2016年1月25日月曜日

2016-01-25 - Honest Teaの創業者兼TeaEOが体と環境に優しい飲料を紹介する





 
セス・ゴールドマン

セス・ゴールドマン(Seth Goldman)。米国の無糖茶飲料メーカー「オネスト・ティー」(Honest Tea)の共同創業者兼TeaEO*(最高経営責任者)。ハーバード大学卒(政治学)。イェール大学ビジネススクール修了(MBA)。イェール大学ビジネススクールで戦略論を担当しているバリー・ネイルバフ教授(Barry Nalebuff)とともに、オネスト・ティーを創業。セスの両親はともに大学教授。トライアスロンの愛好家。オネスト・ティー社はハフィントンポスト紙によって「革新的な社会的責任企業の8社」(Eight Revolutionary Socially Responsible Companies)のひとつにランキングされた。ネイルバッフ教授と共著で、ホネスト・ティーの起業プロセスを綴った『Mission in a Bottle』(日本語版『夢はボトルの中に』(英治出版)を出版している。

*経営責任者のCEOChief Executive Officer)の代わりに、(紅)茶(Tea)にかけてTeaEOを肩書きに使用している。「オネスト・ティー」の主要商品である、茶飲料の最高責任者という意味もある。



1. ハーバード大学で政治学を専攻したのち、あなたは、ロイド・ベンツェン上院議員のもとで働きました。ベンツェン議員は、当時の民主党大統領候補マイケル・デュカキス氏の副大統領候補でした。そうした点から判断すると、あなたは、最初、政治の仕事に興味を持っていたように見えます。いつ、どのような理由によって、政治の世界からビジネスの世界に転じることを決めたのですか。

それはいい質問だ。意識的に、政治の領域からビジネスに替わったのかは、自分でもよくわからない。その時点で、政治の世界(政治家になること)の可能性を排除したのではないとは言える。ベンツェン議員のもとで、政治の領域で実際に働いていたとき次のことを発見した。彼のレベルの仕事はきわめて影響力が大きいとはいえ、彼は、様々な形で、40年にもわたって公共的な職に献身してきた。私は、むしろ、もっと直接的かつ即座に(社会に)影響力を与えることに興味をもっていた。その一環として、アメリコープ(AmeriCorps)として知られている組織の前身である、メリーランド州バルチモア市のプログラムで働くことにした。そのプログラムの対象になった人々のなかに、有形の結果と影響を確認することができた。同時に、そうした領域には、有り余る情熱をもった多くの新しいリーダーがいる一方で、必要なマネジメント・スキルを身につけていないことに気がついた。そうした理由で、私は、経営大学院(ビジネススクール)に行くことに決めた。これは、私にとっては、有益な方向性だった。

ビジネススクールで、「ビジネス」(あるいは事業)を通じてインパクト(影響力)を与えることができることが分った。そして、私はそのような方向に進んだ。政府での活動がより直接的なインパクトを与えることができると考えたなら、私は、政治の活動に戻ったであろう。ビジネスの分野でこれまで私が発見したことは、ビジネスは、私が自立型の影響力を行使するのに役立つということだ。

もちろん非営利セクターで働いていたときも楽しかった。しかし、次のような事実に、何か苛立っていた。それは、資金調達(それはもちろん必要なのだが)が必ずしも直接的に結果につながっていなかったことだ。つまり、資金調達は、団体(組織)の創業者の意見、気まぐれ、非営利活動に対する当時の流行(雰囲気)に左右されてしまっていた。私が、ビジネスに対して評価するようになった点は、それが要求する高いレベルでのアカウンタビリティー(説明責任)である。誰もが、慈悲の気持ちから、あなたの事業を支持しているわけではない。あなたのビジネスが利益をあげるなら、市場(マーケット)は事業に対して持続性を与えてくれる。あなたのビジネスが価値(バリュー)を提供していれば、市場は成長と繁栄の機会を与えてくれる。そうした点が、私にとってワクワクするような認識につながった。

外からビジネスを観察していたとき、ビジネスは道徳的な妥協に満ちていると、私は常に考えていた。一方、政府部門にはそうした妥協がないと思っていた。

しかし、現在の政府の運営の姿を観察すると、いたるところに妥協があるように見える。あなたの信念を実現するためには、当初の意図とは似ても似つかないレベルまで目標を下げなければならない。私が最も満足しているのは、オネスト・ティー事業を構築するうえでほとんど妥協する必要がなかったことだ。オネスト・ティーは、私が目指している意図を明確に実現している。オネスト・ティーに対して、満足しなくなり、それが創造性に欠け、チャレンジする価値がなくなり、影響力も低下していると感じる日がくれば、私は公共部門の仕事に戻ることを検討するかもしれない。しかし、創業してから16年経過しているが、オネスト・ティー事業が私の才能を活用する最善の方法であり、社会に対して影響力を行使するための最も効果的な方法であると、満足している。



2. オネスト・ティー社を立ち上げるにあたって、どうしてイェール大学のバリー・ネイルバフ教授とパートナーを組むことになったのですか。彼にあなたのアイデアを初めて話したとき、彼の反応はどのようなものでしたか。どのように彼との関係を築きましたか。あなたと彼が平等のパートナーだった場合、意見の相違をどのように解決したのですか。あるいは、意見が異なる案件についてどのように決断をしたのですか。

最初、私は、彼の学生としてバリーに出会った。バリーとの関係はとても面白かった。なぜなら、性格的にバリーと私はかなり異なっていたからだ。彼は分析的だ。そして、その当時だけだったかかもしれないが、必ずしも社交的なタイプではなかった。現在、彼も成長し、うまく立ち回るようになった。しかし、当時、私のクラスメートたちには、私とバリーが協力しているなんて信じてもらえないくらいだった。そして、卒業後でも、私とバリーが一緒に仕事をしていることに驚くクラスメートがいたほどだ。

私は、彼の授業で優秀な生徒だった。最初、私は、バリーの「政治経済マーケティングの授業」を履修した。なぜなら、私は、政治分野で働いた経験があったからだ。私は、彼の授業で、優秀な生徒として輝いていた。私の両親はともに、バリーのような教授だった。そのため、授業中にやや攻撃的に学生に質問するバリーのような教授に対しても、私は威圧されなかった。私は、そうしたストレスにうまく対処できた。同時に、当時、私は、事業計画を策定していた。私の事業計画を通して、バリーは、起業家的な閃きにもとづき、創造的な手法で懸命に問題解決にアプローチする私を評価するようになった。

オネスト・ティーの事業アイデアは、バリーの競争戦略コースを受講している過程で生まれた。彼と飲料産業について議論しているとき、彼が「何か物足りないものがないか」と質問してきた。私たちの議論は、より甘くない、つまり無糖の飲料が必要であるという点に収束していった。そのとき、彼は、自分たちでサンプル飲料を作り、ファーカスグループで調査もできると示唆した。

しかし、当時、私は、就職活動でとても忙しかった。そのため、私はこの事業計画に関して何もできないと述べた。2年後、バリーと連絡をとった際に、事業計画を進める準備できたことを彼に告げた。そして、彼もその準備ができていた。彼は、その間、紅茶飲料産業について研究していた。そうしたなかで、オネスト・ティーという鍵となる発展的なアイデアが生まれた。
お互いが利害関係を共有することに決めたら、二人の適切な役割を決定することが、単にそれらを議論するだけでなく実際に行動を起こすうえで大きな問題となった。私は、バリーと長時間にわたって議論するために、コネティカット州ニューヘイブンを何回か訪れた。そのとき議論したのは、事業計画、商品の価格、サプライヤー(供給業者)の探し方ではなく、両者の仕事における関係と目標についてであった。彼はこの事業にどうして関与しているのか?彼はどうしてこうした事業を構築したいと考えているのか?この事業における成功は何か?そうした成功を二人の人生設計にどのように落とし込むのか?

こうした点は、私たち二人が明確にしなければならない最大の問題だった。実際、こうした問いに対して答えを見つけることが、事業を前進させるために不可欠だった。両者の関係については、彼が取締役会の議長になり、私が事実上の最高責任者になった。二人で、私の肩書きを(言葉の遊びを含め)TeaEO(茶飲料の最高責任者)と呼ぶことにした。もちろん、それはCEO(最高経営責任者)という意味をもつのだが。

もちろん、起業の過程で、私とバリーには意見の相違が生じた。しかし、そうした案件は、二人が仲違いするような程度の問題ではなかった。単に、両者でそれらを議論しておく必要があったということだ。二人で事前に議論しておいたため、主要な問題では両者で合意に達していた。私たちは、これが長期的な取り組みになることを理解していた。2年や3年で事業を軌道に乗せ、売却することができるとは思っていなかった。このプロジェクトは、少なくとも10年はかかるものだった。

二人の間で議論になったのは、たとえば、商品のラベル、つまり、ラベルにどのようなことを表記するか、しないか、といったマイナーな問題だった。こうした問題は、容易に全体のなかでバランスをとって検討できた。商品ラベルに関する意見の相違と、企業の方向性を議論することとは性格が異なる。有機原料を使うべきか?甘さのレベルをもっと控えるか、どうか?二人の間のこのような些細な意見の相違は、私の妻を間に立たせて(仲介役)、最終的に解決した。



3. コカコーラ社は、オネスト・ティーを買収したのちも、あなたをCEOの座にとどめています。世界の甘味飲料業界を主導しているコカコーラ社で、健康的なライフスタイルの提唱者であるあなたは、ある種のジレンマを感じますか?もしそうなら、そうしたジレンマとどのように折り合いをつけていますか?

私は、常に、自分が行っていることの影響力を見ている。それが、私が結果を測定する方法だ。コカコーラ社が当社を買収する前と、現在の当社の状況を比べると、当社の成長にとってコカコーラ社の買収が「変曲点」になったと理解している。当社の事業の最初の10年間で、11,200万ボトルを販売した。コカコーラ社の買収後の6年間で、その販売数量は68,800万ボトルになった。当社商品の取り扱い店舗数は、15,000店舗だったが、それが現在、およそ10万店にまで拡大した。毎年、当社では、80万ポンドの有機材料を購入していたが、それが、今年は、800万ポンドを超える量となった。明らかに、当社の影響力は意味のある形で拡大している。当社の事業規模は劇的に増大していると自信をもって言える。

数千種類の商品を販売している企業であるコカコーラ社に、賞賛に値する全社的な方針があることを、私は評価するようになった。高度に多角化したビジネスを展開するコカコーラ社は、おのずと多くの課題に直面している。その一環として、同社は素晴らしい水資源プロジェクトに関与している。そうしたプロジェクトを通して、同社は発展途上国に、より多量の飲料水を提供することを支援している。コカコーラ社は、2020年までに、最終商品に含まれる水と同量の水を自然界に戻す「ウォーターニュートラル」(water neutral)を達成すると公約している。同社は、同じく「パッケージニュートラル」にも関心をもっている。つまり、同社は、可能な限り、パッケージ(包装)材料をリサイクル、再活用することを目指している。困難なステップだが、この目標はコカコーラ社の念願である。それは最終目標というよりは、同社が目指している道程だといってよい。



4. オネスト・ティーはコカコーラ社からみるとかなり異質のビジネスだと思いますが、どのようにコカコーラ社に御社の買収を提案したのですか。

実際は、コカコーラ社のほうが当社にアプローチしてきた。同社の一部門が3,500種類の飲料に関して集中的な調査研究を実施した。その結果、当社の商品が、大きな可能性を秘めているカテゴリーに属していることが明らかとなった。コカコーラの調査チームはオネスト・ティーが、同社が販売していない飲料であることを理解した。最終的に、オネスト・ティーは、コカコーラ社が販売したいブランドであるという結論となった。3,500種類のブランドからスタートし、100ブランドまでふるいにかけた。その後、12ブランド、次に5ブランドまで絞り込み、最後の1つに残ったブランドが、オネスト・ティーだった。



5. あなたがよくご存知のように、日本には巨大な緑茶マーケットが存在します。緑茶メーカー、たとえば伊藤園のような大企業と関係がありますか。アメリカ市場に(日本の)緑茶を投入する、あるいは、日本市場にオネスト・ティーを導入する計画をお持ちですか。アメリカ市場で緑茶を販売する場合、かなり苦味があり、普通無糖で飲まれる(日本の)緑茶をアメリカの消費者は受け入れると思いますか。

当社の緑茶は、米国内で販売されている緑茶飲料よりも、日本のそれにかなり似ている。当社のお茶は本物で、無糖である。抹茶ではないが、緑茶である。事実、当社のベストセラーのひとつが「Just Green Tea」という商ブランドで、それは濃い緑茶飲料だ。このブランドはすぐに成功したものではないが、消費者の評価は上昇し続けている。

当社は、伊藤園と「普通でない」関係がある。この点は、『Mission in a Bottle』のなかで簡単に説明している。米国で伊藤園を立ち上げようとしていた人物が、彼の経歴を伝えないで、投資家として当社にアプローチしてきた。彼は当社の投資家だったので、伊藤園が米国で事業と立ち上げる前に、当社の事業計画や財務報告書を見ることができた。ある展示会の伊藤園のブースで彼に話しかけたとき、私は「彼の名前に見覚えがある」と頭の中で思った。あとで気づいたが、彼はあの時の当社の投資家だったのだ。しかし、彼は、現在、当社の競争相手である。このエピソードは、投資家に関して当社が遭遇した、最もがっかりした出来事だった。当然、当社は彼に当社の株式を売却させた。あえていえば、もちろん、彼はその過程で当社の事業から利益を得た。それが、当社が伊藤園と関係した最初の体験だった。伊藤園は、現在でも当社にとっての競合企業のひとつである。

オネスト・ティーは、現在、日本市場に参入する短期的な計画を持ち合わせていない。将来参入するとした場合、それはコカコーラ社を通じて長期的な計画となるだろう。現在の限界は、現地(つまり日本)で商品を生産する必要があることだ。というのは、液体は重量があり、効率的に輸出することには適していない。さらに、日本の商品の表示に関する法規制はかなり厳しい。韓国のような国で、当社の商品を販売している。そのような国では、商品の表示に関する当社の方針をそのまま適用できるからだ。しかし、日本では、当社の商品を流通させることはできない。



6. あなたはトライアスロンの本格的なアスリートというだけでなく、自転車で通勤し、ベジタリアンで、アルコールの飲酒を控えています。そうしたライフスタイルを、健康を理由として選択したのですか?あるいは動物の権利を擁護するといった根本的な価値観がその理由となっているのですか?

私は次のような事実を深刻に受け止めている。それは、私たちがある特定の時間だけこの地球上に存在できるということだ。私は、その限られた時間を自分が関心を持っていることに使いたい。それが、私の情熱だ。情熱をもって私が何かを行うとき、私はより良い仕事ができると信じている。そのため、私の時間、投資資金を次のような目標に向けて集中的に活用している。国民のための健康的な生活の支援、生態系の改善を軌道に乗せること、経済的な機会の創造を支援すること

昨年まで、有機離乳食の会社の役員会のメンバーだった。その会社はとても成功している。確かいに、この会社に関与することは私の情熱に部分的にも関係している。私は、「Beyond Meat」(ビヨンド・ミート)という会社の役員になったばかりだ。その会社は、従来の肉(動物性たんぱく質)の代替商品となる植物性たんぱく質でできた肉を販売している。こうした企業は大きな社会的な影響力をもつ、潜在力の高い企業だ。同時に、質の高い投資先でもある。



7. あなたは年齢が比較的若いにもかかわらず、普通の人よりも多くのことを達成しています。次の20年間で、仕事やプライベートでさらにどのような目標を達成したいですか?

次のすべてのステップの概要がわかる完璧な計画を持っているとはいえない。しかし、何を行ううえでも、私は社会に影響力(インパクト)を与えたいと思っている。自分が関心をもつ問題に関与したい。そして、可能な限り高い度合いで、そして、可能な限り大きな規模で影響力を保ちたい。さらに、創造的で、プロフェッショナルなチャレンジを追求し続けていきたい。

それに関連して、次のような事実を話しておきたい。私は、文字通り、あるいは比喩的な意味でも、「ゴルファー」ではない。私はゴルフをしない。そして、ゴルフに時間を使い、社会に貢献しないような娯楽に時間を使うような人間になりたいとは思わない。ゴルフを楽しむ人には申し訳ないが、私自身は、現在、私の残りの人生、あるいは退職後の人生を、のんびりした娯楽に費やすことは考えていない。

当面、オネスト・ティーの事業の構築とその経営を継続することが、私の時間と才能を最大限に活用することだと信じている。将来のある時点で、それがそうでなくなる場合があるかもしれないことも想像できる。なぜなら、オネスト・ティーのブランド力が十分に大きくなり、それ自体で勢い(販売力)が維持でき、私の関与の度合いが重要でなくなるかもしれないからだ。あるいは、事業組織がより高いレベルで法人化され、私の意見の影響力が低下するかもしれないからだ。

現在は、そうした状況にはない。しかし、そうしたシナリオが現実化することも想定している。そのような事態が現実化した場合、次のステップを今は考えていないが、喜んで身を引くだろう。もう一度、ゼロから新規事業をスタートする意思があるかどうかは分からないが、新規にベンチャーを立ち上げることももうひとつの選択肢になるだろう。現時点で、私は、どのような選択肢も否定するつもりはない。



8. 2013 年のワシントン・ポスト紙の記事で、あなたは、アメリカ人の食生活を変えることを目指している社会的意識をもった起業家の第一人者だと紹介されています。アメリカ社会の他の領域に関して、どの部分を変える必要があると考えていますか。それをあなたはどのように変えますか?起業家はそうした変化を促進するエージェント(代理人)としてどのような役割を果たすことができますか?

まず、明らかに、アメリカの政治システムを全面的に変える必要があるだろう。スタンドプレー(自分だけ目立とうとする姿勢)や変化することを真剣に考えない政治家の言葉を聞いていると、本当に嫌気がさす。しかし、その分野に関しては、現在、私は解決策を持たない。もし解決策があるのなら、私はそれを実行しているだろう。23ヶ月ごとに、私は、不和を引き起こす有害な政治家の言葉を聞き続けることが、果たして幸せなのか自問し続けている。私は、政治に問題があることは理解しているが、それを解決しようとする見込みには否定的である(そうした分野の仕事には、現在、私は関心がない)。

もちろん、ビジネスチャンスと社会へのインパクトの両方が伴う分野も他にたくさんある。そのひとつが、アメリカ人の食生活だ。ビヨンド・ミート社の経営に私が関与していることはすでに述べた。当社が飲料に集中しているなかで、ビヨンド・ミートのような会社は食生活により大きなインパクトを与えることができ、それはワクワクするような手法になっていると思う。

私が関心をもつもうひとつの領域が、米国の農業のある側面だ。もちろん、私は、農業に関して深い知識を持っているわけではないが。大きな問題のひとつは、農業において、大量の化学薬品が使用されていることと、(水資源の利用に関係する)灌漑の手法にある。

水と化学薬品の最大の使用主は、大規模農業生産者ではなく、小規模の農業、すなわち、芝生を育てている「一般家庭」だ。環境問題的にいうと、一般家庭の芝生は、水と肥料を最も必要とする植物である。こうした「ねじれ」は興味深い現象であるとともに、以外なことでもある。ビジネスチャンスの面で見ると、家の庭に、芝生のグリーンのカーペットを敷きたいというアメリカ人の願望をどのように変えるかを問う必要がある。先ほど述べたとおり、この分野に関しては十分な知識がなく、解決のためのアイデアを持ち合わせていない。しかし、このように変化が絶対に必要とされる分野には、確かにビジネスチャンスが隠れている。



9. 論理的で直線的なキャリア計画が米国社会では根付いています。そうしたなかで、スタンフォード大学教育大学院のジョン・D・クランボルツ博士は、「計画された偶発性」理論(Planned Happenstance Theory)を唱えています。そのキャリア理論は次のようによりわかりやすく表現されます。「幸運は偶然ではない。すなわち、必ずしも、私たちはキャリアを作り出す必要がない。そのかわり、予期せぬ出来事をキャリアのチャンスに変えるために偶発性をうまく活用して行動することが必要だ」オネスト・ティーの創業の決定を含め、あなたのキャリアの発展において、どの程度、クランボルツ博士の理論は当てはまると思いますか?

確かにクランボルツ博士の理論は私のケースに当てはまると思う。27年前に、政治学を専攻してハーバード大学を卒業した。そのとき、あなたが、私に「(私が)飲料会社を創業するだろう」と言ったなら、私はそのようなキャリアを決して予見しなかっただろう。その一方で、もし、あなたが、「(私が)アメリカ人の食生活を改善するための組織を運営する」「(私が)より持続可能な農業を普及させる組織を運営する」あるいは「(私が)ビジネスチャンスがない社会に経済的なチャンスを提供する活動をする」と言ったとしよう。その場合、私は、(将来)そうした活動のひとつに従事するか、あるいはその全てを行っていると信じたかもしれない。さらに、自分が将来そうした活動に関与することを知っていれば、とても興奮したかもしれない。私は、自分の情熱にしたがって行動してきた。進むべき道を決めてきたわけではない。進むべき方向性という面で、どこに自分が向かいたいのかという感覚をもつことは必要だと、私は思う。しかし、その具体的な道やステップに関しては常に選択肢をオープンにしておくべきだと考える。



10. いつか、あなたの著書『Mission in a Bottle』を映画化することに興味をもっていますか?

もちろん。私たちは、常に、オネスト・ティーの起業ストーリーを共有することに興味をもっている。しかし、ハリウッドの映画プロデューサーからはまだ私たちにコンタクトはないし、現在のところ、映画化の選択肢に関して積極的に議論したことはない。




2015年12月24日木曜日

2015-12-25 美人社長になった元スーパーモデルのポリーナ・レイゴロドスカヤ



ポリーナ・レイゴロドスカヤ

ワンデルー(Wanderu)社創業者兼CEO。同社(2012年創業)は、米国内のバス、列車のルート、料金を検索するための旅行系ウェッブサイトを運営。かつて著名なファッションモデルとしても活躍。マサチューセッツ州バブソン大学卒。経営学専攻。同大学は起業家教育に特化し、高い評価を得ている。


1.   あなたは、ロシアから米国に移住し、ワンデルー(Wanderu)社を起業する前は、著名なモデルとしても活躍されました。あなたのことをもっと知りたいので、生い立ちなどもう少し教えてもらえますか。

私は5歳のとき、ロシアのサンクト=ペテルブルクから家族とともに米国に移ってきた。私は、マサチューセッツで育った。大学入学前は、ファッションモデルとして働いた。モデル時代は、ニューヨークのトップモデルエージェンシーの「メジャーモデル」に所属していた。大きな広告キャンペーンやファッション・ウィークのランウェイ(舞台)に出演していた。しかし、モデルのキャリアを継続する代わりに、マサチューセッツ州ウェルズリーにあるバブソン大学に入学することを決断した。

私は、最初の会社を大学2年のときに起業した。その会社は、当初、ファッションショーを主催していた。私の経歴や人脈を生かし、デザイナーのエージェント業務につながっていった。大学3年生のときには、「ビジネス・ウィーク誌」の「25歳未満のトップ起業家」の一人に選出された。大学を卒業後、ニューヨークに戻り、「ポリーナ・ファッション」という名称のPR会社(広告会社)の経営を続けた。ファッション、美容、ラグジュアリー(贅沢)に焦点を絞って、その会社を6年間経営した。100を超えるイベントを米国中で主催し、ファッション・ウィークでは、ショーを企画した。「Shigoto」という日本のブランドを含め、多様なデザイナーと一緒に仕事をした。「Shigoto」というブランドは、オランダ人のデザイナーによって実際には立ち上げられた。彼は、日本に住んだときに、工事現場の作業パンツからインスピレーションを得た。彼のブランドは、パンツスタイルが中心となっている。

PR会社を運営しながら、私は、ボストンからニューヨークまでバスでよく出張した。バスの移動は、便利でコストも安い。さらに、バスではWiFiも使えて移動オフィスとして活用できる。しかし、バスの予約はとても不便だ。主要都市を経由するルートがいろいろあるため、時間、料金、バスの便を探すために、ときには10個ものウェッブサイトをチェックしなければならなかった。こうした個人的な経験が、ワンデルー(Wanderu)を設立する主な動機になった。ワンデルーは、北アメリカを対象に、電車やバスの移動の予約や旅程を単純化するウェッブサービスだ。当社は現在、米国とカナダのグレイハウンド、メガバス、ボルトバスなどの大規模なバス会社と提携している。近いうちに、メキシコにもサービスを拡張する計画だ。



2.   国立公園と森林の保全を啓蒙するためにGreen XCのキャンペーンで移動していたときでした。突然、相乗りをキャンセルされ、バスの停留所を探そうとしてできなかったとき、隠れた需要があることに、あなたと共同創業者のイゴール・A・ブラトニコフ(Igor A. Bratnikov)は気づきました。そうしたニーズに潜在的な利益が隠れていて、それをビジネスに発展させることができると、どのように検証しましたか。ビジネスプランを発展させ検証し、実際にワンデルー社を創業するにあたって、どのようなプロセスをとったのか、教えてください。

実際には、現在、他の2人の共同創業者と一緒にワンデルーを経営している。イゴールは最初の共同創業者だった。国立公園と森林の保全の啓蒙のためにキャンペーンを実施しているときに、ワンデルーのアイデアが生まれた。私たちは、アウトドア活動に、プロフェッショナルな職業をもつ、より多くの若者に参加してもらうという目標のもとに集まった若手プロフェッショナルの集団だった。国内の各地域を巡っていたとき、バージニア州で立ち往生してしまった。というのは、移動のための相乗りが突然キャンセルされたからだ。

次の目的地まで行くバスか電車を探そうとしたが、見つけられなかった。その経験が転機となり、私はワンデルーをスタートした。イゴールは、そのキャンペーン旅行に同行していて、彼のことを以前からよく知っていた。私と彼は、米国内にあるロシア系数学学校に通っていて、同じ友人サークルに属していた。そこに、3人目の共同創業者、エディ・ウォングが加わった。彼の役割は、CTO(最高技術責任者)だった。私とイゴールは、ボストンの起業家グループを通じて、エディと知り合った。彼は、ソフトウェア技術の立役者であり、ワンデルーを現実のビジネスに発展させるためのシステム開発を支援してくれた。

ビジネスのコンセプトを確認するため、いくつかの手段を講じた。まず市場調査を実施し、航空機よりもバスで移動する人間が多いことを確認した。2012年でいえば、米国では飛行機での移動が7.3億人に対して約7.5億人がバスで移動していた。くわえて、多くのバス移動者が「ミレニアル世代」(1980年代から2000年代前半に生まれた世代。「ジェネレーションY」とも呼ばれる)に属することを知った。彼らの年齢は、18歳から35歳にあたる。彼らは「オンライン」世代で、日常生活の一部としてインターネットを利用している。彼らはボタンをクリックすれば、知りたいことのすべてを見つけ出すことができることを期待する。そして、やりたいことを迅速に済ますことをサポートしてくれるスマートフォンなどの携帯通信機器への依存度が高い。ミレニアル世代はインターネットとともに成長してきたので、この世代は自分たちの生活のスピードについていけないテクノロジーに対して忍耐力を持たない。つまり、こうしたデータは、「頻繁にバスで移動する人間のニーズ」と「彼らがチケットを買うためにとる手続き」の2つの要素が切断されていることを明らかにしている。

こうした仮説に到達したのち、私たちが検討しているサービスを利用するか否かを見極めるために、潜在的なユーザーを対象にして調査を行い、直接意見を訊いた。私たちは、ウェッブサイトにアクセスするユーザーが最初に訪問するランディングページを立ち上げ、当社のサービスを説明し、希望者にはベータ版(サンプル版)の利用を登録する機会を提供した。

当社のサイトを多くの友人と共有するようにユーザーを促すために、一種のゲームを提供した。ユーザーが当社のサイトを友人とシェアすればするほど、ベータ版のサービス開始時に最初の利用者として当社に選抜される確率が高くなるという仕組みだった。その結果、サービス開始前には、正式なマーケティングや広告を実施しなかったが、何万人もの潜在的なユーザーがワンデルーのベータ版に登録してくれた。この結果だけでも、当社のサービスに対して十分な需要があることが明らかだった。しかし、私たちは、さらにクリック課金広告サービスのグーグル・アドワーズを利用して、ユーザーにワンデルーに登録してもらうためにどのくらいのコストが必要かを確認した。クチコミやローカル版(地域版)の雑誌でのPRも、当社の宣伝には効果があった。

ワンデルーは、ユーザーに対していかなる利用料金も課していない。ユーザーは、最も安いチケットを検索し、その価格で予約することが可能だ。当社は、バス会社などの提携会社から取引手数料を受け取っている。



3.   ワンデルー社の事業規模と事業範囲を教えてください。社員は何名いますか。年間売上高はどの程度ですか。利益はどのくらいですか。

私と2名の共同創業者にくわえて、現在、18名の社員がいる。ベンチャーキャピタルからちょうど2回目の資金調達を完了したところだ。調達額は、560万ドル(5.6億円)強だ。チームの規模を拡大するため積極的に採用を行っている。20138月にサービスを開始して以降、数百万人が、検索や予約のため当社サイトを利用している。

組織構造については、12人で構成される技術チームが存在し、共同創業者の一人のCTO(最高技術責任者)に報告するようになっている。残りの社員は全員ビジネスチームに所属する。最近、マーケティング担当副社長のジェイ・バーク(Jay Burke)を採用した。彼は、かつて、旅行関連のクチコミ・価格比較サイトの「トリップアドバイザー社」において、多くのブランドに関係して、マーケティングや戦略的な提携を担当していた。私が、CEO(最高経営責任者)で、もう一人の共同創業者が運用担当のCOO(最高執行責任者)だ。



4.   あなたは2013年の資金調達で、245万ドル(2.45億円)を調達しました。それは最初の資金調達ですか?あと何回ぐらい投資ラウンドを実施する予定ですか。最終的に、IPO(株式公開)を実施するか、ワンデルーを売却する計画を持っていますか?

最終的に、当社の投資家は、買収であれIPOであれ、一種の退出戦略の道を探るであろう。それが明らかな目標となる。しかし、当社が買収されたとしても、私自身はCEOとして残ることを望んでいる。ワンデルーを通じてやりたいことがたくさん残っているからだ。必要な追加的な投資ラウンドの数を予測することは難しい。現在のところ、追加的な資金を調達することなく利益を計上している。しかし、成長し、事業を他の国に拡張することを望むなら、当社は、追加的な投資ラウンドを必要とするかもしれない。現時点においては、当社は、どのくらいの額の資金を調達するのか、明確な数字をもっていない。むしろ、成長するにつれてその必要性を検討し続けるだろう。



5.     ワンデルーの宣伝のためにソーシャル・メディアをどのように活用していますか。それ以外で、どのようなマーケティング手法を試しましたか。そのなかで、どれが一番効果的でしたか。

先に述べたとおり、最近、マーケティング担当の副社長を採用した。彼は、約1ヶ月前に業務を開始した。彼は、有料広告業務の先頭に立つ。もちろん、ソーシャル・メディアにも積極的だ。当社は顧客との情報交換を頻繁に行っている。さらに、どこに行ったらいいか、何を見たらいいかに関する大量のコンテンツを提供している。クチコミ効果も重要だ。顧客は「ワンデルー体験」を楽しんでおり、その情報を友人たちと共有している。

当社についての無料報道もたくさんある。多くの雑誌や他のメディアが当社についての記事を掲載してくれる。グーグル・アドワーズも利用している。しかし、依然として、ほとんどのアクセスは偶然当社のサイトを見つけて、サービスを試してみたユーザーが中心となっている。



6.   ワンデルーを起業し成長させていくうえで、どのような重大なチャレンジに直面しましたか。それをどのように乗り切りましたか。

バス会社と関係を構築し、当社に参加することを説得するのが最初のチャレンジだった。というのは、ワンデルーは新規のアイデアだったからだ。バス会社はオンラインでそうした手続きを行うことに慣れていなかった。当社は、そうした会社に試してみることを説得しなければならなかった。

技術面がもうひとつのチャレンジだ。ワンデルーがスタートしたときは、航空旅行産業にあるような中間的なインフラストラクチャーが、バス産業には存在しなかった。バス・システムに直接つながるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)はなかった。多くのバス会社にとって、そうしたシステム、インターネット、オンライン取引は新規のものだった。最初の中間的なインフラストラクチャーを構築するのに数年かかったが、まだ、完成していない。現在、完成にむけて努力している段階だ。



7.  ワンデルーの社名はどのように決めたのですか。社名はどのような意味をもっていますか。

社名を議論したとき、社名が人々に旅行がしたいとインスパイアーするような言葉を検討した。「wander」(歩き回る、さすらう)という言葉に、世界を旅する、開拓するという感じを覚えた。それから、言葉の最後の部分を考えて、ワンデルー(Wanderu)という言葉につながった。この言葉のサウンドがとてもいい。舌から自然に流れ出る感じがする。カンガルーのようにも聞こえる。誰かがワンデルーという名称を使っているかどうかをチェックするためグーグル検索をした。そのとき、ワンデルーは、インドに生息するサルの特定種の名前であることを発見した。そうしたことが、当社の今のマスコットにつながっている。人々がマスコットのサルを見れば、当社のブランドを思い出してくれる。



8.      成功した起業家は1社のみを立ち上げた人が多いです。あなたはすでに2社立ち上げています。1社に焦点を絞る場合と違い、「連続的」に起業するのはどのような感じですか。2社起業して成功するためには、異なった能力とスキルとしてどのようなものが必要となりますか。

起業家として成功するためには、少しばかりの狂気と、起業家として成功するんだというとても強い執着心が必要となる。1回だけの起業家と連続的な起業家との間に大きな違いはないと思う。起業家として成功すれば、その成功を複製できると信じている。重要な部分は、自分自身でリスクをとり、事業の立ち上げと運営に伴う浮き沈みに耐えるという決心だ。事業の運営において、すべての人間は必ずしもチャレンジに直面することを望んでいるわけではない。そうしたチェレンジを克服すれば、創業した会社を売却するか、その後、新しい事業を始めるか、別の産業に移るかなどの間には違いはないと思っている。

不可欠な要素、つまり、最も問題になる点は情熱である。自分がやっていることに情熱を持てないなら、ビジネスを構築し成長させることは難しいだろう。私についていえば、ファッションに情熱を感じたことは実はなかった。ファッションビジネスとしては成功したが、それを大企業に成長させようなどという願望を持てなかった。

一方、ワンデルーに関しては、それと反対だ。私自身のためだけでなく、何百万人という人々のために問題を解決するプロセスはとてもエキサイティングに感じる。この情熱により、企業が直面するチャレンジを克服することが可能になっている。そうした情熱は、どのような企業を運営するかを設計するうえでもとても重要となる。

さらに付け加えれば、神経の図太さも大切な要素だ。起業では複数のチャレンジを克服する必要がある。ビジネスは、いくつかの浮き沈みがあって進展する。浮き沈みという「変化球」に対応する精神的な能力を持ち合わせていないと、成功する可能性は低くなる。というのは、頂上への経路は一直線ではない。言葉を正確に思い出せないが、「成功への道のりは曲がりくねっている」という格言が頭に浮かぶ。確かにそのとおりだと思う。



9.   日本政府は、ファション、エンターテインメント関連の商品を含め、J-ポップ商品を米国、欧州、アジアに輸出することを促進するプログラムを実施しています。ファッションの専門家でもあるあなたは、日本のアパレル商品などファッション商品を米国に輸出する可能性をどのように評価しますか。どのような日本のブランドやデザイナーが好きですか。

すでに述べたとおり、「Shigoto」という、男性と女性を対象とした日本のアパレルブランドはポリーナ・ファッションのクライアント(顧客)だった。私は、日本のファッションがもっと米国マーケットに入ってくればいいという意見にもちろん賛同しているひとりだ。しかし、ワンデルーの事業をスタートしてから、3年半が過ぎた。私はその間、ファッションのPR事業を行っていないので、最新のトレンドには詳しくない。トレンドのファッションが米国では人気がある。日本のデザイナーは、トレンドの形や雰囲気を完全に理解している。何人かの日本のデザイナーは米国で人気があると思う。しかし、私はファッション産業には今はいないので、広範囲のレベルで日本のアパレルブランドの有望性を実際に評価することはできない。



10. 起業を考えている若い女性に対してどのようなアドバイスをしますか。

ほとんどの女性にとって、恐怖心が最大の障害だと思う。彼女たちは、男性優位社会において失敗すること、あるいは拒絶されるリスクを恐れているかもしれない。そうした恐怖心と戦うためのベストな方法として、とにかくそれと戦って前に進むことを薦めたい。彼女たちは失うものは何もない。私は、大学生のときに、最初の企業を設立するという幸運に恵まれた。そのときは、家族も子供ももっていなかった。支払うべき住宅ローンも持っていなかった。したがって、容易にリスクをとることができた。家族や子供がいたり、あるいは、ローンのある家を持っていたら、リスクをとることは難しい。さらに、現在、安定的な職業についていたら、その職を失ったとき、自分や家族を養っていけないという恐怖心をもつかもしれない。そうした恐怖心は、すべて妥当なものだが、決して、完全に消え去ることもない。現在ほど、自分の会社を起業するのにベストな時期はない。もしそれを待てば、起業をしないことを正当化するたくさんの理由を考えることになるだろう。繰り返すが、私のアドバイスは、「とにかく始めなさい」「今がその時」というものだ。


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学校の設立と教育プログラムの開講

背景
起業家をインタビューしている理由は二つあります。一つは、起業家の育成が日本経済の更なる成長に不可欠だと思うことです。起業家大国アメリカの起業活動、考えを紹介し、日本における起業活動を促進したいと思います。起業家にインタビューしている二つ目の理由は、個人的なものです。私も起業を目指しているので、これらの先駆者から成功のカギを訊き出したいと思っています。

私の起業計画はいくつかの部分から成り立っている大規模なものです。その最初の一歩として、来年、Play-Ed(遊びながら学ぶことを示唆するPlayful-Education )という教育プログラムを米国でスタートします。

共働きやシングル・マザーの多いアメリカでは、放課後のプログラムが多いのですが、将来の所得の基盤となるデジタル・スキルを教えるものはそれほど多くありません。そのため、これらのスキルとS.T.E.M.(Science, Technology, Engineering and Math)または異文化コミュニケーションの知識、能力を伸ばすために、米国のフロリダ州タンパ市で、教育プログラム(課外授業、放課後授業)をスタートしたいと思います。学校を建設する予定地は以下にリンクされますので、ご覧ください。


2016年の夏は、この設備を利用し、1週間の外国人向けの研修を開催する予定です。

1.アメリカの大学、MBA(経営大学院)プログラムの申し込み方、インタビュー(面接)、受験対策
2.コーディング(プログラミング)と英語の「二つのグローバルな言語」
3.セールス・プレゼンテーション

全ての研修は私(教育学博士、MBA)が指導し、マンツーマンのコーチングにもとづき指導します。授業のほかにも、異文化交流や、ディズニーランドなどのような観光も計画しています。

詳細は、私までに直接ご連絡ください。














2015年11月23日月曜日

2015-11-23 - 「偶然」の起業家 ヘザー・シュック 〜 趣味として始めた子供の洋服作りが事業になった〜





ヘザー・シュック


グラマジャマ(Glamajama)社創業者兼CEO。同社はベビー服・母親を対象とする米国アパレルブランド。彼女は、母親兼起業家として活躍しており、多くのメディアから取材を受けている。テキサス大学オースティン校卒。著書に『The Working Mom Manifesto』(直訳『働く母親によるマニフェスト』)。がある。


1. グラマジャマ(Glamajama)を立ち上げる前に、あなたは株式ブローカーとして働いていました。どのように、そして、いつ、どんな理由で自分の会社を起業しようと思ったのですか。

私はもともとしっかりした人生計画をもっていた。でも、人生とは計画とは別の方向に進むこともあるようだ。かつて、キャリアアップを通じて成功を目指し、金融業界で働いていた。しかし、仕事を始めて2年で、第一子を妊娠した。最初は、出産後に育児休暇をとり、その後、職場に復帰し、産休前の状況からもう一度スタートしようと考えていた。

しかし、第一子を自分の胸に抱いたのち、そのような計画は即座に変化した。幼子を抱えて、競争のとても厳しい金融業界の週80時間勤務の職に戻ることはできないと悟った。あなたも知っているとおり、金融業界は「家族に優しく」はない。特に、幼児を抱えた母親には、それが当てはまる。こうした理由により、私は真剣に自分の人生計画を再検討し始めた。

自分の人生の新しい使命は何か、職業人としてどこを目指すのか、を見定めようとしているなかで、息子の洋服作りを楽しんだ。それは私が始めた趣味だった。息子を公園に連れて行くと、その洋服がすごく可愛いと言ってくれて、どこで手に入れたか、他の母親たちに尋ねられた。私が自分で作成したことを説明すると、彼女たちは次のような質問をしてきた。「私の子供にも作ってもらえる?」。

最終的に、公園で、自分の車のトランクに詰めた手縫いのベビー服を売っている自分がいた。私の車のトランクが洋服でいっぱいになったとき、私に「わかった!(ユーレカ)」という閃きが訪れた。そのとき次のように自問した。「私は、自分の人生の使命を探し続けていた。でも、今それが目の前にあることに気づかずにいた」それが、私が草の根的にアパレル生産の世界に入ったきっかけであり、その分野で何かできると確信できた瞬間だった。この第一歩を踏み出したら、もう後ろを振り返ることはなかった。




2.  日本の読者に対して社名の「グラマジャマ」(Glamajama)の意味を説明してください。どのように考案しましたか。他の案はありましたか。

この社名は、「glamour」(魅惑)という言葉に、少しばかり「流行の先端をいく」、という意味をかけている。私は、キラキラ輝く素材や黒い色を多用するので、作成した洋服はどこか魅惑的な感じがする。もちろん、洋服には遊びの要素もあり、楽しい雰囲気もある。一言でいえば、「刺激的」と表現できる。しばらくの間、「グラマザーマ」(Glamazama)が第1位の競合案だった。しかし、そのサウンドがどこかマンガの本に登場するスーパーヒーローのように聞こえると思った。そんなとき、「グラマジャマ」が思い浮かび、ぴったりだと思った。そうして、この「グラマジャマ」が社名となった。



3. グラマジャマは、最初、世界最大のオークションサイトの「eBay hobby」でうまくいかなかったと聞きました。どうしてでしょう。そうした失敗をどのように、現在の大成功に導いたのですか。あなたの手法は、一般化できますか。起業で成功したいと考えている人が模倣できますか?その場合、どうしたらよいでしょうか。

「趣味」としては失敗したと思っている。私の洋服は、eBayではあまり売れなかった。誰も買おうとしなかった。言うまでもなく、その結果、趣味はすぐに楽しいものではなくなった。いろいろな販売戦略を試してみたが、関心を引き起こすことはできなかった。私は売上をあげることができなかった。この経験を通して、私はビジネスに関する貴重な教訓を得ることができた。それは、自分の顧客は誰かを知る必要があるということだ。

私の顧客は、インターネットでeBayのサイトを閲覧していなかった。彼女たちは実際の店舗であるブティックで洋服を買っていた。この時点で、次のことをやらなければならないことを悟った。自分が本来向き合うべき人たちの前にでること。私の洋服がどのようなものかを説明すること。そうした人たちを私のサポーターと顧客に変えること。その目的を達成するために、私は簡単なウェッブサイトを立ち上げ、私の洋服の販促のために地域のブティックに直接アプローチした。それをやり始めると、軌道に乗った。ここでの鍵は、明らかに自分のターゲット顧客を見つけ、そこに働きかけることだった。

もちろん、事業は地元でスタートした。文字通り、ベビー服のブティックのドアをノックした。自己紹介して、洋服のサンプルとPR用文書を置いてきた。最初の頃は、私の洋服の販促のためにブティックに毎日行くことを申し出た。週末は、ブティックで販売をサポートした。そのプロセスを通じて、私は、ブランドをどのように構築するかを学んだ。私の無料のサービスが店舗の販売を支援する限りにおいて、私が実際に店舗に滞在することは自分にとっても役に立った。顧客が私の洋服やブランドにどのように反応するかを観察することができたからだ。顧客が最初にどの商品を手にするかを観察した。つまり、無料でマーケット調査を実施することができたわけだ。こうしたフィードバックにより、ブランドのデザインの中心的な部分が出来上がっていった。



4. あなたはときどきインターネット系ラジオ(ラジオのブログ版)のゲストとして出演している。そのインターネット系のソーシャル・メディアに関して、重要性も含めて説明してください。グラマジャマ、商品、ブランドのプロモーションにあたって、他のソーシャル・メディアを利用していますか。くわえて、もう少し一般的に、グラマジャマのマーケティング戦略を教えてください。

当社は、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ピンタレストを活用している。これらはすべて、顧客とつながることができ、とても価値の高いツールだ。こうしたツールにより、1対1、あるいは何千マイルも離れたところにいる人と個人的に関係をもつことができる点が好ましいと思う。距離があっても、顧客や市場の鼓動を感じることができる。ソーシャル・メディアはいくつかの障害(物理的な距離)を破壊した。そのため、ソーシャル・メディアは常に私や当社のブランド戦略にとって重要な役割を持ち続けてきた。

ここで2003年まで遡ろう。当時、私はブログとビデオ・ブログを始めた。初期のブロガーが、ビジネスの基礎を構築するうえで、私をサポートしてくれた。彼らは、グラマジャマや私が目指していることを理解してくれ、ブログで記事を書いてくれた。そうしたブロガーの多くは母親たちだった。そして、その多くが私のような起業家だった。私たちはお互いに助け合った。現在でも、ソーシャル・メディアを通じて助け合っている。たとえば、私たちは、他人のメッセージをリツイートし合っている。私たちは、お互いにインスパイアーし合い、フィードバックし合う。こうした女性の多くは異なる州に住んでいるので、コーヒーを飲みに行くといったことはできない。しかし、テクノロジーのおかげで、今、あなた(ガブリエラ)にインタビューを受けているように、スカイプを使って彼女たちと話しができる。こうした「つながり」は、支援ネットワークを構築するための素晴らしい方法だ。



5. あなたはどのようにして、ノードストロームやJCペニーなどの巨大小売企業にグラマジャマの商品を店舗で販売するように説得できたのか。こうした巨大小売店舗で、どのような商品とグラマジャマの商品は競争しているのですか。競合商品に対して、グラマジャマの商品をどのように差別化しているのですか。

実は、そうした巨大小売企業のほうから私に接触してきたのだ。当時、私には、セレブ(有名人)の強力なファンがいた。ハリウッド女優のデミ・ムーアのような人々が私の洋服を着ていたのだ。ある日、デミ・ムーアがパパラッチされた。そのとき、彼女が私のウェッブサイトからオンラインで入手した犬のTシャツを着て、犬と散歩していた。その写真が『US Weekly』誌に掲載され、Tシャツのデザイナーの私の名前がクレジットに入った。それから、電話が鳴り止まず、注文が山のように積み上がった。そのとき、私は、セレブリティー・マーケティングの威力を初めて味わった。

一旦、このセレブ(有名人)のパワーを認識したら、これを積極的に利用するようになり、ロサンゼルスにより頻繁に出張するようになった。そして、人脈を活用した。そうした人脈でセレブを見つけたら、当社の商品を無料で渡して、当社のことを認知してもらうようにした。幸運にも、多くのセレブが当社の商品を気に入ってくれ、私がとったアプローチの方法を受け入れてくれた。セレブたちは私が達成しようとしている目標を理解してくれ、私を支援してくれた。多くのセレブが私にメッセージをくれて、テレビに出演する際に、当社の商品を紹介してくれた。

たとえば、『Dancing with the Stars』という番組がある。一般の人が、俳優と一緒にダンスをする人気番組だ。この番組にずっと出演していた女優のティア・カレル(Tia Carerre)は、オプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)の番組『オプラ』(Oprah)に出演が決まったとき、私に電話をくれた。「番組に娘と一緒に出演するつもり。娘にあなたの洋服を着せたいが、いくつか送ってくれない?」私は「もちろん、喜んで」と返答した。当然、オプラは、ティアの娘の洋服はどこのブランドかを、番組で尋ねる。ティアがグラマジャマだと答える。それで、ノードストロームやバーニーズなどの大手小売店が私に電話してきた。

小売業において、当社にとっての最大のライバルはプライベート・ブランドである。過去数年、不況による業績の悪化から、多くの小売業は費用を節減する道を探っている。このため、そうした企業は、ブランド商品に投資しておらず、社内(インハウス)で対応することを選択している。こうしたプライベート・ブランドは、他のブティック系ブランドよりも、当社にとって競合商品になっている。当社は、そうした商品に対して、「ブランド」で勝負している。当社の「商品」(の強み)は、私という人間であり、その商品の背後にある「哲学」であると思っている。それが、グラマジャマの差別化戦略である。それがうまく機能するときと、うまく機能しないときがある。うまく機能しないときは、顧客は単に低価格の商品を選ぶときだ。当社は、低コストで製造されるインハウスのプライベート・ブランドをもつ小売企業と、単純に価格だけで勝負したら負けてしまう。



6.  他社から、買収の提案を受けたことがありますか。もしそうなら、それに対するあなたの反応はどのようなものでしたか。もしそうではなければ、そのような提案をどの程度実際に検討しますか。買収の提案を受け入れるか否かの決断において、どのような要因が重要だと考えますか。

不思議なことだが、当社がスタートして約2年が経過したときに、買収のオファーを受けた。その当時、売上高はかなり増加しており、関心を集めていた。しかし、当社はスタート段階だった。そのときは、買収のブローカーからオファーを受けたが、それが私にとって、ターニングポイントになった。最初は、「ちょっとおかしい!この仕事は私の趣味よ。どうして、私の趣味は買収したい人がいるの?」と思った。買収のオファーは、私には理解できなかった。しかし、好奇心から、ミーティングすることとなった。

ミーティング場所に着いたとき、スーツを着た8人ぐらいの人たちが、エクセルの集計表を打ち出していた。役員会用のテーブルの反対側に、手作りの名刺を用意して、私は座っていた。そのとき、とても場違いな気持ちになった。彼らは、私に質問をし続け、自分たちで議論をしていた。その場の雰囲気がかなり深刻なものになったことに、私はたいへん驚いた。そのとき、その場にいる全員が、私のビジネスについて真剣に検討していることに気づいた。正確にいえば、私以外のすべての参加者だ。私とは異なり、先方は私のビジネスに価値を見出していた。このような経験により、私の意識が大きく変わった。

とにかく、具体的なビジネスプランを策定する必要があると悟った。そのときまでは、私は「偶然の起業家」だった。毎日毎日を単に受け入れていただけだった。戦略的な計画を持ち合わせていなかった。資金源もなかった。基本的には、あるチャンスから次のチャンスに単に飛び移っていたに過ぎなかった。このときが、私のビジネスにおいての大きなターニングポイントになった。戦略を策定し、長期的な視点でシステマティックに検討する必要性に気づいた。買収ブローカーが私の契約内容やビジネス関係に対して興味を示したことを観察することで、ブランド構築の重要性を認識した。より明確にいえば、グラマジャマが何を体現するのかを明確にすることが重要だと考えた。

ファッション業界の人間が最初に学ぶ、ビジネスに関する教訓は次の点である。良い商品はすぐに、そして、簡単に模倣されるということだ。あなたの資産が商品だけなら、一旦、模倣されたら、あなたの資産は大きな価値を持たなくなる。だからこそ、資産の鍵となる、あなたのブランドを構築することが極めて重要となる。どのような商品であっても、ブランドはそれ自身が価値を持つ。さらに、ブランドは、多角化を容易にしてくれる。ブランドがあれば、たやすく模倣されるひとつの商品に固執するのではなく、幅広い商品群を提供できるようになる。買収のブローカーによるオファーによって、私の中心的な関心がシフトした。

最近、さらに私の関心がシフトした。今回は、現在の事業を成長させ、最大化することに関心が移っている。これまでは、控えめなスタンスに立ち、自分の時間のほとんどを子供たちのために費やしてきた。現在、自分の自由になる時間が増えていることによって、ビジネス活動を抑制しておく必要はなくなってきた。今の私は次の大きな飛躍の準備ができている。私のいないグラマジャマを想像することは難しい。だから、わたしはグラマジャマに関与し続けたい。もし、買収されても、大きな親会社の傘下にある独立性をもった子会社の社長として残ることができるのなら、買収もひとつの選択肢になる。現時点で、買収などの様々なビジネス・チャンスに対して、中立的な態度で臨みたい。



7. ここ日本では、豪華なレンタルの洋服を着せて、赤ちゃんや幼児の写真を撮影するサービスを提供している「スタジオアリス」という会社が、両親、祖父母の間でとても人気があります。これは、少子化時代に直面し、両親の両方の親(祖父母)の計4つの財布と両親の財布計2つでなる「シックス・ポケット」にアプローチする戦略の例です。グラマジャマも同様の「シックス・ポケット」の戦略を想定していますか。そうでない場合、この戦略は、どの程度アメリカでも有効だと考えますか。グラマジャマの商品を実際に買うためにお金を出している人は誰ですか。

主にお金を使うのは両親だ。しかし、ベビーシャワー(出産前のパーティー)や新生児出産パーティー用のギフトとしても購入されていて、その場合は、祖父母がお金を出す。「the other-hood*としばしば呼ばれるが、赤ちゃんのお叔母さんもよく買ってくれる。この言葉は、作家のメラニー・ノットキン(Melanie Notkin)が作った。その意味は、自分の子供を持たないことを選んだが、姉妹の子供の世話を積極的にする女性のことだ。こうした叔母たちは、祖父母のようにたくさんお金を使わないが、明らかに当社商品の重要な顧客セグメントを構成している。多くのキャリアウーマンが姉妹の子供を甘やかしたいと思っている。そうすることで、彼女たちは間接的に母親の気持ちを味わうことができる。

* parenthood」(親の立場)に対して、「もう一つ」の「親の立場」という意味となる。



8.  あなたの著書『The Working Mom Manifesto』(20135月、『働く母親によるマニフェスト』)を紹介していください。どうして、この本を書いたのですか。この本を通じて伝えたい重要なメッセージは何ですか。


執筆作業は、情緒を解放するようなカタルシスに満ちた経験だった。私は、ビジネスを発展させる「旅」を経験し、変化してきた。成長に伴う苦痛を体験したのちに、私は成熟したと思う。そのように、この本は、私自身と他の女性たちの率直な回顧録であり、ワークライフ・バランスを達成するための、シングルマザーの奮闘記である。物事を片付け、週80時間も働かないこと、そして、携帯電話を秒単位でチェックせずに子供の世話に集中することを、を学ぶのに、私は長い時間がかかった。他の多くの人たちと同じように、健康の危機が引き金となって、私は変化さざるを得なくなった。

私に、脳卒中の兆候が現れはじめたのだ。数日ごとに、身体全体と顔の半分の感覚がなくなった。見ることも聞くこともできなくなった。数えきれないほど、神経科医の診察を受け、原因を突き止めるための恐ろしい検査をした。最初、医者たちは、私に脳腫瘍があると考えた。しかし、腫瘍を見つけることはできず、私の症状の原因は分からなかった。そのとき、医者の友人が代替医療の受診を私に薦めた。

彼女を通じて、素晴らしい鍼療法の医師を紹介してもらった。最初に受診に訪れたとき、その鍼療法の医師は、2時間もかけて私にたくさんの質問をしてきた。これまで受診した医者はそのような質問はしなかった。その受診の終わりに、鍼療法の医師は私の症状の原因はストレスであることを示した。身体的、心理的、生理的、ホルモン系の極度のストレスを私が抱えていて、そのストレスが私の身体のある部分を機能不全にしたとのことであった。

自分を振り返る時間をとった。私は、どれだけ無理をして自分を駆り立てていたかに気がついた。実際、仕事は楽しくなかった。母親であることも楽しめなかった。子供の世話や仕事で完璧でない自分に大きな罪悪感を感じていた。常に、もうひとつ仕事を片付けなくてはと強迫観念を抱えていた。このように無理をして自分を駆り立てることは私の人生にも影響を与えていたことを悟った。私にはバランスを維持することが必要だった。こうした体験は、もう一つのターニングポイントになった。

当社の売上は、50万ドル(5,000万円)に落ち込んだ。そして、私は離婚しようとしていた。あらゆる仕事をこなすために週80時間働いても、うまくいかなかった。その時点で、湖の近くの新しい家に引っ越した。それに伴い、多くの活動も停止した。そして、計画を練った。そのとき、私のマニフェスト(宣言)を書き始めた。私にとって、何が本当に大切か、自分の人生とビジネスをどのようにしたいか。それを書き表したものが、この本だ。

時間をその1年後まで早送りしよう。当社の売上高は500万ドル(5億円)まで増大した。私は週20時間しか働いていないにもかかわらず。計画なしに休みなく働き続けることに比べて、策定した戦略を実行することにより達成できた成果に、私は大きな驚きを覚えた。



9. 次期米大統領は女性だと思いますか。(米国初の)女性大統領が誕生すると、何が変わると思いますか。

次期大統領は女性になってほしい。女性大統領誕生の本来の時期はずっと前に過ぎていると思っている。ヒラリー・クリントン候補は有名だが、様々な悪い印象を与える出来事に悩まされている。仮に、女性大統領が誕生するとしたら、その大統領は、(ヒラリー)より穏健で、同時に国民の関心を集める女性だと思う。その候補は、思いがけないところから出現すると思う。女性大統領候補は、長い間の政界集票マシーンの中にいる女性ではないと思う。むしろ、指導力で成功した経歴と経験をもつ若干知名度が低い女性候補になるべきだと思う。

私の中にいる楽観主義者は、女性の大統領は、職場やワークライフ・バランスにおいて、女性をサポートする立場をとるだろうと思っている。しかし、近年、リーダーのポジションに登りつめた多くの女性には落胆している。マリッサ・メイヤーは、Yahoo!CEOになったとき盛大に歓迎された。当時、彼女は妊娠していた。そして、出産後、働くときに自分の子供をつれてくるために、オフィスの隣に育児室を作った。

同時に、彼女は、他の社員に対して、在宅勤務や育児休暇支援の廃止をすること、社員は専業主婦か仕事(ベビーシッターを雇う)のどちらかを選ばなければならいことを伝えた。マリッサ・メイヤーが制度を廃止する前に、Yahoo!は効果的な在宅勤務制度を持っていた。このシステムを使えば、母親である社員に柔軟性と生産性の両方を維持することが可能だった。ある意味で、マリッサ・メイヤーは、ワークライフ・バランスの模範になり、同時にそれを促進する完璧な機会を得たとき、偽善者のように振る舞ったのである。

Lean In 』(邦題『Lean In(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』)の著者、シェリル・サンドバーグにもがっかりした。女性は前進し、企業幹部になることに情熱的になる必要があるという彼女の前提には賛同する。しかし、彼女が示唆するそのための手法には賛成できない。女性は経済的恩恵を求めて結婚すべきである、女性は自分たちの面倒を見てくれる男性と結婚し、キャリアアップをさらに目指すべきである。彼女のこうした発言には同意できない。私は、彼女が、自分のキャリアや経歴を高めるための手段として、夫や子供を利用しているような印象を受ける。彼女は、家族との関係に対して冷たい態度をもっているような気がする。こうした理由により、彼女は適切なロールモデル(模範的な役割)ではないと考える。

先ほど述べたとおり、女性に対して望ましい政策を実施し、ワークライフ・バランスを促進する女性大統領が誕生することを希望している。しかし、これまでは、落胆する部分のほうが多いので、女性大統領が誕生するかどうかわからない。その答えは、時間が経てばわかる。


学校の設立と教育プログラムの開講

背景
起業家をインタビューしている理由は二つあります。一つは、起業家の育成が日本経済の更なる成長に不可欠だと思うことです。起業家大国アメリカの起業活動、考えを紹介し、日本における起業活動を促進したいと思います。起業家にインタビューしている二つ目の理由は、個人的なものです。私も起業を目指しているので、これらの先駆者から成功のカギを訊き出したいと思っています。

私の起業計画はいくつかの部分から成り立っている大規模なものです。その最初の一歩として、来年、Play-Ed(遊びながら学ぶことを示唆するPlayful-Education )という教育プログラムを米国でスタートします。

共働きやシングル・マザーの多いアメリカでは、放課後のプログラムが多いのですが、将来の所得の基盤となるデジタル・スキルを教えるものはそれほど多くありません。そのため、これらのスキルとS.T.E.M.(Science, Technology, Engineering and Math)または異文化コミュニケーションの知識、能力を伸ばすために、米国のフロリダ州タンパ市で、教育プログラム(課外授業、放課後授業)をスタートしたいと思います。学校を建設する予定地は以下にリンクされますので、ご覧ください。

2016年の夏は、この設備を利用し、1週間の外国人向けの研修を開催する予定です。

1.アメリカの大学、MBA(経営大学院)プログラムの申し込み方、インタビュー(面接)、受験対策
2.コーディング(プログラミング)と英語の「二つのグローバルな言語」
3.セールス・プレゼンテーション

全ての研修は私(教育学博士、MBA)が指導し、マンツーマンのコーチングにもとづき指導します。授業のほかにも、異文化交流や、ディズニーランドなどのような観光も計画しています。

詳細は、私までに直接ご連絡ください。





電子書籍


私と協力者の杉本氏がキンドルで「ノーベル経済学賞受賞者などアメリカの超一流経済・経営学者は今の日本をどのように見ているの」を発行しました。この一冊はこのブログに掲載されたインタビューの抜粋の完全版を紹介します。

つまり、米国の経済学、経営学の13人の「知の巨人」のインタビュー本です。ノーベル経済学賞受賞者など、米国の超一流の経済学や経営戦略の研究者を対象に実施した長時間独占インタビューの内容を紹介しています。ワールドクラスの研究者たちに、最先端の理論にくわえ、現在の日本経済、日本企業に対してどのような考えをもっているのか、日本が競争力を取り戻すための処方箋を、率直に語ってもらいました。 
 
マーケットデザイン(市場設計)、バリューネット、補完的生産関係、一時的競争優位、情報通信産業、マイクロファイナンス、デザイン思考、チーミング、学習する組織、クチコミマーケティング、ビッグデータ、行動経済学、インセンティブなどの最先端のテーマをわかりやすく解説してくれます。 

  
インタビューした研究者は次の13人です。 
スタンフォード大学のアルヴィン・ロス(Alvin Roth)博士(ノーベル経済学賞受賞)。イェール大学のバリー・ネイルバフ(Barry Nalebuff)博士。コロンビア大学のリタ・マクグラス(Rita McGrath)博士。ペンシルベニア大学のマイケル・シンキンソン(Michael Sinkinson)博士。イェール大学のロドリゴ・カナレス(Rodrigo Canales)博士。ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン(Amy Edmonson)博士。バージニア大学のジーン・リエトカ(Jeanne Liedtka)博士。南カリフォルニア大学のナサナエル・ファスト(Nathanael Fast)博士。ハーバード大学のテレサ・アマビール(Teresa Amabile)博士。シカゴ大学のニコラス・エプリー(Nicholas Epley)博士。ペンシルベニア大学のジョーナ・バーガー(Jonah Berger)博士。スタンフォード大学のハリケシュ・ネール(Harikesh Nair)博士。カリフォルニア大学のウリ・グニージィー(Uri Gneezy)博士。 
  
アメリカの著名ビジネススクールからの最先端のレクチャーを存分に楽しんでください。読者の皆さんの仕事やプライベートの両面で、きっと役立つ大きな発見があることでしょう。

ジョセフ・ガブリエラ


2015年10月25日日曜日

2015-10-25 - マス・カスタマイゼーションの先端技術を活かし、オンラインで芸術家の作品を世界に販売!






アナスタシア・レング

「ハッチ」(Hatch)の共同創業者。同社はカスタムメイドの日用デザイン用品(デザイナー商品、アクセサリー、キッチングッズなど)を専門的に取り扱うネット上のマーケットプレイスを運営する。「ハッチ」を創業する前には、5年以上、グーグルに勤務する。グーグルの本社(マウンテンビュー)で、プロダクト・マーケティング・マネージャーとして活躍。Google VoiceGoogle ChromeGoogle Walletなどの技術開発の初期段階にも関与。ペンシルベニア大学卒。大学では心理学、社会学、フランス語の3つを専攻。アメリカに移って来る前に、ロシア、ベトナム、バーレーン、ハンガリー、フランスなどにも居住。


1.      私(ガブリエラ)の母校であるペンシルバニア大学(PEN)で、心理学を専攻したのち、あなたはグーグル社の新規ベンチャー事業部門に勤務しました。そこで、新規企業のプログラムの実施や新製品開発に関与しました。そのような仕事に5年携わったのち現在の「ハッチ」(Hatch)となる企業を立ち上げました。このようなキャリアは計画したものですか。あるいは、起業家になるという願望が、大学での専攻やグーグルでの経験をきっかけにして、徐々に大きくなったのですか?

明らかに私のキャリアの展開は計画したものではない。グーグルで、自分が初期段階のプロジェクトや製品に興味を示す性格であることを悟った。既存のプロジェクトで前任者の仕事を引き継ぐのではなく、計画図がないようなまったく新規のプロジェクトに携わるのが好きだ。私が持っている起業家精神は、グーグルに影響を受けていると思う。グーグルでの最後のプロジェクトは、世界を視野に入れた起業家支援のためのセンターを立ち上げることだった。そこでは、南アフリカのアクセラレーター(新規企業の立ち上げのための支援組織)からスタートして、通称「キャンパス」と呼ばれるロンドンの中心的な拠点の設立で頂点を極めた。その仕事に携わる過程で、企業を新規に立ち上げ、また、ゼロから事業を構築するような素晴らしい志をもった人々と会うことができた。私は、彼らを通じて「起業家病」に感染したのだと思う。



2.       御社のビジネス・モデルと事業運営について説明してください。具体的に、どのように利益をあげているのですか。サプライチェーンはどのようになっていますか。御社に似ているという意味で、競合企業はどこですか。アマゾンのような大規模な小売企業は脅威だと考えますか。競業他社とどのような点が異なっていますか。競業他社に対して、具体的にどのような競争優位を有していますか。

当社ハッチとはどのような企業か、当社のビジョンは何か、その背景を説明することから始めたい。当社のビジョンは、インタラクティブ(双方向)で、カスタマイズ化されたショピングの経験を中心に展開している。そうしたショッピング経験は、顧客が、自分の嗜好を取り込んだ商品を作り出すために詳細を調整できるというものだ。こうしたアイデアの起源は、次のような自分の認識にもとづいている。すべてのショッピング経験を通して、顧客は、あなたが購入したいと検討する商品に関して、イエスかノーの二者択一の決定をしなければならないということだ。

ハッチは、こうした限界を超越する仕組みを提供している。それを可能にするため、当社は、次のような人々と提携している。工芸品作者、工芸会社、芸術家。こうした人々は、自分たちのデザインに顧客の個性や希望を取り込むことにより、(通常商品に比べ)2倍の差別化(もともとのデザイン性に、顧客の個性・希望を取り込むという意味で)に伴う優位性を生み出している。ハッチで特集される商品のすべてが、顧客の嗜好によって決定される最終商品に向けての出発点になっている。顧客は、その商品に自分の個性を反映させるために、材料、色、サイズ、形を変更することができる。

当社の事業に最も類似した競合企業はどこかという質問に対する一般的な答えを示そう。当社は、あらゆるオンライン販売企業と競争している。なぜなら、顧客がオンラインで買い物をするとき、「私はこのオーダーメイドの商品がほしい」と考えているのではなく、「私はこの商品がほしい。私は、この商品を、私の希望にピッタリ合った商品を提供する企業から購入する」と考えている。そうした意味において、当社は、アマゾン社を含めすべてのオンライン販売企業と競合している。

ミクロ(微視的)の規模では、ハンドメイド商品の総合的なマーケットプレイスであるetsy.com(エッツィー)が評価を得ている。しかし、当社にとって、「ハンドメイド」(手作り)という点は、差別化のポイントになっているのではない。当社の関心は、メーカーが提供できる個性化とオーダーメイド(カスタマイズ)とそのメーカーの質にある。その意味で、当社は、より「精選」されたマーケットプレイスである。当社のサイトで販売が許可される前に、すべての商品は注意深く調査される。当社は、競合他社のサイトでは手に入れることができない商品と顧客エクスペリエンス(経験)を追求している。



3.      御社の組織文化はどのようなものですか?

当社の企業文化は、とても楽しい文化だと表現できる。社員はよく笑う。社員同士は、家族のように親密だ。社員はお互い、純粋に好きだと思っている。ビジネスの多くの課題については、意見が一致せずに議論する場合もあるが、そうしたディスカッションを一緒にやることにも社員は楽しみを見出している。社員全員で、1週間に1度運動し、シェイプアップするという新年に設定した目標を達成するために努力している。数人のメンバーで読書クラブも作って、月に1度集まって、ワインを楽しみながら本について語り合っている。私は、個人的に、当社のチームの各メンバーに親近感をもっている。このチームを構成するメンバーがいなければ、当社は現在のような形になっていなかっただろう。彼ら(社員)は、私や当社にとって素晴らしいチームだ。

当社が成長しても、現在の企業文化を維持したいと思っている。当社の価値観を共有できず、企業文化にうまく適合できず、当社を去らなければならなかった社員もいた。一方、現在在籍する社員たちは、当社のビジョンを信奉してくれている。もちろん、企業は、典型的に成長するにしたがって、官僚化していくものだ。そうした進化(官僚化)は避けることはできない。しかし、地に足がついた現実性、賢明さ、謙虚さ、勤勉さといった中心的な組織文化を維持することは不可能なことではない。



4.      グーグル社のCampus(キャンパス)と他の新規企業を支援することを目指す計画を教えてください。日本、あるいはアジアにおいて、グーグルは新規企業の支援のためにどのようなことを実施していますか。

アジアにおいて、グーグルが新規企業のためにどのような活動を行っているのか、私はよく知らない。私がグーグル社にいたころ、同社には起業活動や新規起業の支援活動を開発するためにアジアを拠点とする社員がいたことは覚えている。しかし、そうした活動が現実化する前に私は退社した。

キャンパス・モデルは、よく知っている。これは、ある都市で、ハブ(拠点)を作り出し、起業をする際に必要となるすべての資源にアクセスできるようにする仕組みだ。同じビルの中で、起業家は、メンター(指導者)を見つけ、作業スペースを確保でき、他の情熱的な起業家と一緒にコミュニティーを形成できる。くわえて、法律問題から会計問題のすべてに関して相談できるサービスも利用できる。ロンドンのキャンパス・モデルは実際にスタートし、そのハブ(拠点)は成功例として評価された。同様のキャンパス・モデルは、(イスラエルの)テルアビブ、チェコ共和国、さらに、正確に思い出せないが、最低もうひとつの都市に存在していたと思う。

グーグルは、新規企業に対してかなりの程度深く関与していると思う。事実、「起業家のためのグーグル」と呼ばれるチームを作った。そのチームは、メアリー・ヒミンクール(Mary Himinkool)に率いられていた。私は、グーグルで彼女と一緒に働いた。聡明な女性だった。そのチームは、米国以外の国で起業活動を発展させることに積極的に関与していた。特に、起業家になることが困難な国の起業家(予備軍)を新規起業の世界に導く手法を検討していた。そうした国では、新規の起業はアメリカほど羨望の眼差しで見られることはない。グーグルのチームは、起業家を、新規企業を立ち上げるという長くて困難な道に導くことを支援する手法の開発に取り組んでいた。特に、技術産業で典型的に不足している創業者の育成に焦点を当てていた。



5.      ハッチを創業し、現在運営していくうえで、あなたは、グーグルで学んだスキル、経営資源、教訓のうちどのような能力・経験を活用していますか?ハッチを創業して以来、どのような教訓を得ていますか?

グーグルは信じられないほど賢明で、優秀で素晴らしい実績をもった人々が集まった企業だが、私が学んだ最も重要な教訓は、ソフト・スキル(対人交渉力)がどれほど重要であるかという点だ。グーグルの社内で個人的に成長し成功することに最も密接に関係している要素は次のものだ。他の社員と関係性を構築すること、チームを率いること。こうしたソフト・スキルは、教科書では決して学ぶことはできない。

私はハッチの運営にあたって、この教訓をしっかり心に留めている。これまでの「小さな勝利」、たとえば、投資家に資金を提供してもらったり、チームを組成したりしたことを考えると、それらは、データや商品ではなく主として人によってもたらされたものだと判断できる。ハッチに参加しているすべての従業員は、入社にあたって給料が減額になっていると思う。当社のすべての社員は、優秀で合理的な人間だ。正直に、そして、透明な方法で他の社員と交流し、同じ目標を共有する。そうした機会が、当社の社員の動機付けになり、当社が達成したすべての実績につながっている。くわえて、グーグルではリーダーシップの多様なスタイルを学ぶ機会も得た。そのため、私は自分のリーダーシップのスタイルを作り上げるために、「いいとこ取り」ができる。

絶対的に何でもできるときに、優先順位をつけなければならない厳格な状況に自分をさらすことほど、有益な経験はない。それがハッチで学んだ教訓だ。その作業は、データと直感との間の絶え間ない戦いのようなものだ。その2つの要素の正しいバランスのための公式は存在しない。したがって、自分自身の公式を研ぎ澄ます必要がある。グーグルでは、もしあなたが何かができない(何かをしない)場合は、その代わりをしてくれる人間が絶対にいる。くわえて、グーグルには、社員が何をしているのかを示す明確な計画図がある。対照的に、ハッチでは、進むべき道は固定されておらず、何でもできる。自分たちがやりたいことに対するビジョンを作成する。それを現実性のある戦術と結びつけ、達成する必要のあるものを決定し、冷静に優先順位を決める。それが、ハッチでの教訓であり、スキルであり、私が次に進むべきときは、これらとともに前進する。



6.      コンピューターのプログラミングとウェッブデザインは、御社のビジネスの中心だと考えられます。運用面でどのような技術的な困難に遭遇しましたか?そうした困難にどのように対応していますか。

創業者として、私は、十分迅速に対応できていると考えたことはない。当社のエンジニアはとても優秀であり、驚くべき業績を生み出している。しかし、当社は、ボリュームがとても多い計画表をもっている。それには、当社が達成したいと思っているおびただしい項目がリスト化されている。したがって、どんなに迅速に当社が対応しているとしても、常に当社のビジネスのスピードは十分ではないと感じている。

ハッチを創業し、投資資金を獲得したとき、当社のすべての指標は「数字」だった。成長を数字で示すことが必要不可欠だった。そうした関心により、考えられるEコマースの手法をすべて実施し、サイト訪問者の顧客転換率を高めるための方策はすべて行った。そうした方策を実施する過程において、当社は、自社の強み(ユニークさ)や競合他社と差別化している微妙な差異を見失うことになった。様々な手法で最適化できた月末は、確かに、収入や顧客転換率は向上した。一方で、ハッチがEコマースの競合他社とどのように差異化されているのかは不明確になっていた。ハッチは、競合他社のサイトと同じようになっていた。

2014年末と今年(2015年)の始めから、次の4半期を使って、自社の本来あるべき姿の土台を構築するための方策を実施することを決定した。その方策には、当社を差異化するための人材や当社の土台のためのデザインも含まれている。当社の創業以来、初めてブランドの構築ということを検討している。それには、デザイン、戦略やマーケティングの実施が含まれている。デザイン、エンジニアリング、戦略の各要素が密接に絡み合っている。



7.      Eコマースにおけるオーダーメイド時代の到来」というあなたのスピーチで、投資家からの垂直的統合のプレッシャーに効果的に対抗したと述べています。その理由は、御社のサイトでの購入の90%が異なった商品カテゴリーを対象にしているというものでした。あなたは明らかにデータに依拠した意思決定をしています。ビッグデータ時代において、あなたは、必要な情報の内容と情報量をどのように決定しますか。そうした情報をどのように集め、分析し、最終的に意思決定のプロセスに反映させますか。

正直に言えば、そうした課題と格闘し続けている。明らかに、私は、多くのデータを検討する。しかし、前述したとおり、企業としての当社の本来の姿を知り、ブランドの柱を決定することが、2015年に入った今、当社にとってとても重要な課題だ。このように、当社は、自社の信じる価値を反映しないような会社になるために、データを最適化するようなリスクは冒さない。データのみを重視するようなリスクを冒せば、企業はビジョンや哲学を反映しないように感じられるかもしれない。この場合、バランスを維持することは、繊細で扱いにくい。顧客が、その企業(あるいは商品)は自分たちが求めているものではないと示唆するとき、自分が考えているアイデアを反映する企業を作り上げる意味はない。そのように起業はできない。しかし、自分の信念や価値観を完全に捨て去れば、最終的に万能サイズの商品を作ることになってしまう。そうした商品は、どんな顧客にとっても高い価値をもつものではない。そして、顧客が自分の個性を見出せるものでもなく、感情的に親近感を感じるものでもないし、顧客がその商品の熱烈な信奉者になるものでもない。私は、現時点で、あなたの質問に対して正確な回答ができない。なぜなら、依然として、正しいバランスが何かを追求している段階だからだ。



8.      女性であることがあなたのビジネスにどのような影響を与えていると思いますか。有利な点は何ですか。また、不利な点は何ですか。

それは、まさに論争を招く質問だ。ある意味で、有利、不利な点は、両刃の剣である。男性の創業者よりも女性の創業者のほうが少ない。最新の統計によれば、女性の創業者はベンチャー資金に依拠した創業者全体の3%にすぎないと思う。一方で、私はマイノリティー(社会的少数者)に属する。ベンチャー企業のなかには、私のような人間や他の女性を探し出すために努力をする企業もある。

ベンチャーキャピタルに対する私の理解から、ビジネスというものは高いレベルで、パターン認識に依存しているという示唆を得ている。もう少し具体的に説明しよう。企業は、過去の成功において観察できた特徴に注意を払う。そして、そうした特徴により将来的な機会の可能性をふるいにかけている。そのような成功の特徴のいくつかは人間に関係しており、投資家は、ある一定の特徴をもった創業者を探している。過去の創業者のほとんどが男性だったことにより、女性の起業家が出現すると、こうしたパターン認識によるアプローチは機能不全に陥ってしまう。

いくつかの論文は、次のことを示唆している。投資家は、男性的な特性をもっている女性の起業家に資金を提供する傾向がある。私はそうした発見は部分的に正しいと思っている。もちろん、それに対して不平をいうつもりもない。当社の場合、ここまで成長できてとても幸運だと思う。ときどき、仕事部屋に私一人しか女性がいないのは不利だと感じることがある。ときに、私は、男性だったら絶対に聞かれないような質問を受ける場合もある。したがって、ベンチャーキャピタルとのミーティングの際には、女性らしい服装は着ない。たとえばスカートやドレスは着用しない。そして、メガネをかける。なぜなら、私の行動(外見を含む)のすべてがビジネス的な洞察力やプロフェッショナル性を伝えるからだ。私がこうした行動をとるのは、部分的ではあるが、友人である女性起業家から聞いた経験に基づいている。

それから、ニューヨークの女性創業者のコミュニティーの親密な文化はプラスの点としてあげられる。事業をスタートし成長させている素晴らしい女性たちと話をする機会をもてる。良い経験と悪い経験に対して、私たちはオープンな態度をとる傾向があり、お互いを助け合うネットワークを構築している。ハッチのチームでは、私は3人の女性と3人の男性と一緒に働いている。



9.      ご存知かもしれませんが、リスク回避的な文化をもつアジア、特に日本では、起業は相対的に少ないです。起業を考えている人、特に、女性に対して、どのような助言をしますか。

これは難しい質問だ。というのは、ある国の文化的な環境に抵抗することは難しいからだ。強力な支援ネットワークにアクセスしやすくなれば、状況は少しばかり改善されるかもしれない。私の助言は、志をもって起業を考えている人は、自分が希望することを実践している人々を探し出し、そうした人たちに「糊」のようにくっついているというものだ。たとえば、無給のインターンシップをやる。実際、私は高校や大学のときにそういうインターンシップをたくさんやった。そして、そうした起業家につきまとう。たとえ、あなたが高校2年生になる前の夏を、こうした起業家にコーヒーを出すことにすべて費やしたとしても、それを薦めたい。あなたがそうなりたいと思う起業家の近くにいることで、どれだけのことを学び、吸収できるか、その経験、知識に驚くことになるだろう。


起業活動をあまり評価しない諸国では、起業家活動を奨励し賞賛するようなサブカルチャーに参加することが大きな違いを生む。それは、実際に起業するか、しないかにかかわらない。さらに、あなたがリスクをとるなら、あなたは自分の計画に固執する可能性が高くなる。なぜなら、あなた自身が、起業という同じ旅で奮闘している人々に囲まれることになるからだ。