成果を出す。では、誰を一緒にしてチームを編成したらよいのか。類似している従業員か、あるいは異質の従業員か。何がうまくいくか。そうしたことを私たちは本当に理解していない。新たなシナリオの優位な点は、誰が誰と一緒に仕事をしているか、彼らがどのように相互に作用しているかを追跡し、異なったチームの構造で、生産性がどう変化するかを検証できることだ。さらに面白いことに、こうしたすべての情報を、誰が高額の給与を得たか、誰が賞与や歩合給をもらったかのような伝統的な人事管理情報と組み合わせることができる。そして、こうしたデータを従業員がとった行動と照合することができる。その結果、次のような質問を組み立てることができる。「この従業員にこの金額の歩合給を支払ったら、彼の生産性がどれほど増加するか」つまり、私たちは、現在、定量的に歩合給の価値が測定できるのだ。



2. 企業の業績を改善するうえで、他のどのような分野においてビッグデータが特に有益だと思いますか。どのようにしてマネージャーと社員は、体系的にそういったデータを収集できますか。

私の同僚が提供した喩えを使うと、「ビッグデータとは石油のような天然資源」である。自然のままの原形では、石油はあまり役立たない。まず、それを掘削して貯蔵しなければならない。それから、洗浄する必要がある。最終的に、精製し、自動車やジェット機のエンジンが消費できるような状態に変換しなければならない。

データもそれに似ている。第一段階は収集である。しかし、単に大量のデータを収集しどこかに保存するだけではあまり役立たない。ビジネス上の質問に役立てるために、そのデータを体系的に片付けて整理しければならない。最後の段階が組織にとって最も大きな課題だと思う。すなわち、データ自体は、特定の「物語」を伝えないし語らない。ビジネスや専門分野に関する知識と組み合わされ、正しく解釈されて初めて価値をもつ。適切な実験の設計、問うべき質問、そして提案するためにデータをいつ使用すべきか、そして分析麻痺(analysis paralysis、過剰分析の結果、意思決定ができないこと)を避けるために使用すべきでないときはいつか。そうしたことが、データに関して、マネージャーが考えなければならない質問である。

だから、データの収集だけでは、あまり大きな変化はないと私は思う。分析結果の使い方に精通している聡明な個人が(ビジネスなどの)専門分野についての知識と組み合わせるときに、それは強力になる。企業の最も重要な課題はこうした能力のある人間を見つけることである。それは容易なことではない。人的資本の不足はきわめて現実味のある問題だ。ビジネスの分野に詳しくない、優秀な統計学者がいる。一方で、あるビジネス分野で訓練を受け資格も有するが、定量的に考える訓練を受けたことがない、あるいはデータにもとづいた思考方法が理解できない人材もいる。企業は両方とも可能な人材を見つけなくてはならない。どちらか一つの能力だけを有していても不十分である。つまり、企業は、こうした人的資本の側面に注意を集中しなければならない。

データの収集、洗浄(整理)、視覚化においてコンピューターソフトの大きな革新が起こっている。これらの作業のための素晴らしいソフトが存在する。しかし、第一線のマネージャーがこれらのデータを使って意思決定をしない限り、データはビジネスに何も影響を与えない。このデータをどのように活用しビジネスを前進させるかを理解する問題に比べれば、データの収集、整理、視覚化の要素は解決しやすいと思う。こうした目標を達成するために、企業は、既存の経営者をトレーニングし、新しい人材を採用し、また、マネージャーに意思決定の権限を委譲する必要がある。大学の役割は、積極的に質の高いトレーニングを数多く提供し、必須の技能を有している卒業生をより多く社会に送り出すことである。こうした課題に協力しながら取り組むべきである。とにかく、現在、有能な人材が極めて不足している。



3. それほど昔のことではありませんが、あなたはフェイスブックのメッセージ機能に関するビッグデータの研究を実施しました。それは、ソーシャル・メディアのコンテンツがもつ顧客エンゲージメント(ブランド、商品への愛着)への効果を調べるものでした。その研究を要約して、主な結果を説明してください。その結果はどの程度日本のような国にも当てはまると思いますか。

その研究の目的はソーシャル・メディアの文脈における、広告内容の役割を研究することにあった。この研究の背景を理解してもらうために次のような質問から始めよう。企業が広告に多額の資金を注ぎ込むとき、消費者は何を推定するだろうか。仮に商品の質が低かったとき、徹底した広告の影響で多くの消費者が商品を購入すれば、企業は悪影響を受けるだろう。したがって、企業が広告を重点的に活用するという事実は商品が良質である合図を消費者に送っていることになる。ここで重要な点は、企業による徹底した広告は商品が良質であることを消費者に示唆するということである。これを知りながらよく広告を利用するのは、優良企業だけである。悪い会社は広告を利用しないことがこの消費者の考え方を検証する。要するに、これがいわゆる広告のシグナリング・モデルである。

このモデルには不十分な点がある。それは、広告の恩恵に浴するために、必ずしも徹底的に広告する必要がないことを示唆する。単に、自社が消費者にとって良い会社だという合図を送るために少々お金をかけるだけで十分である。それにもかかわらず、多くの企業がかなりの資源を投じて、広告代理店や(広告の)クリエイティブ・ディレクターなどと契約を結び、印象的な広告宣伝を設計してもらう状況が観察できる。

そうした広告代理店は多くのクライアントを抱え、利益を上げている。ある広告はライフスタイルの特徴を強調し、他の広告は価格に言及する。またあなたがその商品を使うときにどのように快適に感じるかを表現する広告もある。さらに単に客観的な情報を提供する広告もある。すべての広告が示唆する点は、広告の創造性が重要であるということである。多くの消費者は、既にコカコーラとペプシを飲んだことがあり、それを飲んでどのように感じるかを知っている。したがって、消費者はコカコーラやペプシが「自分の嗜好に合うかどうか」を知るために広告を見る必要がない。しかし、両社は広告に多額の額を費やし続けていることを私たちは知っている。これは、明らかに、単なるシグナリングの問題ではない。このように、現在の標準的なモデルの限界は、広告の内容の影響力の強さを考慮しないことにある。私のこの研究は、どのくらい広告の内容が重要かを考察するものである。

私たちは、ある会社と協力して、企業がフェイスブックに投稿した記事を大量に収集した。それからアマゾンメカニカルターク(クラウドソーシングにもとづいた労働プラットフォーム)*を自然言語処理アルゴリズムと組み合わせ、投稿の内容の特徴を反映する変数を造り上げた。

例としては、投稿は価格に言及する、セールに言及する、ブランドに言及する、など。投稿は感情に触れる内容を含むか。その投稿は肯定的な感情か、あるいは否定的な感情か。私たちが発見した主な点は次のとおりだ。つまり、価格や入手可能性に関する情報、いわゆる「検索要素」は、私たちがフェイスブック上の「ライク(いいね)」とコメント数として定義したエンゲージメント(商品に対する愛着)を効果的に引き起こさなかったということである。対照的に、感情的な内容は、かなり多くの顧客エンゲージメントを生み出した。10万件以上のフェイスブック上の投稿を対象とした比較的大規模の研究から、感情に触れる内容がエンゲージメント(顧客の愛着)を生みだすために、極めて重要であるという結論にいたった。加えて、価格のような検索要素だけでは、エンゲージメントを生み出さないようにみえるが、感情に訴える内容と組み合わせると、エンゲージメントに好影響を与えることも明らかになった。この論文は、主な発見として、エンゲージメントを作り出すためには、感情的、または社会的な内容が重要であることを強調するものである。すなわち、情報提供だけではあまり効果がなさそうである。

* 従来、ソフトウェアに実行させていた処理のうち、人間の方が得意な作業を、開発者がタスクとしてウェッブ上で告知し、それが得意な人に請け負ってもらうための市場形式。単純作業にもかかわらず、ソフトウェアでは効率的に処理できないタスクを、人に処理してもらうことを依頼するシステム。そのタスクを仕上げた人には、報酬(相場は35セント)が支払われる。



4. 一般的にインターネットが、より具体的にはソーシャル・ネットワークが、マーケティング分野にどのような変化をもらしたと思いますか。そのなかで、最も有意義な変化を3つあげれば何になりますか。企業は、全体的に、そうした変化にどの程度うまく適応していますか。よりうまく適応するために、企業はどのようなことができますか。

ソーシャル・ネットワークはマーケティングの分野に巨大な変化をもたらした。その主な影響として、マーケティング・メッセージの重要度を増幅するスピルオーバー効果(拡散効果)を生んでいることがあげられる。ソーシャル・ネットワーク誕生前の時代は、利用者をターゲットにして、その人に影響を与えることができた。そのメッセージは、他の利用者にも影響を与えたかもしれないが、それを検証する方法を持たなかった。しかし、今は、(他の人々に対して)影響力をもつ利用者をターゲットにしてメッセージを送ることができる。そのメッセージによって、他のユーザー(彼、または彼女)が影響を受ける可能性があるだけでなく、そのメッセージの社会的な特性を理由として、他人とそのメッセージを共有するかもしれない。ターゲットとされたユーザーと関係している各個人がそのメッセージに影響を受け、今後は、そうした個人が彼らの友達と共有していく。こうして、ソーシャル・ネットワークがメッセージの影響力の効果を強化する。しかも、(素晴らしいことに)そうした影響力の効果の大部分が測定可能になった。

加えて、ソーシャル・ネットワークは消費者と企業との間のパワーの方程式を変えた。過去においては、レストランであるいは飛行機のフライトでひどいサービスを体験したら、その会社のCEOに苦情の手紙を送付したかもしれない。しかし、他の人はあなたの体験を知ることはない。あるいは、家に帰って近所の数人の友達にその体験を伝えられる。現在は、幅広い友人のネットークが閲覧できるフェイスブックに自分の体験を投稿できる。フェイスブックの友達のなかには自分も類似の体験をしたという反応をする者もいるだろう。彼らはあなたの体験を再投稿し、(ツイッターで)ツイートするかもしれない。そして、そうした友達の「友達」があなたの体験を読むかもしれない。あなたの体験に関する投稿は、ツイッターで(話題になっている共通のトピックの投稿や掲示の)「スレッド」に織り込まれかもしれない。そうなれば、最終的に、数百万人があなたの体験を知るようになる。このように、ソーシャル・ネットワークが消費者のパワーを増加させた。消費者は、今、自分の意見を大多数の人に対して説明できる能力(手段)を手に入れた。そうした能力は、かつて広告を出稿する資源(予算)を保有した企業だけが享受したものだった。しかし、現在、ソーシャル・メディアにより消費者が発言する能力を手に入れた。

こうした状況に対応するために、企業は何ができるか?私は、(効果)測定が非常に重要になってきていると思う。追跡技術が改善されてきた。広告の媒体・チャネルやソーシャル・メディアの選択肢が急増してきた。ツイッターで宣伝できるし、フェイスブックに広告を掲載できる。フェイスブックではソーシャル広告と広告フィード(配信広告)の選択肢もある。有料コンテンツとソーシャルコンテンツも選択肢であるし、ユーチューブもある。オフラインの世界と比べて、デジタル世界における測定技術が進んでいる。現在、多くの企業が洗練された測定ソフトを販売している。

問題は、それを活用する人的資源の側にあると私は考える。企業のマーケティング部門の人材は、現在、これらの技術をすべて効果的に活用できていない。従業員はその使い方が分からない。従業員たちは流入するデータ量と分析手法の選択肢の急増に圧倒されてしまっている。このような状況で企業がとることができる最初のステップは、企業内(インハウス)の測定能力を改善し、さらにこれらの技術を理解している人材を採用することである。さらに、企業は、データを提供している(データコンサルティング)企業に対してより質の高い測定結果を要求することもできる。



5. グーグル社が「ZMOT: Zero Moment of Truth (消費者が購買を決定する)ゼロ番目の決定的な瞬間)という新語を作りました。一方で、「消費者がスーパーの商品棚の商品を見て、購入か否かを決めるのは5から7秒」だと主張する伝統的な「FMOT: First Moment of Truth」(第1の決定的な瞬間)という考え方があります。それに対して、グーグルは、「現在、消費者はオンライン検索にもとづいて、買う商品をリアルな店舗に行く前に決定している」と信じています。あなたは、どの程度このグーグルの考え方に賛成しますか。あなたが賛成するとしたら、ZMOTは、企業のマーケティング部門へどのような示唆を与えていると思いますか。どのようにマーケティング戦略を変更することが求められますか

私は、学者として、複数の原因によってもたらされた現象に対して、ただ一つだけの原因を説明することを控えている。購入行動、つまりどこで買うかそしてどの商品を選ぶかは、複雑な過程を伴う。そのプロセスには、価格、便利さと他のブランドとの連想などの明白な要素の考慮が関係するし、クチコミや広告も関係する。このため、私は、FMOT(第一の決定的な瞬間)やZMOT(セロ番目の決定的な瞬間)の考え方をその理由として受け入れることを躊躇する。両方の考え方を購入行動の理由に適用できると思うが、どちらも他の全ての原因を除外する完全な説明になるとは私は思わない。

過去と比べると、情報の全体の巨大さとスマホで直ぐにそれを参照できる機能が、消費者の行動に有意なレベルで変化をもたらした。多くの消費者はもはや従来のライフスタイル広告や簡単なブランディングに影響されない。そもそもよく知られているブランドが何かを考えれば、その商品がとても高い品質を有していることの「手がかり」になっている。言い換えれば、その商品に、品質が高いという約束がついている。それを買うなら、あなたはだまされないという保証を伝える。もし私が時間の制約に直面し、購入についての情報を見つけられなければ、知名度の高いブランドを信頼する。この場合、知名度の高いブランドを購入するのが最もリスクが低くなる。

現在、情報を容易に発見しアクセスできるため、こうしたブランドの影響力は低下している。ある意味で、ライフスタイル広告の情報とブランディングの情報が代替品になっている。情報にアクセスしやすければ、私たちのネットワークから情報を入手する。その点で、私がグーグルのZMOTの概念に賛成する。多くの意思決定は店で実際に見る商品の特徴にもとづいてなされるのではない。消費者が(事前に)収集した情報によって意思決定がなされるのである。

この新しい現実に適応するために、2つの戦略が重要になってくる。一つが、人々にとっての時間の限界価値を熟慮することである。時間が制約されている人は、大量の情報を読み価格をチェックすることを最適な行動とみなさないかもしれない。彼らにとって、情報収集コストは高すぎる。他の人は、ある特定の状況において、それほど情報を必要としないかもしれない。他方で、他のケースでは、積極的に情報を収集するかもしれない。こうしたことを踏まえると、企業は、宣伝の内容とタイミングについて適切に的を絞ることが大切となる。大衆をターゲトにするマス・マーケティングの手法は、ブランドを大事にしている消費者を狙う多種類型の手法に変化してきている。

消費者がより積極的に情報を求め利用していることを所与とすると、二つ目の戦略として、企業がその情報を提供する役割を果たすことが考えられる。今日、優良企業は、何がその企業を優良企業にしているのかを説明するホームページを掲載することが求められる。自社が優良な会社だと単に発信するだけではもはや効果がない。なぜ優良なのかを説明しなくてはならない。企業は自社のホームページと商品情報ページを作成できる。企業は、消費者が情報を入手するチャネルの役割を果たす必要がある。多くの消費者が、グーグルの検索窓にキーワードを入力する。そのとき、企業は検索されるためにそこに存在しなければならない。これが、情報の急増とその収集に当たる費用の低下に企業が対応できる第2の方法となる。


2015年6月25日木曜日

Digital Kids  (デジタル・キッズ)



ディジタル教育の体験(実験)講座

背景
21世紀に入り、事業環境だけではなく、技術の普及や環境の問題等で社会が様変わりしています。この新しい世界で素晴らしい生活を築くために、新たな教育が要求されると考えています。それは単なるビックデータやウエブデザインなどに使うプログラミングの知識、能力だけでなく、それを様々な課題に活用する力やチームとして行動することにより、イノベーションを行うことも大切になります。ハーバード大学リンダ・ヒル教授の説明では、collective genius (集合天才)を開拓しなくてはいけないと言われています。

この様な状況を鑑みながら、子供の教育に効果のあるカリキュラムを作成しています。概念は、小学校4年生から始め、公立学校で学んだ知識も踏まえ、それに付加されるべき技能を組み合わせた個別教育を実践することにより、小学校修了時にはマイクロソフトオフィス等のソフトウェアを使用できる様に指導する。中学校1年生から3年生までに、HTML/CSSなど、ホームページを設計、デザインするプログラムを教え、高校1年生から3年生までは、ビックデータ分析に利用されるR言語とPythonなどや他プログラミングも教える予定です。

最近、日本のあちらこちらで、小学生にホームページを設計、構築するプログラムを教える学校が登場しています。ただ単にプログラムを書けることでなく、俯瞰的にコミュニケーション手段としてのウェブでの取り組みを教える教育プログラムを提供したいと考えています。また、部分的にScratchや他のアメリカ作成のオンラインプログラムも使う予定ですが、それだけに限らず直接設計、開発等の方法も含めることによってこの分野での包括的な学習ができると信じています。生徒たちの考えや要求に合った研修プログラムを日本語で作成し、直接指導をしたいと考えています。また、他のパトナー、学習機関と共に、全国でこのプログラムを拡げていきたいと考えています。短期で、大規模のこの分野の教育・研修の浸透ができることを目指します。その上、継続的に事業、このプログラムの改善を実施し、教育環境、社会、業界等の変化に対応した進化ができることを狙います。

既に、Scratchを開発したマサチューセッツ工科大学のメディア研究所の担当のミッシェル・レスニック教授とメール交換をしており、カーンアカデミーなどとも協力等について連絡を取っております。また、米国やイギリスなどでも、確立した教育プログラムはないですが、コンピューターサイエンス専攻の教育課程を修め、多くの教材を作成したので、それらを参考にしながら、現在の日本に唯一無二の総合的な教育プログラムを構築中です。その実現のために、今年9月にコーディング研修プログラムをオンラインと教室と両方でできる様、コーディングを教えている会社を訪問し、経営、その研修プログラム作成者、教師たちに会う予定です。

このようなプログラミングの無料実験授業に関心を持たれる教師の皆様、学校(公立・私立の小中高校、専門学校など)、組織などがありましたら、お気軽にご連絡いただければ幸いです。インターネットに接続されるコンピューター環境、教室があれば、実施可能だと考えております。

ご連絡をお待ちしております。

ジョセフ・ガブリエラ
Joseph Gabriella, Ph.D., MBA, MS






2015年5月24日日曜日

2015-05-24 ノーベル経済学賞の受賞者が格好いい市場設計を説明する!



Professor Alvin E. Roth Interview
20141122日(日本時間) インタビュー実施

アルビン・ロス博士

スタンフォード大学経済学部教授。ハーバード大学名誉教授。ノーベル経済学賞受賞(2012年)。スタンフォード大学博士(オペレーションズ・リサーチ)。スタンフォード大学修士。コロンビア大学卒。専門は、ゲーム理論、実験経済学、マーケットデザイン(市場設計)。空手(名誉7段)。

ノーベル経済学者、スタンフォード大学アルビン・ロス教授の「マーケットデザイン入門講座」


1. あなたは、ゲーム理論、マーケットデザイン(市場設計)、それから実験経済学の分野できわめて有意義な貢献をしてきました。それぞれの分野の概観を示してください。そもそも、どうやって、これらの分野に関心をもったのですか。そして、それらの分野がどのように相互に関係し合っていますか。

ゲーム理論とは、経済学に関する数学的なツールであり、具体的には、既得権をもつ他人が携わっているなか、お互いの意思決定が影響し合う環境をどう扱うかを議論するものだ。ゲーム理論はマーケットデザイン(市場設計)*の本質的な背骨になっている。なぜなら、ゲーム理論はルール(規則)に関するものだからだ。言い換えれば、市場設計は市場のルールを作ることなのだ。ゲーム理論は、市場設計において異なるルールがどのように機能するかを考察するのを助けてくれる。そして、実験経済学は、これらの市場設計が正しいかどうかを確認する助けになる。

*マーケットデザインとは、モノの優れた配分を実現するように社会制度を作っていこうとする学問。



2. 読者にはあまり馴染みのない「リパグナント・マーケット(不快な市場)」*とは何かを教えてください。(私たちに馴染みのある)典型的な市場とはどう違うのかを説明してください。

*Repugnant Market、嫌悪市場、不快な市場、つまりある人に不快な気持ちまたは違和感を引き起こす取引に係わる市場)

「不快な市場」とは、私たちがその存在を許さない傾向が強い市場のことを指す。私は、「不快な市場」より、「不快な取引」という用語を使うことが多い。「不快な取引」とは、ある人はその取引を行いたいが、他人はそれが許されるべきではないと思っている取引である。くわえて、私たちが「不快な取引」と名付けた取引に関して、人々は、なぜそれが許されるべきでないと信じるのか、その具体的な理由を説明することが難しい場合が多く見受けられる。

仮にあなたが私の家の隣にナイトクラブを開業したいなら、それは負の外部性を生じさせるだろう。そのナイトクラブは多くの騒音を生み出し、私は眠れない。しかし、それは、私たちが通常「不快な取引」と呼ぶものではない。例えば、過去10年間、同性結婚に関しては多くの変化が生まれた。それは、ある人々が成立させたい取引である。結婚を望む同性のカップルがいるが、ここアメリカでは非常に物議を醸している。しかし、なぜ人々がそれに反対するのかを説明するのは難しい。仮に同性婚が合法化されても、自分も同姓の相手と結婚させられるという強迫観念を感じるわけでない。それにもかかわらず、人々は、同姓婚を許すべきではないと思うかもしれない。私のナイトクラブの事例と対照的に、同性婚が不快な取引として見なされるので、「不快な取引」という概念が同性婚を考察するときに、役立つことになる。

腎臓移植に関する私の研究を通じて、この種の不快な取引に関心を持つようになった。世界のほとんどどこでも、移植用に臓器を売買することは違法である。もちろん闇市場は存在する。腎臓を購入したい人間と、売りたい人間が存在する。しかし、イラン・イスラム共和国(通称はイラン)を除き、世界のあらゆる国でこのような売買は、違法となっている。どこでも、つまり普遍的に違法なものは研究する価値がある。



3.1 経済学者でない普通の人でも理解できるように、安定マッチングの問題を説明してください。その問題の解決に使うアルゴリズムの仕組みはどのように機能していますか。

アルゴリズム(定式化・算式)に触れる前に、最初に、安定マッチングを説明しよう。私はマッチング市場の研究に多大な時間を費やしてきた。マッチング市場は、商品市場とは異なるものである。商品市場は価格がすべてを決定する。あなたが、特定の炭質の石炭を1トン購入しようとすれば、あなたは商品を購入していることになる。その場合、売り手が誰であるか、あなたは気にしない。あなたが希望するのは(あなたが希望する)良い価格だけである。ここでの市場の役割は供給量と需要量が一致している価格を定めることだ。しかし、非常に多くの市場はそのように機能しない。価格を利用した場合でも、誰が何を受け取るかは価格だけで決まるわけではない。自分が選ばれなければならない。あなたは自身が欲しいものを決めるだけでなく、あなた自身も選ばれなければならないのだ。

労働市場がその例である。たとえば、あなたはスタンフォード大学で働くことを勝手に決断できない。スタンフォード大学に雇われなければならない。大学の入学プロセスも同様である。スタンフォードの学生になることを勝手に決められない。あなたは大学に入学を許可されなければならない。これらのすべての「取引」にはお金がともなう。教授は給与を支払われる。大学生は授業料を支払う。しかし、価格は誰が何を得るかを決定するわけではない。スタンフォード大学は、入学希望者数を入学してもらいたい予定人数(つまり定員)まで減らすように価格(授業料)を引き上げはしない。本来なら、その価格(授業料)水準が、供給量と需要量が一致する価格となるのだが。

多くの市場では、他の組織が、誰が何を得るかの決定に関与している。市場が極めて競争的で、売り手と買い手が自由に取引できるのなら、まだ、どの種類のマッチングが行われることが期待できるかという質問を問うことができる。この質問が安定という概念につながる。労働市場で、すべての労働者が仕事についている。そしてある労働者が特定の会社に勤めたいと思い、その会社もその労働者を雇いたいと考え、それが実現されている。その場合、その市場のマッチングを安定マッチングとみなす。極めて競争的な自由市場で、(労働者と企業が)お互いマッチしたいのだが、そうなっていない。この場合、何がそうしたマッチングを妨げているのか問わなければならない。お互いの希望が叶えられた状態になっていないなら、マッチングが安定していないことになる。私は最も好きな仕事に就いていないかもしれないが、それはその雇用主が私の代わりに他の人間を雇いたいと考えたからである。この場合、(個人と企業の)お互いの関心が、不安定になっている。

安定マッチング(stable matching)を達成するために市場を組織化する方法の一つは、中央交換所を設置することだ。アメリカでは医師のために、そういった交換所があり、最近、日本でも類似の制度が導入された。医師は研修医として働きたい病院の順番付けリストを提出する。(研修医を受け入れる)病院も、同様に受け入れたい研修医の順番付けリストを提出する。アルゴリズムを使って、2つの順位付けリストに基づき、安定マッチングを弾き出す。アルゴリズムは次のように機能している。医師は1番に希望する病院に申し込んで、そこで順番をつけられる。病院は応募する医師の数が収容可能な人数を超える場合、超える分に該当する医師を拒否する。たとえば、病院が10人の研修医を受け入れられるのなら、11番より順位が低い医師は拒否される。

しかし、その時点で順位が10番目までの医師が受け入れられるわけではない。むしろ、単に拒否されないだけだといってよい。その間に、拒否された11番以降の医師は第2希望の病院に申し込む。病院がこの2つ目のリストを受け取ったら、まだ拒否されない医師のリスト(最初の10人)に付け加え、この新しいリストに新たに順番をつけ、まとめる。今回も順番が11番以下の医師を拒否する。このプロセスは、医師を拒否することがなくなるまで続く。つまり、他の病院を希望する医師がいなくなるまでこのプロセスが続く。病院が医師全員の申込書を持っているか、医師が関心のあるすべて病院に申し込んだが拒否された状態になる。その時点で、病院は第1位の候補者に採用通知を送付する。アルゴリズムが終了し、安定マッチングに到達すると、医師が自分の申込書を保有している病院にマッチングされることになる。たとえば、私が第3希望の病院にマッチングされたとしよう。この3番目の選択肢(病院)に申し込む前に、まず、私の第1希望と第2希望の病院に拒否されなければならないので、第1、第2希望の病院は私の採用を望まなかったことが分かる、病院が私を拒否した事実はそれらの病院が私よりも好ましい候補者を採用したことを意味する。



3-2 追加質問: そのようなマッチング過程の中では、価格はどんな役割を果たしていますか。

私がグーグル社で働きたいとしよう。もちろん、グーグルが提供する報酬は私の選好(好み)に影響を与える。事実、グーグルの採用オファーを受諾する候補者が考慮する重要な要素の一つがフェイスブックのような競合他社との報酬の比較である。グーグル社は、ちょうど自社が必要する人数の応募者になるように、提供する報酬の水準を低く設定することはない(給与水準を低く設定すれば応募者へ減る)。グーグルの仕事はすばらしい。同社が提供する報酬を受けながらそこで働くことに満足する人は大勢いる。もしグーグルが提供している給与水準で欲しい社員を集められないなら、いつでも給与水準を引き上げられる。このように確かに、報酬は重要なのである。応募者は、その選好を通じて、私が今説明したばかりのマッチングモデルのなかに含めることができる。他の条件が同じなら、給与の高いほうが好ましいが、それは雇用主を選ぶ場合に考慮する唯一の要因ではない。私の場合、スタンフォード大学より、グーグル社のほうがもっと高い給与が得られるかもしれない。でも、私はスタンフォードで働きたい。逆に、グーグル社は私の採用を望まなかったかもしれないが、スタンフォードは望んだのである。マッチングにあたって、数多くの要素が考慮され、そのなかでは、価格(この場合は給与)が極めて大きな要因になる可能性がある。

腎臓の交換では、法的な規制のために価格は役割を果たさない。そして、腎臓の交換は商品のような市場とは異なる。ソニーの株を購入するとき、株の売り手が誰であるかを気にしない。なぜなら、すべての株が同じだからだ。企業が職をオファーする際は、労働市場にいる応募者全員に出すのではなく、特定の一人にしか出さない。その場合、具体的に誰を採用するのかを気にしているのである。もちろんお金は唯一の要因ではないが、企業は採用者に給与を提供しなくてはならない。腎臓交換の場合は、患者がどの腎臓を受け取るかをとても気にかけているが、そのために、お金を提供することはできない。市場は連続体になっている。市場とは、一つの極端な例として、純粋な商品市場のようなものでもないし、もう一つの極として、法的な理由のせいで価格が何の役割も果たさない腎臓の「市場」のようなものでもない。ほとんどの商品の市場は、むしろその両極端の中間のどこかに位置付けられる。


4.  政府はどの程度積極的にマーケットデザインに関与すべきだと考えますか。政府は、経済のどの分野に特に関わるべきでしょうか。マーケットデザインを、政府介入または規制の一種として考えてもいいですか。

マーケットデザインは、市場を規制するすべての規則に関係している。この意味で、規制自体がマーケットデザインの一種だといってよい。政府は、マーケットデザインのプレイヤーの一部である。多くの市場は、政府によって部分的かつ断片的に開発されてきている。サンフランシスコのベイエリアの交通機関を考えてみよう。全体的にいうと、公共交通機関の選択肢、つまり、地域政府が運営している交通機関がある。そして民間企業が運営するタクシーがあり、これは政府に規制されている。正式に道端の顧客を乗せるために、タクシーは「メダリオン」(medallion)と呼ばれる免許が必要である。今は、ウーバー(Uber)のような自家用車型タクシーも利用できる。それは、携帯電話のアプリ(即時配車サービス)を活用した民営の配車サービスを呼ぶことができる。このようなサービスは従来のタクシーほど規制されていない。なぜなら、ウーバーは、主に自家用車のために私的に設計された市場だからだ。一方、タクシーは自営業者や個人が保有している車または運転手であり、市の規制を受ける。そして、最終的に公共交通機関は、サンフランシスコ・ベイエリアの交通局によって所有・運営される。私がスタンフォード大学からサンフランシスコに行かなければならないなら、これらのすべての選択肢が利用可能だ。

これらの交通機関は全て設計が異なっているが、その中には高度に規制されている交通機関もある。鉄道は政府が所有し運営している。タクシーは私有であるが、厳しく規制される。たとえば、私が空いているタクシーを呼び止めると、タクシーは私を乗車させるはずである。この意味で、タクシーは公益企業(電気、ガス)に少し似ている。他方、ウーバーの運転手は、そうしたくないなら、私を乗せなくてもよい。ここでは、3種類のマーケートデザインと規制がある。それらは、部分的に代替サービスとなり、また、補完的サービスにもなる。

政府は多くの市場にとって重要な法律を定め、規制を実施すべきである。たとえば、政府の介入に反対する人間でも財産権の保障は支持している。私は、家を所有している。そのため不動産証書(不動産登記簿)が郡書記官によって記録される。他人が私の家の持ち主であると主張すれば、私は自分が所有者である証拠を持っている。財産権は確かに重要である。私たちは、何かを売買するときに、売り手が実際に販売している商品の所有者でありで、その商品を買ったのちに、確かに自分が次の所有者になることを確認したいと考える。

しかし、財産権にも条件がついている。もし、あなたは私が書いた本を一冊購入すれば、その一冊を所有する。その本はあなたの財産になる。他人に売ってもいいし、あげてもいい。捨ててもいい。しかし、そのコピーをとることはできない。著作権法のため、あなたが購入した本をコピーして、それらのコピーを売ることはできない。私かその本の出版社が著作権の保有者である。このように、私たちの財産権が定義される。不快な市場では、あなたは自分の腎臓を所有し、それを他人に提供できる。もしあなたが私を愛していて、私が腎臓を必要としているなら、あなたは自分の腎臓を私に提供できる。しかし、あなたは腎臓を私に売ることはできない。この場合、財産権がマーケットデザインの一部になっている。極めて多くの市場が財産権に依存しているので、全般的に、私たちは、政府にその定義を託している。

しかし、ある財産権が契約で定義されることもある。もし、あなたがマンションを買うなら、あなたの所有権を明記する契約書を持っている。分譲アパートの契約書は異なる。私の家が郡書記官に登録されるが、ある建物のなかにあるアパートの私の所有権は、民法のルールに従うことになる。



5. 30年間に渡るあなたのキャリアを見渡した場合、経済学の分野の一番有意義な発展は何だと思いますか。どのような分野で将来の発展が期待できますか。

2つの違う方法で、この質問に答えよう。経済学を職業の視点から見れば、ゲーム理論、実験経済学、マーケットデザインのような手法が生まれた。コンピューターもこの分野に入ってきた。私の若いころは、統計を算出しにくかったが、現在は誰もが自分の机の上にコンピューターがある。さらにビッグ・データもこの分野に浸透してきた。一方、経済を考えると、数多くの取引がインターネット経由で行われていて、膨大なデータを生み出している。現在会計のレジがコンピューター化され、商品会計データが利用可能になっている。消費者については、(ネット)オークションのデータと広告データがある。より一般的に言えば、コンピューターが広範囲で利用されている。そしてインターネットにリンクされた経済的な取引が行われる結果、さらに大量のデータが生まれている。しかも、経済学者の役割、何をすべきか、そしてどうやってすべきかに関して、新たな考えが出てきている。



6. あなたは、スタンフォード大学で博士号を取得していますが、スタンフォードの教授になる前に、長年ハーバード大学で教壇に立っていました。この2つの大学の主な類似点と相違点は何ですか。2つの大学について、教授としてのあなたの個人的な経験はどのようなものですか。

両方とも、アメリカのエリート大学である。その結果、様々な類似点がある。両方とも優秀な学生を擁している。両方とも経済学の分野と経済学者の職業の発展に関心を持っている。しかし、両大学の窓からの景色はいくぶん違う。ハーバードでは、ニューヨーク市(金融業界)とワシントンのコロンビア特別区(政治、政策)を眺める傾向が強い。一方、こちらスタンフォードではシリコンバレー(IT、ベンチャーキャピタル)を見る傾向がある。従って、スタンフォードでは起業家活動と新規企業に焦点を絞っている。私がスタンフォードに移った理由の一つは、シリコンバレーにおける諸活動に関係するマーケットデザインにより興味をもっているからだ。アマゾンのように多くの企業が市場という場を作っている。ウーバーやグーグルもそうだ。それらの企業は本質的には広告の市場のなかにいる。ますます多くの企業が市場を造っている。そしてそれらの企業の多くがここ(西海岸、サンフランシスコ近く)にいる。



2015年4月23日木曜日

2015-04-24 - ブルーボトルコーヒーが来日した!




独占インタビュー ブルーボトルコーヒー創業者兼CEO
「ジェイムズ・フリーマン」


2015114日(日本時間) インタビュー実施

ブルーボトルコーヒー(Blue Bottle Coffee)は、2002年にジェームス・フリーマン(James Freeman)氏によって創設された。現在、米国では、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスの3大都市圏で16店舗を展開(20152月3日現在)。コーヒー豆は、厳しく厳選され、焙煎したての新鮮で美味しいコーヒーと顧客へのおもてなしを徹底的にこだわることのがブルーボトルコーヒーのフィロソフィーと流儀である。



カフェ業界のApple『ブルーボトルコーヒーの流儀』


1 サンフランシスコの美味しいレストランを紹介する日本語のブログも含め、様々なメディアがブルーボトルコーヒーを「カフェ業界のアップル社」と賞賛しています。アップル社に例えられるきっかけとその意味を何だと考えますか。ブルーボトルコーヒーはどのような点でアップル社に似ていますか。また、どのような点で異なりますか。

アップル社(Apple)は世界で一番の収入を上げている会社だ。ブルーボトルコーヒーがそうしたアップルに例えられることをうれしく思う。まず、どのように私たちがアップルと異なるのかを話したい。まず、当社の規模はとても小さい。アップルのように事業規模を拡大できない。その意味では、似ているところより、異なる点の方が多いと私は思う。

しかし、アップルと同じように、当社も注意散漫にならずにターゲットを絞っている点で、人々は評価してくれるのだと思う。私たちはコーヒーと顧客に集中している。それは、アップルが自社の顧客と技術に焦点を当てているのと同じだ。

また、アップルは外見上すべてをシンプルにしている。たとえば、アップルストアをとりあげよう。ストア内のテーブルは美しいカエデ材を使った家具に見える。しかし、セキュリティー機材、電源、インターネットの接続などの設備がたくさん入っている。そうしたもののすべてがテーブルの下にある一本の配線のなかに結びつけられている。その姿はとても「エレガント」だ。

私は、アップルのこうしたシンプルさにインスパイアされる。もしかしたら、そういった点が、ブルーボトルコーヒーがアップルと比較されてきた理由かもしれない。



2 ブルーボトルコーヒーというブランド名はどのように思いついたのですか。また、その意味を説明してください。

オーストリアのウィーンにあるザ・ブルー・ボトルは中央ヨーロッパの最初のカフェであった。当社のホームページにはその物語が掲載されている。典拠は定かではないが、戦争の英雄であるフランツ・ジョージ・コルシツキー(Franz George Kolshitsky)についての逸話がある。

1683年にトルコの軍隊がウィーンを包囲したときに、コルシツキーが、トルコの戦線に突き進み、ポーランド軍に支援の必要性を知らせることに成功した。その結果、トルコ人は、ウィーンから追い払われ、所持品を全部残して逃げ出した。地元の住民は、はじめトルコのコーヒー豆をラクダの餌に勘違いしたそうだ。

しかし、アラビアに住んだことがあるコルシツキーはそれがコーヒー豆であることを理解していた。伝説によれば、コルシツキーはウィーン市長からもらった報奨金でそれらを購入し、それをもとにしてザ・ブルー・ボトルを開業した。

ちなみに、包囲後に紹介されたクロワッサンも、この物語のなかの面白い外伝である。ウィーンのパン職人たちは、トルコの国旗にある三日月の形になぞらえたパン、つまり「クロワッサン」を発明し、それを貪るように食べてトルコに対する勝利を祝ったそうである。



3 あなたは、2002年頃、最初のコーヒー豆をオークランド市のファーマーズ・マーケット(農家市場)で販売しました。それ以来、ブルーボトルコーヒーはいくつかの都市に店舗を拡大し、大きく成長しました。その間に、ブルーボトルコーヒーは組織の力学や運用でどのような変化がありましたか。あなたはオーナーではなくCEO(最高経営責任者)になった今、どうやってあなたの「完全主義」の基準を維持しているのですか。

CEO(最高経営責任者)を務めるとともに、私は、依然オーナーの一人でもある。もちろん、100%のオーナーであろうと、0%であろうと、直面するチャレンジの内容は変わらない。基準についてのあなたの質問に答えれば、「維持する」ことは選択肢ではない。基準を維持するという考えは「作り話」だと思う。コーヒー豆の供給源と豆の処理を継続的に改善することを通じて、クオリティーを向上させることができる。

それができなければ、必ず悪化してしまう。こういう理由で、私は「維持」の代わりに、「改善」することを常に考える。今回の資金調達が可能にする贅沢の一つは追加資金で「品質」に投資できるようになったことである。当社は、環境に優しい豆に関わる調達部門や研修部門で品質管理に携わる人材を増やすことができた。言いかえれば、顧客には、この投資を目で確認する前に、当社のコーヒーとして味わってもらったことになる。

私は来年のコーヒーを今年よりも良いものにすることに関心を持っている。会社全体で、継続的に改良と改善に集中してもらいたいと思っている。過去1年間だけをみても、私たちはすでに品質管理担当の社員数を2倍にし、コーヒーの試飲回数(カッピング、テイスティング)は34倍に増やしている。

また、環境に優しいコーヒー豆を購買するスタッフも2倍に増やし、現在、コーヒー豆の原産地の外国を訪問するために以前より34倍のマイル数の距離を出張している。さらに研修の講師を増やし、研修カリキュラムを改訂し、人材教育部門を完全に作り直した。近いうちに、その新しい研修を導入する。それに向けて、現在、教育担当の部門長と一緒に協力しているところだ。

ある意味では、私は、かつてないほどに、事業全体をコントロールできる立場にあると感じている。なぜなら、今説明したような品質に対する投資をする余裕があるからだ。たとえば、私たちが買収した(ロサンゼルスを代表する)ハンサム・コーヒー(Handsome Coffee)出身のマイケル・フィリップス(Michael Phillips)氏が、今、研修教育全体を統括している。

ハンサム・コーヒーには、当社のなかにコーヒーの改善活動を植えつけるために活用できるチームが存在した。そのためにハンサム・コーヒーを買収したのである。このように、私と他の投資家にとって、会社が成長するにともない、ブルーボトルコーヒーの商品であるコーヒーを改善し続けていくことが、優先の課題なのだ。



4 ハンサム・コーヒーの買収の動機を教えてください。

当社は、ロサンゼルス市に事業を拡大しようと思っていた。しかし、規制や制限のため、コーヒーの焙煎工場を設置することが困難だった。

今回の買収の動機には、このような設備と不動産、そして素晴らしい人材チームを獲得したいという希望も含まれている。さらにロサンゼルスという魅力的な場所も買収の決定要素であった。ハンサム・コーヒー側の受容性(買収提案の受け入れ)を含め、関係し合う多くののことが買収の理由だった。

もちろん、ハンサム・コーヒー側も変化することに対して前向きだった。これらの要素を踏まえると、買収の判断は自然な帰結だった。



5 ブルーボトルコーヒーを創業したときに、どのようなチャレンジに直面しましたか。そうしたチャレンジをどのように克服されたのですか。

今現在においてもチャレンジ(課題)に直面している気がする。そもそも私はクラシック演奏家(クラリネット)としてキャリアを始めたので、ビジネスにあまり詳しくなかった。もちろんコーヒービジネスにも詳しくなかった。

一方で、私は、個人的に好むコーヒーの種類を知っていた。そして、そういうコーヒーを作りたかった。なぜなら、他の人もそうしたコーヒーを楽しむだろうと思ったからだ。もちろん、会社に関するビジョンと店舗ネットワークの成長、規模の拡大に関する課題は現在でも続いている。

私のキャリアにおける課題の多くは私が知らなかったことを学習することに関係している。人間に関することを学び、どのように人と接したら良いか、人が何に関心を持ち、何を欲しいと思っているか。そして、不動産に関すること。

毎年、私の仕事はその前の年と内容が異なっていると感じている。毎年、再スタートしている気がする。こうした感覚から、ときには疲れを感じるが、ワクワクする側面もある。それが、私が好きで選んだ人生である。



6 現在の奥様であるケイトリンは、当初、オークランドのファーマーズ・マーケットであなたのコーヒー販売をサポートするために密接に事業に関わりました。投資家から資金提供を受け、あなたがCEOを務める現在のブルーボトルコーヒーには、現在、ケイトリンはどのように関わっているのですか。

彼女は、まだ主任パティシエであり、調理担当のディレクターである。そのため、ブルーボトルコーヒーのペストリー(ケーキなどのスイーツ)のレシピを開発し、パン・ケーキ担当のマネージャーに作り方を指導している。

くわえて、新商品の導入のために、ケイトリンはマネージャーと協力している。デザイナーと協力して、適切なラッピング方法を開発し、店舗で販売している商品作りに密接に関与している。ブルーボトルコーヒーのカフェのあるすべての地域の焙煎工場にはペストリー厨房がある。なぜなら、私はカフェで販売するすべてのものが自社で作られた商品であってほしいと思っているからだ。

伝統的には、カフェは外部のペストリー業者から商品を仕入れてきたが、その方法は間違いだと私は思っている。外部の業者が提供するペストリーはそんなにおいしくないことが多い。私は美味しいペストリーが好きなので、自分のところで作っている。

ケイトリンは空間に関する感覚にも優れている。さらに、色彩感覚も優れている。私たちのカフェでは白いペンキが好きで使用している。そのため、適切な白いペンキの種類を選ぶ場合、彼女の判断に頼っている。ほとんど毎日、彼女の洞察力に頼っている。この意味でも、私は最良の相手と結婚できた。



7 ある企業戦略の分析家は、スターバックスが、より接ししやすい「カジュアル」なブランドに位置付けられる一方、ブルーボトルコーヒーはちょっと気取った(スノッブの)ニッチ*・ブランドにポジショニングされると結論づけています。この意味で、スターバックスは中流層向けの市場における日常のコーヒーと把握できますが、ブルーボトルコーヒーの現在のポジショニングの特色はどのような点にあると考えますか。

*ニッチとは、特定の需要や客層をもつ小さな市場のこと。大手の競合企業が参入しにくいという意味で、「隙間(すきま)市場」とも呼ばれる。

ブルーボトルコーヒーのポジショニングは「スノッブ(気取った)」だと思わない。そうした表現を使う戦略の専門家は、有名な大学を卒業したが、この産業で働いたことがないのではないだろうか。そうしたイメージが私には浮かぶ。

私はあまり時間をかけて、スターバックスや他のコーヒー会社のことは考えたことはない。それよりも、私は、多くの時間をかけて、私が作りたい商品について思考している。

楽しい物理的な環境(カフェ)で、おもてなしの気持ちをもち、フレンドリーで熟練した技能をもつ人間が提供する美しいコーヒー。そうした体験をつうじて、どのように私たちの顧客に驚かせ、喜ばせることができるかを常に考えている。

あなたが示した「スターバックスを、中間層の市場における日常のコーヒー企業として捉える」とい表現は正確だと思う。もちろん、それはスターバックスの経営上の課題だろうから、それについて私はコメントすることは差し控えたい。

私は、最高のエクスペリエンス(体験)を提供することに関心を持っている。私の関心は、最高に美味しいコーヒーを最高のおもてなしで提供することだ。そして、そうしたコーヒーを最も美しい場所で、様々な人々に提供したいと思っている。

顧客は、それを目にして、またはそれを体験するまで、一般的に何が本当に欲しいのか分からないと私は思う。

ブルーボトルコーヒーを創業する前に、市場調査で次のような質問をしたら、誰も「はい」とは答えないだろう。「あなたが好きだというより焙煎の薄いコーヒーが飲みたいですか?」「そのようなコーヒーを飲むために通常により長い時間を待ちたいですか?」「そうしたコーヒーに、普段より少し高いお金を払いたいですか?」

だからこそ、私は、自分たちの基準に沿って事業を展開したいと思う。もちろん、私たちは顧客の声に耳を傾けたい。そして、顧客が(そのときは)大好きになることを知らなかった何か(最高に美味しいコーヒー)によって、顧客を驚かせ、喜ばせることに、より大きな関心を抱いている。



8 別のインタビューで、あなたは、品質が改善していないのなら、品質は確実に低下しているという信念のもとで、絶えずその改善に挑んでいると述べています。コーヒーの品質を継続的に改善するために採用しているプロセスを説明してください。

私たちのプロセスは原産地からスタートする。当社のコーヒーのバイヤーは様々な国を訪れている。そのような国で、コーヒー豆の栽培農家と長期的な関係を維持している。

原産地で、コーヒーを試飲し、土地の状況を観察する。そうした観察項目には、コーヒーの木と実の状況だけでなく、労働環境、医療体制、学校の存在、上水の状況も含まれている。コーヒー豆の質の出発点は豆の原産地である。そのため、コーヒー豆が栽培される地域を徹底的にチェックしている。

コーヒーの購入契約を締結したのち、供給業者は私たちに試飲用の豆のサンプルを送ってくる。ちなみに、「カッピング」(cupping)とはコーヒー業界の専門用語であり、厳しい管理のもとで、コーヒーを試飲することを意味する。そのカッピングを点数化し記録する。

それから暫く後に、実際の豆が当社に配送されると、それを試飲し点数化して、最初のサンプルと比較している。そうした作業によりコーヒー豆の標準値を定める。それから、毎日、コーヒーを入れるたびに、それを試飲し、1~100点にいたる尺度で評価している。これがカッピング・スコア(試飲点数)と呼ばれるものだ。

これに加えて、「TTI」(True to Intent 意味:希望に沿う度合い)スコアも付けている。そこでは、1~5点にいたるまでの尺度を採用し、どの程度、コーヒーの味などが私たちの予想通りになっているかを計測している。

もし、私たちがエスプレソ用に焙煎しているブラジル産の豆に対して、ケネス(Kenes)用に焙煎しているケニア産の豆と同じ基準を設定すると、それは同一条件の比較にはならない。しかし、私たちがこのTTIスコアを、すでに記録していた点数と比較すれば、どの程度私たちの希望通りになっているかが評価できる。

仮に、TTIスコアが3.75点より低下すれば、そのコーヒーは顧客に販売しない。その場合、在庫から取り出し、焙煎し直す。もし、TTIスコアが3.75~4.25点の間なら、2回試飲し、希望通りになっていることを確かめる。私たちはTTIスコアが4.25点より高くなることを目指している。当社は、すべてのマーケットにおいて、焙煎するすべての豆に対して、この評価を行っている。

毎月の終わりに、私は品質管理の部門長と一緒に、TTIスコアを確認する。TTIスコアを参照しながら、豆を在庫から取り出すかどうかを見極める。同時に、前月と比べて、取り出した量が増えたか減ったかの境界線のどちら側にあるかを確認している。

くわえて、特定のコーヒー豆が問題を引き起こしているかどうか、倉庫で保存の効く時間が希望どおりか否か、を決定する。顧客に提供するときに、コーヒーが最も美味しくなるための基礎的な品質をコーヒーが維持できない可能性もあるので、こうした確認作業が必要となるのだ。

当社では、全社員が過去のTTIスコアを遡りそれを確認する方法を知っている。店舗レベルでも社員は品質を確認できる。仮に顧客が喜ばないようなエスプレッソが提供され、バリスタがその原因究明に苦しんでいるとしよう。そうしたケースでは、私はいつでもその日付に焙煎された豆のデータを確認できる。バリスタは、その後、そのコーヒーを使用豆から取り除くことができる。

私たちは、現在、大量のデータを収集している。むしろ、データ量を減らす方法を工夫しなくてはならない。そのプロセスは骨の折れる作業だが、私たちの焙煎と精製の継続的な評価を可能にしている。仮に、顧客への提供前に、質の悪いコーヒーを検出し使用豆から取り除くことができれば、私はワクワクする。そして、TTIスコアが改善しても、(喜びで)ワクワクする。



9 あなたは、自分が見てきた他のビジネスプランにはマーケティングやブランディング戦略が取りまとめられているが、商品の説明が不十分なものが多いと述べています。あなたは、商品に焦点を当てる重要性を強調します。そうするために、具体的に、どのようなアドバイスをしますか。商品設計または商品プロトタイプ*のシステムにしたがっているのですか。

*プロトタイプとは、新商品を実際に発売する前の段階として、その不具合を確認したり修正したりする目的で作成される試作品のことをいう。

ブルーボトルコーヒーの商品はコーヒーである。実際、カプチーノの「プロトタイプ」は作れない。できるのは、ただエスプレッソを抽出し、ミルクを蒸気処理することだけだ。このプロセスのために、継続的に商品を改善・洗練することを目指し、コーヒー豆のブレンド(組み合わせ)の調整を試す制度を設けている。

当社の中心的なブレンドの一種は、ヘイズ・バレー・エスプレッソ(Hayes Valley Espresso)と呼ばれるブレンドだ。私たちは、そのブレンドのいくつかのポイントを改善したいので、店舗のひとつで、一週間試す。そのブレンドが実際のカフェの環境で、どうなるかを確認したいのだ。

そしてサンフランシスコのベイ・アリア内で、規模のより小さい店舗で限定的な試験販売を実施する。それにより、実際のコーヒーがどのようになるかを検証することができる。

もっと広い意味でいうと、私たちは、カフェの基本的な運営項目をプロトタイピングしている。平凡に見えるが、私たちは調味料バー(condiment bar)のプロトタイプを試している。ナプキンはどこに置けばよいか。調味料バーの最初に並べるべきか。最後に並べるべきか。

12オンス(355 ml)と8オンス(237 ml)のカップの蓋がある。顧客の3分の212オンスンスのコーヒーを注文する。このため、12オンスの蓋を、8オンスの蓋に比べて、より顧客に近い場所に配置する。そうすれば、顧客がうっかり間違った大きさの蓋を取ることは少なくなり、顧客の動きをスムーズにすることができる。もちろん、顧客も喜ぶだろう。

ごく日常的に見える調味料バー(置き場)に関する項目であるが、議論したり、洗練したり、試したりする細かい点がたくさんある。こういう実験は、ベイ・エリア(サンフランシスコ湾)のより小さいカフェで実施される傾向がある。なぜなら、私や本社のスタッフが実際に現場へ行き、改善の効果を実際に検証できるからだ。



10 あなたは2012年に19.7百万ドルの資金を調達し、2014年は25.8百万ドルを調達した。資金提供者は、オープンソースのプログラムソフトウェア会社、「ワードプレス」(WordPress)の創業者マット・マレンウェッグ(Matt Mullenweg*、作家、いくつかの技術系新規企業の共同創業者、「バードマン」と呼ばれるスケートボーダーの神、トニー・ホーク(Tony Hawk)など、多様な投資家で構成されています。明らかにそうした投資家はブルーボトルコーヒーが投資に価する事業だと信じています。それはなぜだと思いますか?ブルーボトルコーヒーの何がこんなに多様な投資家を魅了していると思いますか。

*マット・マレンウェッグ氏は、米国の実業家。マレンウェッグ氏は、かつて、故スティーブ・ジョブズ氏やジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)、スティーブ・バルマー氏(マイクロソフト社元最高経営責任者)に並んで、「インターネットで最も影響力のある25人」(ビジネスウィーク誌)のなかに最年少で選ばれたことがある。

当社への資金提供者はみな有能な投資家であり、同時に魅力的な紳士たちだ。彼らは、もともと、規模の拡大が可能で、魅力的で、さらには意味のある事業に対して賢明な投資をしたいと希望している。

投資にあたって、自分の財産のすべてをハイテク株に注ぎ込むことは得策ではない。すべての人々は分散投資のポートフォリオを持つことを望んでいると思う。これらの投資家はブルーボトルコーヒーのことをよく知っている。規模の拡大が可能な事業プランに存在する機会を認識している。彼らは、ブルーボトルコーヒーが事業規模を拡大することが可能だと考えている。



11 日本では、ドトールコーヒーとサンマルクカフェのような低コストのセルフサービス型のカフェ事業者にくわえ、コンビニも既に飽和したコーヒー市場に参入し、超低価格の100円コーヒーの販売に乗り出しています。なぜ、東京の清澄白河にある旗艦店が成功すると考えるのですか。東京都内と全国展開に向けて、現在、どのような戦略を持っていますか。他のカフェチェーンに比べて、ブルーボトルコーヒーの競争優位は何でしょうか。ブルーボトルコーヒーの競合企業はどこですか?

実は、私たちが成功するかどうか自信があるわけではないが、そうなるように願っている。前回来日したときに、100円のローソンコーヒーを飲んだ。驚くことに、1ドル相当の価格の飲料にしては、私が思ったより質が高かった。その価格で、(その価格水準としては)美味しいコーヒーを提供することは何らかの神業に近い。厳しい経済的な制約の中で、魅力的な商品を生産するこのような日本企業を尊敬する。

アメリカと同じよう、日本においても、スターバックスが現在のカフェビジネスの道を切り開いた。彼らは当社のような企業が恩恵を享受している現在のマーケットを創造し、さらにマーケットを継続的に発展させている。

たとえば、日本ではスターバックスが最初の全席禁煙のカフェの一つとなった。顧客は優雅に見える環境のなかで温かいおもてなしの挨拶を受ける一方で、価格はそれほど高くない。

スターバックスが日本で達成したことは、コンセプトを検証し、潜在需要を掘り起こしただ。そしてそれはアメリカでも達成したことだ。同社は、数多くの顧客を啓蒙し、コーヒーに関する彼らの好奇心を引き起こし、コーヒーに対する期待を醸成した。

顧客がもつこうした好奇心こそ、当社のアメリカでの成功を導き出していると思う。「うん、このコーヒーは美味しい。他のカフェにはどのようなコーヒーがあるのだろうか?」スターバックスに行く1000人の中の1人はそのように考えるだろう。

こうした人々の存在が、スターバックスのコーヒーの作り方、質、おもてなしの水準を上回るという当社の機会につながる。東京でも、同じ機会が存在すると私は思う。

東京のブルーボトルコーヒーは他の外資系企業とは違う。なぜなら、合弁会社でもなく、ライセンシー(ライセンスを受けた)の現地企業でもないからだ。米国のブルーボトルコーヒーがブルーボトルコーヒー・ジャパンに100%出資している。

このため、日本での事業展開はブルーボトルコーヒーの個性・特徴をそのまま呈している。ブルーボトルコーヒーのアメリカの店舗の雰囲気になるように設計されたので、そうした感じになっている。

私が東京にいる間に、私自身が、アメリカに住んだことのある日本人にインタビューした。清澄白河店舗のためのコップに入った花を作る装飾担当の人材に適しているかどうか確認したのだ。

このエピソードは、当社が、焙煎工場、ペストリー厨房、コーヒー・バーで当社の商品の外見や手触りに関して、どの程度詳細にこだわるかを物語っている。当社の目標として、ブルーボトルコーヒーの「本物」の体験を日本でも提供したいと思っている。本物の体験を通して、顧客がブルーボトルコーヒーに関心を持ってくれることを願っている。

最近、東京の青山に新規に美しい店舗を開業した。とても楽しくなると思うこのプロジェクトについて、ワクワクしている。その店舗のビルが大好きだ。2月に清澄白河で開業したカフェ店舗が日本国内の本部として利用される。

今年の2月に続いて3月に開業したのが青山店だ。ここ数ヶ月は私たちの予想が正しいかどうか、日本の顧客がブルーボトルコーヒーに関心を持ってくれるかどうかを判断したい。私たちの判断が正しいことがわかれば、東京の他の地域で店舗を開業する機会を追求していく。

私たちの東京チームは3人の女性で構成されている。彼女たちは驚くべき才能ともった女性たちだ。ナミコ、アサミ、サキの3人。彼女たちが基本的にブルーボトルコーヒー日本を運営している。

彼女たちは、こちらオークランドを訪れ、私たちと一緒に長い時間を過ごした。私たちも、日本で彼女たちと一緒に長い時間を過ごした。ある意味では、彼女たち3人は(ブルーボトルコーヒー日本という)三脚チェアを支えている足のような存在である。

彼女らのもとで、東京の店長を採用した。スタッフには、流暢な日本を話す複数のアメリカ人もいる。その一人が、品質管理を担当し、もう一人が店長になり、3人目が主任のバリスタを務める。長髪で、ファッション用のタトゥーをしているかもしれないアメリカ人のバリスタ。そのバリスタが洗練された日本語を話す。

そうしたバリスタに対応されるならば、日本の顧客は驚くと同時に喜ぶと私は思う。日本人の顧客は、私たちが顧客側に近づこうと最善をつくしていることに気がつくだろう。



12   あなたは、以前のインタビューで、伝統的な日本の喫茶店に言及しました。そこから何を学びましたか。ブルーボトルコーヒーには、日本の喫茶店に特徴的な「職人」の心構えがどの程度反映させていると考えますか。

私は、日本の喫茶店(kissaten)で体験した完璧さへの献身的な姿勢が大好きである。喫茶店主たちは、従来から常にそのようにしてきた。これから将来もそうし続けていくだろう、

彼らの流儀(スタイル)は正しいと、私は絶対的な確信をもっている。私が好きな喫茶店の平穏で静かで穏やかな雰囲気が大好きである。まるで祖母の家を訪れているような、古風な感覚を覚える。そして、意味をもつあらゆる詳細な作法に目が行き届いている感覚が好きだ。

私の好きな喫茶店のひとつでは、店主がコーヒーカップを受け皿に置く前に、そのカップを暖めるように、ソーサー(受け皿)も暖める。こうした完璧さを尊敬する。一方で、私は、日本的な「喫茶店」のチェーンを展開したいとは思っていない。なぜなら、(アメリカ流の)もっと近代的な方法を取り入れることが大事だと思っているからだ。

先ほど、あなたは、日本人の職人感覚、彼らの工芸への献身的な態度について(質問のなかで)指摘した。私もそれは正しいと思う。

当社はカリフォルニア州のシリコン・バレー(IT産業とベンチャービジネスの中心)を拠点としている。だから、(シリコンバレー流の数値的な)「測定」という手法を利用する。

コーヒーを入れたら、秤(はかり)と温度計を用いる。それがブルーボトルコーヒーの企業文化の一部だ。同時に、コーヒーを提供する技巧のプロセスに対して献身的なアプローチをとる。

伝統的に、東京のコーヒーはかなり濃い。そして、東京のカフェは(コーヒー豆の)ブレンドを強調している。コーヒーの抽出の割合は高く、とても濃い。顧客は当社の抽出の手法になじんでいるが、味は少し薄く、抽出の割合はかなり低い。

日本で利用されている伝統的な特定のツール(道具)の使用法、手法、材料に対してブルーボトルコーヒーの流儀を適用していきたい。



13 おそらく、日本人はコーヒーを楽しむときに、立ちながらよりもテーブルで座って飲むことを好むと思います。そうした文化の違いを調整するために、店舗管理の現地化(ローカライズ)に関して、どのような計画を持っていますか。

ブルーボトルコーヒーには、小さな店舗、いわゆる「キオスク」(売店型店舗)がある。当て付けでいっているのではないが、(寒い東京に比べて)こちらサンフランシスコの今日の気温は華氏66度(摂氏18.9度) だった。ちなみに私はセーターを会社に持ってきたが。

この天候なら、キオスクに歩いて立ち寄るのは快適で理にかなっている。ニューヨークには、いつくかの小さな店舗をもち、テーブル席のある大きい店舗も複数ある。

東京の青山店は、大きな店舗だ。70前後の座席がある。フードメニューも充実している。清澄白河の焙煎所内にも20程度の座席があり、外にも座席が用意してある。これは、日本の文化に影響された対応だが、とりわけ日本の天候をより意識したものだ。

日本の暑い8月に、焙煎所の前で、立ちながらコーヒーを飲みたいと思う顧客はいないだろう。逆に、寒い1月も外で立ってコーヒーを飲みたいとは思わないだろう。

日本の顧客の嗜好に合わせて、座席数などの物理的な要因を調整したい。しかし、コーヒーは調整するつもりはない。アメリカと同じ入れ方や基準を採用する。



14 あなたは羽田空港と下町を結ぶ便利なモノレールにそれとなく言及しながら、東京は近代的で、未来都市があるべき姿を呈していると述べました。もう少し一般的にいうと、東京と日本に関して他にどのような点が好きですか。逆に、日本と日本の文化についてあまりよくないと思う側面はありますか?

日本については、組織化と規律正しいところが大好きである。私はエスカレーターに乗るたび、通行する側と立つ側がいつも分かれていることに驚く。

ニューヨークの地下鉄で急ごうとしたら、大変なことになってしまう。ニューヨークではエスカレーターの両側に人が立ち、進む道を塞いでいる。

日本人が習慣に関して普遍的に認識し、それを普遍的に採用する点がとても好きだ。また、東京は息を呑むほど清潔で安全である。サンフランシスコやニューヨークでも、特に不安を感じる訳ではないが、東京の環境のほうが、著しく安全で清潔だ。

さらに、東京の合羽橋にある数多くの小規模店が大好きである。「スツール(三脚チェア)を購入するのはこのお店」「あそこのお店には食品の模型(サンプル)がある」。

東京という広大な都市のなかにあるそれぞれの地区の独自の趣、そして、その「小ささ」がとてもいいと思う。

渋谷も凄い。渋谷には多くの鉄道が乗り入れ、世界で最も混雑している場所の一つだ。しかし、駅からほんの5分間歩いただけで、小さくて、穏やかな裏通りがある。そこでは、まるで、大都市から百万マイルも離れている場所にいるように感じる。私は、東京の特徴である「スモール(小ささ)」が大好きだ。

実は、日本語が話せたら、いいなと思う。Nihongo sukoshi benkyoushiteimasu.”(日本語、少し勉強しています)



15 どのように人材を選別していますか。どのように採用したスタッフに御社の哲学を理解させるのですか。

今日、このインタビューの直前に、2件の面接を行った。マネージャーが採用される場合は、必ず私が最終的に承認する。

承認する前に、それぞれの応募者と電話で直接話し、または直接面接を行う。マネージャーがどんな人かを感じ取りたいからだ。

採用を担当しているマネージャーの決定を私がくつがえすことは滅多にない。しかし、必要なら、私の段階でくつがえすことができるということは分かっている。一人ひとりのマネージャーと面接を行っているので、マネージャーは一番始めからブルーボトルコーヒーのチームの一員だと感じる。このような帰属意識が共通の価値観の醸成に役立っている。

商品であるコーヒーについて教えることは難しくない。数ヶ月の研修の後、あなたでも、かなり詳しくなる。だから、焙煎担当の主任のような専門的な仕事以外は、面接を行う際に、コーヒーについての部分にあまり重きを置かない。

人材教育で難しいのは、礼儀、時間厳守、気配りを人に教えることだ。当社としては、既に、この種の「永遠の」価値観を持っている人々を採用したいと思っている。(そうした人材として)現在、当社には高級レストラン出身のスタッフもいる。最近、ワイン醸造所出身のマネージャーが入社したところだ。



16   あなたの大学の専攻は、経営学や経済学ではありません。MBA(経営修士号)も保有されていません。経営に関する正式な教育を受けていないことによって何らかの形で、不利な状況に置かれてしまっていると感じたことはありますか。もしそうなら、そうした不利をどのように埋め合わせていますか。反対に、プロの音楽家としての訓練と経験は、どのように現在のビジネスの進展に貢献しているとお考えですか。

MBA(経営修士号)を持っていないことが、逆に有利だと私は思っている。

開業したとき、2万ドル(200万円)と数枚のクレジット・カードを持っていただけだった。その額で十分以上の資金だと思ったので、ブルーボトルコーヒーを開いた。その当時、ビジネスに詳しかったならば、「そんなに少ない資金で事業を起こすなんて、不可能!」と思ったであろう。その意味で、普通の制限や限界を知らないことが有利となる。

それに、私はMBAの保有者を採用できる。実は、私のチームにはMBAが一人いる。

だから、ビジネスの教育を受けたことがないことは制約にはなっていない。むしろ、それにより、物事を新鮮な視点でみることが可能となる。

クラシック音楽を練習するときに、1000回も何かを繰り返すことが普通だということが、私は分かっている。それが、一日の練習のシンプルな部分だ。

しかし、このような規律に慣れていない人にとって、この繰り返しは「一大事」になる。プロの音楽家になるには極度の規律が要求される。そのような規律に比べれば、現在やっていることはそれほど難しいことではない。クラシック音楽家として訓練を受けたことにより、ブルーボトルコーヒーの事業を展開するうえで確かに有利になっている。



17 あなたの経験にもとづき、首尾よく会社を立ち上げ成長させるために、どのようなアドバイスを提供しますか?

とにかく商品に集中することだ。あなたが商品の長所と短所を認識し、商品改善に努力していたら、事業を軌道にのせるための必要条件は備えている。

もちろん、こうした作業に集中するだけでは不十分かもしれない。でも必須である。他の詳細は後回しにしてもよい。自分自身を商品に注ぎ込むことが最も大事な要素だと思う。しかし、そのことは頻繁に見逃されてしまうことでもある。

18 マーシャ・シネター(Marsha Sinetar)が『Do What you Love, The Money Will Follow』(ワクワクする仕事をしていれば、自然とお金はやってくる、1989年)を読んだことはありますか。ある意味で、あなたは、2回も彼女の提案に従いました。一回目はクラリネットの情熱を追求しました。これは残念ならら成功しなかったようです。しかし、コーヒーについての情熱を追求した今回の2回目は大成功を収めています。自分の経験を踏まえて、どのようにシネターの指摘を評価していますか。最初の失敗の経験が2回目の成功を導いたことから、どのような教訓を学びましたか。

私の最初のキャリア(職業)を踏まえると、本の題名を「ワクワクする仕事をしていると、徐々に、正気を失っていく」と改題したい。クラリネットの音楽家の時代はそうした改題タイトルを地で行っていた。

この本の題名は一種の特権を示唆していると思う。この世界、この国、この都市で、好きだからでなく、それやらなくてはならないから現在の仕事についている人たちがいる。

ある人がビル管理人として働いているかもしれない。それが本人の希望だからでなく、光熱費と家族の食事代を稼がなければならないからだ。私は、愛する現在の仕事の成功を、何かの魔法のせいにしたくない。

もちろん、私は、幸運だった。すべてがうまくいった。私は今の仕事を楽しんでいる。そして、それをとても幸運だと感じている。しかしながら、シネターの提案が普遍的に当てはまるとは思わない。


(了)