2015年9月24日木曜日

2015-09-25 UoPeopleの仮想の大学授業が本物の教育だ。






President Shai Reshef
シャイ・レシェフ

University of the People(人民大学)創業者兼学長。同大学は、世界初の授業料無料のオンライン大学として脚光を浴びている。彼のTEDトークでのスピーチ動画は200万人以上のアクセスを記録し世界的に注目されている。テルアビブ大学卒。ミシガン州立大学大学院修了(中国政治専攻)。彼は、20年以上の国際教育ビジネス業界での輝かしい経歴をもつ。米カリフォルニア州パサディナ在住。





. 個人的なプロフィール、学歴、職歴などを簡単に教えてください。大学院で中国政治を学ばれていますが、その動機は何だったのですか。アジアの政治とあなたの教育への情熱はどのように関係しているのですか。

私は、ミシガン州立大学の中国政治・歴史プログラムで、アジア文化について学んだ。こうした学問が、現在の私の仕事に直接関係しているかどうか定かではない。しかし、中国、特に近代中国の歴史を学ぶことを通じて、人々の行動と努力がどのように物事を変えるのか、強く意識することにつながった。

私は、営利目的の教育業界で20年働いた。他の多くの成果にくわえて、ヨーロッパで最初のオンライン大学を設立した。そのとき、オンライン学習がどのくらいパワフルなものなのかを目撃した。世界中から生徒が参加した。彼らは、家にいながら勉強できた。仕事を続けながら、レベルの高いヨーロッパの教育を受けることができた。同時に、オンラインで学位を取得することは、多くの人たちにとって「希望的な期待」以外の何ものでもないということも悟った。なぜなら、多くの人々にとって、そうしたオンラインプログラムの授業料は高く、それを負担する余裕などなかったからだ。

最終的に、私はその事業を売却し、半分引退生活に入った。直後に、やはり仕事を続けたいと思った。しかし、今までと同じような仕事を続けようとは考えなかった。私は財産もあり恵まれている。したがって、今度は社会にそれを還元するときだ。それを自分が得意な教育の分野で行いたい。教育業界については知り尽くしている。でも、それ以上に重要なことは、人を教育するとき、あなたはその個人の人生を変えることができる。そして、最終的に、人を通じて世界を変えることができる。世界に対して、何かのインパクトを与えたいと思った。そして、それが可能になるのは、教育を通じてのみだと考えた。

周りを見渡すと、私が開発したオンラインプログラムの費用を高くしていたすべての資源が、現在無料で利用できることに気がついた。オープンソースの技術、無料のオンライン資源、そして、人々が情報を共有しあったり、教え合ったあり、情報を公開し合ったりするインターネットの文化。この時点で、私にとって必要なことは、これらの資源をまとめることだと気づいた。その結果が、「The University of the People」(以下、UoPeopleという)だ。



2. 高等教育に対して普遍的なアクセスを提供するというアイデアをどのように発送したのですか。世界は、地球温暖化から飢餓、環境汚染にまでおよぶ多くの問題を抱えていますが、あなたはどうして特に教育問題に関心を持っているのですか。

先ほど述べたように、人々に教育を与えれば、彼・彼女らの人生だけでなく、世界を変えることができる。それが、私が教育に関心を持つ第一の理由である。そして、その分野は私が一番よく知っている分野でもあった。



3. あなたは20091月にUoPeople(直訳:人民大学)をスタートしました。最初の組織はどのようなものでしたか。それ以降、どのように組織は発展しましたか。これから、5年後の姿をどのように予想しますか。より具体的にいえば、どのような指標で成功の程度を評価しますか?

UoPeopleのアイデアは、世界における教育問題に対して真剣に考慮したなかから生まれた。同時に、授業料が無料のオンラインの大学を作り出すために必要な資源が現在利用可能であると自覚したことにも由来する。ドイツのミュンヘンの「ヴェルデ」(Verde)という名称の会議で私はこの大学の創立を発表した。そのとき、私のチームには3人のメンバーが参加していた。ニューヨーク・タイムズ紙はその発表の翌日、UoPeopleの関する記事を掲載した。それに反応して、私のところに何百人もの人々から電子メールが寄せられた。電子メールをくれた人々のなかには、支援を希望する大学教授たちも含まれていた。UoPeopleは、こうした人々を、コース(授業)やインフラの構築のために役員会に受け入れてスタートした。私たちは、当大学の内容や登録方法をPRするためにウェッブサイトを立ち上げた。また、実際に学生を指導するためのポータルサイトも別途整備した。この段階で、世界中の人々がUoPeopleのプロジェクトに関わってくれた。その結果、20096月には、学生入学手続きを開始し、同年9月にはオンラインの授業をスタートした。そこにいたるまで、UoPeopleの創立から9ヶ月しか経過していなかった。大学スタートまでのこうした業務はボランティアによって遂行された。


現在、大学は、少人数の幹部(有給)のもと、3,000名のボランティアによって運営されている。私と同様に総長は無給である。副総長は有給のスタッフだ。学部長はボランティアで、学務を担当する副総長は有給の職員だ。同様に、財務部長は有給だが、CFO(最高財務責任者)はボランティアだ。当大学は、次の2つの理由で、こうした組織を組成している。当大学は多くのボランティアの人々に依存しているため、その人たちの時間を効率的に活用したいという希望をもっている。大学の多くの教授は「お役所仕事」に対応するために多大な時間を浪費している。そのため、当大学は、有給のスタッフを活用して、教授たちの負担を取り除いた。このように、ボランティアの教員は、最も大切な自分たちの「教える」というスキルに集中できる。これが第1の理由だ。第2の理由は、仮に、ボランティアが他の優先事項や理由により職務を継続できない場合に対応するためだ。その場合、適任者を見つけるまで、その仕事を担当できる代役がいることになる。

当大学はすでにいくつかのマイルストーン(里程標)を通過している。現在、170を超える諸国から2,000人以上の学生を受け入れている。それにくわえ、今年、(学位授与ができっる)認可を受けた。この認可は、当大学のプログラムが高品質の教育を提供していることの証拠となる。その結果、学生が卒業後、いい職を見つけやすくなる。同時に、この認可により、学生は他の大学で上位の学位を取得することも可能となる。次に目指している里程標は、財務的なサステナビリティー(持続可能性)を確保することだ。UoPeopleの授業料は無料だが、学生が受験する(修了)試験に関しては100ドル/試験の受験料を支払うことになっている。学士の学位を取得するためには、10年間に40科目の試験に合格しなければならない。試験料を支払うことができない学生には、様々な奨学金を貸与している。なぜなら、当大学の使命には、いかなる学生も金銭的な理由によって学業が遅れないようにすることが含まれているからだ。同時に、大学は試験ごとに100ドルを受領する。その100ドルは学生から直接支払われるか、あるいは奨学金から支払われることになる。もし、2016年までに4,000名の学生の受け入れ目標を達成した場合、当大学は財務的な持続可能性を維持できるようになる。

UNESCO (国際連合教育科学文化機関)によれば、2025年までに、世界で9,800万人を超える個人が大学に進学できない。なぜなら、それに見合う定員に空きがないからだ。UoPeopleは、大学進学が難しい、こうした個人にどのように対応すべきかを示す、ひとつのモデルとなっている。当大学で可能なことは、他の大学でも可能だということを意味する。発展途上国は、教育需要に対応しないままで資源を使ってしまうような、大学(施設を含む)を設立するかわりに、オンライン大学を創設できる。UoPeopleの使命は、この9,800万人の需要に対応することだといってよい。仮に、他の大学や国々がオンライン大学のプロジェクトに参加しない場合、当大学はこの使命を達成するまで成長し続けるだろう。



4. 大学設立以降、カリキュラムはどのように発展してきましたか。コンピューター科学、MBA(経営学修士)、MPA(行政修士)、JD(法学博士)などの大学院、職務大学院課程を提供する計画は現在ありますか?

当大学では、健康科学の学士号の教育課程を創設しようとしている。たとえは、最近のエボラ出血熱の感染拡大を見ると、多くの発展途上国においてこの科目は緊急の必要があることを認識した。このため、健康科学は次の学科になるだろう。さらに修士課程を創設すべき分野について検討しており、近いうちに、修士課程を創設することになるだろう。



5. UoPeopleを創設するまえに、あなたは教育関係の営利企業で働いていました。現在のUoPeopleと比較して、営利と非営利の大きな相違は何だと思いますか。誰もが参加できる高等教育を提供するという使命は、営利型のビジネスモデルのほうが容易に達成できるのではないでしょうか。

UoPeopleは、営利企業と同じように運営されている。当大学は事業計画と事業目標をもち、月次ベースで業績を評価している。日常の業務という点では、他のビジネスとまったく同じ原理で運営されている。私は、営利企業の出身なので、いかなる組織であれ計画と目標が必要だと信じている。もちろん、個人も計画と目標が必要である。そうした計画と目標は綿密かつ定期的に評価される必要がある。

そうしたことを前提として、いくつかの相違点を述べよう。第1に、非営利ということで、そうでなければ絶対不可能のような多くの優秀な人材がUoPeopleを支援してくれている。学長委員会の長は、米ニューヨーク大学の学長である。英国オックスフォード大学の副学長が、米国の教育省長官とともに、同じ学長委員会に参加してくれている。同様に、副学長はコロンビア大学からの人材だ。営利企業だったとしたら、こうした素晴らしい人材から協力を得ることは困難だろう。さらに、UoPeopleは、3,000名のボランティアからも支援を受けている。

一方、仮に営利組織なら資金調達は容易になるだろう。私は非営利モデルを選択した。なぜなら、多くの人々が営利目的の教育に懐疑的だからだ。当大学のアプローチ法はかなり異なっており、(既存の大学制度に対して)破壊的なため、人々はより懐疑的になることを想定していた。人々は、当大学が真剣ではなく、あるいは、たぶん隠れた事業意図があると考える可能性もあった。非営利組織を組成することにより、そうした問題を回避し、正当性を確保できた。それにより人々は支援してくれている。アメリカの営利目的型の大学の現在の状況をみると、そうした組織は批判を受けている。こうした点を考慮すると、私が営利目的の起業家でないこと(当大学が営利を目指す組織でないこと)を喜んでいる。非営利組織であることにより、私は自分の考えが正しいことを主張でき、私の使命をより迅速にそして容易に実現できる立場になった。



6. UoPeopleを創設するうえで、どのようなチャレンジに直面しましたか。それをどのように克服しましたか。

2つのチャレンジに直面した。先ほど述べたとおり、一つ目が資金調達であり、もうひとつが(人々の)懐疑的な態度である。果たして、授業料が無料の大学は、質を保証し、認可を得ることができ、持続可能性を維持して運営できるのか。最近、認可を取得できたことは、こうした障害を克服することに役立つと考えている。



7. あなたの大学の遠隔学習モデルで、どのように学習の指導が行われるのかを紹介してください。MOOCsMassive Online Open Courses = 大規模公開オンライン講座、ムークス)とCoursera(無料オンライン講義サイト、コーセラ)のようなオンライン教育との相違点は何ですか。こうした「競合相手」から、どのようなフィードバックや批評を受けていますか。

当大学は、MOOCsとはかなり性格が異なる。実際、私は、MOOCsの強い支持者である。第1に、実際、MOOCsは知識を世界中に広めるものであり、もちろん賞賛に値する貢献をしている。第2にスタンフォード大学、MIT、ハーバード大学を含む複数の著名大学がMOOCsを提供している。それはオンラインの教育サービスで、オンライン学習の有効性を保証している。私は、MOOCsを本当に評価し、敬意を表したいと思っている。MOOCsはオンライン教育の重要性を提示していると思う。しかし、仮にMOOCsを受講すると、1万人あるいは10万人、さらには20万人の他の受講生を含む「仮想教室」に出席することになる。一方、当大学では、クラスの人数は20名から30名程度である。当大学は「学生」対「学生」の学習メソッド(学生がお互いに教え合い、サポートし合う)を利用している。もちろん、コースは質問に答え、議論を監視する教師によって監督されている。さらに、学生にはその学生に合わせた形で教師から指導を受ける。こうした点が当大学の教授法の重要な要素となっている。

当大学のプログラムの受講生の性格も、MOOCsの典型的な受講生とは異なる。MOOCsCourseraの受講者の80%は既に他の学位を持っている。40%は学部卒である。さらに、修士やそれより高い学位をもっている者も40%いる。そして残りの20%のほとんどが現役の大学生である。MOOCsの受講生は高い学歴をもっているにもかかわらず、登録したコースを実際に完了するものは参加者の5%未満である。

MOOCsは、「持たざる者」に教育機会を与えることに成功していないという批判を受けてきた。MOOCsはむしろ、高等教育を受ける機会を持っていた人々にチャンスを与え、その結果、「持つ者」と「持たざる者」との格差が広がった。さらに先ほど指摘したとおり、高学歴をもっているにもかかわらず、MOOCsの最終的な修了者は5%にも満たない。一方、当大学の学生は、自然災害の被災や地域紛争という極度の困難を経験している。そうした障害にもかかわらず、登録者の95%がコースを修了している。その意味で、UoPeopleは正しい方向に歩んでいると確信している。

くわえて言えば、UoPeopleは、大学であり、オンラインのコースではない。他の大学と同じように、学生は入学を申請し入学許可を受け、カリキュラムに従い、最終試験に合格しなければならない。当大学は学位を授与する。一方、MOOCsは、いうなれば個別の授業である。MOOCsから学位を受けることはできない。当大学の教育モデルは、賞賛を受けることはあるが、批判を受けたことはない。



8. UoPeopleのパートナーには、国連、ニューヨーク大学、マイクロソフト社、ヒューレット・パッカード社などが含まれています。現在、国際的に、このような企業などと取り組んでいる共同プロジェクトがあれば教えてください。

ヒューレット・パカード社は資金とコンピューターを寄付してくれた。また、同社は、インターンシップ・プログラムを開発し、女性向けの奨学金も提供してくれている。当大学で勉強している間、奨学金を受けた女性たちは、同社の社員をメンター(助言者)としてもつ。アフリカでは、マイクロソフト社は、1,000名の学生に奨学金を提供している。これらの学生は、在学中にマイクロソフト技術認定試験を無料で受けることができる。学生は、同社の社員をメンターにもち、インターンシップを完了する。さらに、学生はプログラムを完了後、マイクロソフト社に就職するチャンスも提供される。先ほど述べたとおり、学長委員会の長はニューヨーク大学の人間で、すべての学科長もニューヨーク大学の人間だ。さらに、ニューヨーク大学の多くの教授がボランティアでUoPeopleで教えている。当大学の最優秀学生の何人かは、ニューヨーク大学に編入でき、その場合、全額支給の奨学金を受け取ることができる。



9. 経営管理学科では何名の学生がすでに卒業していますか?コンピューター科学の学科の卒業生の情報を教えてください(平均年齢、年齢範囲、性別、出身地域)。彼らは、どのような組織で働いていますか。

学生の年齢は、18歳〜66歳で、平均年齢は29歳だ。30%が女性、70%が男性だ(この男女比は、将来、バランスがよくなるように変えたいと思っている)。出身地は世界中といってよい。(米国28%、中南米14%、アフリカ33%、アジア10%、残りは欧州、オセアニアなどだ)。職業経験も広範囲のものとなっている。



10. UoPeopleで勉強したい日本人の学生がいるとします。その場合、英語は大きな障害になります。英語が母国語でない学生のために、オンラインの英語の授業を提供する計画はありますか。授業で使う言語を他の言語にも拡大する予定はありますか。

UoPeopleに入学するためには、学生は、TOEFLか類似の試験に合格しなければならない。そうした試験に合格していない学生には、9週間の英語の授業を受講してもらい、本来の授業を受講するための英語試験に合格してもらう。しかし、当大学は英語の言語大学ではない。したがって、英語ができない学生は、入学の申請をする前にどこかで英語を学ばなければならない。将来、経営資源の余裕ができたら、他の言語による授業の指導も検討するだろう。



11. 非営利団体や営利企業を創業したいという志を持っている人にどのようなアドバイスをしますか?両組織の設立に求められるスキルは異なっていますか?

どちらのケースでも、あなたは、やろうとしていることに情熱をもつ必要がある。明確なビジョンが必要だ。そして、あなたのビジネスの中心は何かを理解しなければならない。さらに、中心的ビジネスに関係がない活動で横道にそれることを避けなければならない。そして、最も重要な点は「決してあきらめない」ことだ。組織が非営利だろうが営利だろうが、この仕事は、長いマラソンのようなものだ。何が起ろうが、決してあきらめないことが重要だ。とにかく続けることで、やがて結果が見えてくる。



12. 仕事をしていないときには、どのような趣味を楽しんでいますか。

過去5年間、私は、UoPeopleの運営に深く関与している。この仕事をとても楽しんでいる。実際、もし何をするのが一番楽しいかと問われれば、「自分が今している大学の仕事」と答えるだろう。仕事をしていないときは、新しい人たちと会ったり、読書を楽しんでいる。くわえて、ランニングをすることも好きだ。ランニングは、私の瞑想方法だ。そうした瞑想は、自分の考えを明確にしてくれ、集中するのを助けてくれる。



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2015年8月25日火曜日

2015-08-25 どうして、人間はそういう行動をするのか?



Uri Gneezy Interview
ウリ・グニーズィー博士



カリフォルニア大学サンディエゴ校教授。オランダのティルバーグ大学で修士号と博士号を取得。シカゴ大学教授を歴任。彼の研究手法は、行動経済学を現実の世界に適応するものである。2013年に出版された『The Why Axis: Hidden Motives and the Undiscovered Economics of Everyday Life』(PublicAffairs、邦訳『その問題、経済学で解決できます。』(東洋経済新報社、2014年))は、日米ともに大きな注目を集めた。

最先端の行動経済学が解き明かす「どうして、人間はそういう行動をするのか?」


1.  あなたの研究は複数のトピックにおよんでいます。インセンティブ(動機付け)はいつどのように機能するのか。欺瞞(欺き)、競争心の男女差、行動経済学にもとづいた価格設定。あなたの研究の概観と主な発見を説明してください。

私の複数の研究に共通するテーマは何が人に行動を起こさせるか、つまりモチベーションは何かということだ。たとえば、インセンティブでいえば、インセンティブがどのような時に人の行動に負の影響を与え、どのような時に正の影響を与える、かそして、どのときに何も影響を与えないかを観察する。大部分のケースでは、インセンティブは何も影響を与えない。企業は社員にあらゆる種類のインセンティブを提供しているが、それらは社員の行動を変えることはできない。つまり、企業はインセンティブなどの供与を目的として、無駄に多額の資金を費やしている。

続いて、欺瞞のトピックに移ろう。私たちは、何が人に嘘をつかせるのかを考えることができる。この場合、お金がインセンティブである必要はない。権力もインセンティブになりうる。インセンティブが、人が嘘をつくことにどのような影響を与えるのか、私は興味をもっている。私たちの多くは、私がそう呼ぶ「嘘に対する嫌悪感」を経験する。私たちは、嘘をつかず、同じ内容の望んでいる結果が得られるなら、嘘をつきたいくない。けれども、多くの人が嘘をつくことに気付く。このため、そのような欺瞞の行為を起こすインセンティブについて理解することが重要だと私は思う。

同様に、ジェンダー(性差)に関する私の研究のすべてもインセンティブの影響力に重点を置く。特に、インセンティブに対する男女の反応がどのように異なるのかを分析している。競争的なインセンティブについての私たちの研究において、女性の反応のほうが男性よりも少ないことが分かっている。したがって、私たちが実施しているジェンダー研究もかなりの程度インセンティブに集中している。

追加質問: そもそも、何がきっかけで、インセンティブの問題に関心を持ったのですか。

とても幼いころから、なぜ人はそのようなことをやっているのか、いつも考えてきた。その行動の背後に隠れている動機は何なのだろうか。経済学の勉強をスタートする前から、何が人の行動の動機付けになっているかを理解することに関心を持っていた。私は、単にこの課題を面白いと思った。ときおり、私は自分の関心に苛立つことがある。たとえば、私が病院に行くときに、医者が私に何かを指導するときの医者の動機は何なのかと私は思いを巡らしてしまう。私は、インセンティブの質問に取り憑かれているが、それは楽しいことでもある。




2.  バーノン・スミス(Vernon Smith)博士が実験を利用して市場のバブルの形成を分析しました。また、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)博士がプロスペクト理論を開発しました。彼らの研究は、ノーベル賞を受賞したことで、行動経済学の応用を経済学の主流派へと押し上げました。あなたの研究は、これらの学者の研究とどのような関係にありますか。

バーノン・スミス、ダニエル・カーネマン、エイモス・トベルスキー(Amos Tversky)は、行動経済学の父たちである。この分野がまだあまり人気がなかったときに、彼らは自分たちの研究を開始した。彼らは先駆者であった。バーノン・スミス氏は主にオークション(競売)に集中した。彼は実験を「風洞」(ふうどう)と呼んだ。もしあなたが、人々がどのように行動するかを知りたいなら、あなたは実験を行う。私は、一般的にこの種の競売や市場実験を行わない。しかし、バーノン・スミスはこの分野の研究者が現在採用している方法論を確立した。たとえば、心理学の分野では「ごまかし」がよく利用されるが、私たちの研究において、参加者をだましてはならないと彼は示している。私たちは、実験の参加者に報酬を支払う。言い換えれば、私たちは人々が行う実際の選択を分析しているのだ。

カーネマンとトベルスキーは両方とも心理学者であった。その結果、彼らは、経済学の問題をみるうえで、異なった視点を持ち込んだ。彼らは、理論を構築してから、その後「風洞」のような実験を行い、いつ、どのように機能しているかを検討したわけではない。彼らの研究は、多くの意味で、意思決定の心理学であるといえる。彼らの発見の多くは、行動に関する心理学についてであった。また、人が犯す間違いについての研究もあった。彼らは、危険(リスク)の条件下における意思決定のより記述的な理論を開拓しようとしていた。

私の研究は、他の研究者のなかで、これらの先駆者の研究に基づいている意味で異なっている。くわえて、私は現実の世界における重要な現象を分析している。最近の私の研究のほとんどは企業を対象にしている。慈善団体が募金を集めたいときを例にとろう。その効果を高めるために、募金の依頼の仕方にどのような行動経済学的、心理学的な要素を折り込めばいいのか。企業が、より多くのユーザーに自社のウェッブ・サイトをフォローしてもらいたいとき、どのようなインセンティブを導入できるか。前に述べたように、すべてのインセンティブが同じ効果を生むわけではない。このため、インセンティブの心理学を理解すれば、それをより効果的に使えるのである。

スミス、カーネマン、トベルスキーが行った研究と私の研究との大きな違いは、私は企業またはその顧客の行動を理解するために、企業と連携している点にある。このように、現実の世界により近づくのが必ずしも良いわけではないが、現在、行動経済学の分野はこのような段階にあると私は思う。カーネマンとトベルスキーがフレーミングという概念を構想し、それがどのくらい重要なのかを示した。研究室の実験では、ある問題を、一つのフレーミング*とは異なる、対照的なフレーミングで提示すると、人々が異なった考え方をすることを容易に示すことができる。私の研究では、この概念を企業に適用し、選択肢のフレーミングを変化させることで、その効果があるかどうかを分析している。

*問題や質問の提示の仕方で、人間の意思決定が異なること



3. カーネマンとスミスがノーベル賞を受賞した2002年以来、行動科学の分野はどうように進化していますか。行動科学は、今後の1020年間で、どの方向に向かっていくと思いますか。その発展を主導していく若い学者は誰だと思いますか。

私たちは研究室を離れた。それは大きな意味も持っている。フィールド(現地)に出向き、より自然な環境で私たちの仮説を検証しようとしている。もちろん、もはや、研究室での実験を行っていないというわけではない。私はまだ実験を行っているが、一つのツール(道具)として利用している。現実世界に入ることは私たちが行っている重要なポイントだ。たとえば、私たちが現在分析している応用はアフリカの発展の分野に関係している。この分野の研究は面白くなると私は信じている。

今から20年後、行動経済学がもはや「主流派経済学」から区別されない時代が到来することを私は望んでいる。行動経済学は人に関する学問である。経済学者以外の人間と話せば、これらの人々は、行動経済学がもつ「異なる別の分野としての必要性」さえも理解していないようにみえる。経済学が、いったいどうしたら非行動的であることができるだろうか(そんなことはありえない)。私たちが行動経済学者であることは、他の経済学者が非行動経済学者でなければならない。これは、混乱させる説明だろう。

将来の教科書には行動経済学についての別の章がないことを望む。その代わりに、それぞれの章は経済の単純化した前提にもとづいたモデルを提示してから、これらの前提が当てはまらない場合に何が起こるか、行動経済学に基づいた説明があることを望んでいる「AB、またはC(の条件)が起こるときに予想できる結果がこれだ。なぜなら、人間の行動は、経済学が活用する単純モデルが示唆するものより複雑だからだ」

現在は創造性豊富なアイデアをもつ若い研究者が足りない。行動経済学の分野にはもっと若い研究者が必要である。この分野には優秀な研究者が数名いるが、スーパースターの名前は浮かばない。







4.  あなたの最新のベスト・セラー、『The Why Axis』(邦訳『その問題、経済学で解決できます。』)の主な主張をまとめながら、その概観を示してください。

私の本が日本でも人気があることを喜んでいる。この本では、私たちが人々の実際の行動を見て、モデル、理論、実験から洞察を導出しようとしている。私たちは、その洞察を現実の世界に持ち込み、実際に、どのように機能しているか検証している。行動経済学が一つのトピックだ。そして、現地実験がもう一つのトピックだ。私たちは単に推論を立てているではなく、理論を検証している。現地実験の有利な点は因果関係の理解を可能にすることである。

ある商品のネット上の販売価格を企業に変更してもらえば、その効果を観察できる。その場合、変化の効果を分離できる。ひとつのグループがある値段の特定の商品を検討し、他のグループが別の価格で検討したことを観察できる。そういったデータを利用して、需要関数が導き出せる。あなたの行動理論にもとづいて変化を生み出すとき、何が起こるかを実際に検証できる。この本が行動経済学と現地実験に関するものであることは確かだ。そこで、私たちは、人間の行動を理解し、同時に、推論を立てるのではなく実際に検証している。

私たちは次の理由によりこの本を執筆した。すなわち、あるアイデアに関して、直感に頼るのではなく、その考えを実際に検証することが重要であるというメッセージを企業に伝えたかったのだ。企業がインセンティブを設定するとき、頻繁に直感に頼っている。これらの企業は、現地実験から利益を得る可能性が高い。それにより効率も向上し、経費の削減も実現できるだろう。



5. 学術的な研究にくわえ、あなたは、企業が行動経済学的な原理を事業運営に応用することをサ
ポートするコンサルティング業務も行っています。具体的な例とその結果を示しながら、あなたのコ
ンサルタント業務について紹介してください。

私たちは、大手保険会社と連携して取り組んだ。その保険会社は、自社従業員にインフルエンザの予防接種や他の検査を受診してもらいたかった。インセンティブとして、その同社は、従業員に、1接種当たり10ドルを支払い、合計で1億ドル(100億円)をこのプログラムに費やした。私たちは、このインセンティブの効果を検証するために現地実験を行った。ある条件下で、あるグループに対して、従業員1人当たり予防接種や他の検査の5件まで、10ドルずつ支払った。もうひとつの条件下では、他のグループに対して、5つの検査をすべて完了すれば、インセンティブのお金を支払うと告げた。データを分析した結果、企業はインセンティブとして、私たちが名付けた「タダのお金」を費やしていたことが明らかになった。多くの社員は、お金をもらわなくても予防接種を受けたのである。もちろん、そうした社員は喜んでお金(インセンティブ)を受け取ったが、それが予防接種を受けた理由ではない。この場合、企業が5千万ドル(50億円)で、同じ目標を達成することを支援した。その結果、この保険会社は当初の経費の半分を節減できた。



6.  イスラエルで学部を卒業してから、あなたはオランダにあるティルバーグ大学で博士号を取得しました。つまり、教育のすべてはアメリカ以外で受けたことになります。ティルバーグ大学で受けた教育訓練はアメリカの大学が提供しているものとどのように異なりますか。また、類似点は何ですか。

あなたの最初の質問に答えれば、人生に起こる他の多くの出来事と同じように、私がオランダで博士号を取得したことは偶然だった。私は、イスラエルのテルアビブで育ったので、そこで学部を修了した。大学を卒業してから、オランダの仕事を引き受けた妻と一緒にオランダに引っ越した。私たち夫婦は、事前に慎重に設計した何らかの全体計画に従ったわけでない。

あなたの2番目の質問に答えると、オランダでの勉強は私の人生に大きな影響を与えた。アメリカの大学では、研究の方法としてひとつの方法論と考え方しか学ばない。アメリカの外、たとえば、欧州、アジア、他の国では経済問題に関する考え方はもっと多元的である。米国の大学のトレーニングの平均的なレベルは、他の国よりもはるかに高い。欧州の大学には、高度の能力をもった研究者は少ないものの、視点の多様性は評価できる。異なった思考方法があることは望ましい。伝統的な経済学の考え方の訓練を受けていない学者のほうが、想像性を容易に発揮できる余地がある。この意味では、私がアメリカの大学で教育を受けなかったことは幸運だった。もしアメリカで教育を受けていたら、もっと厳格な正統派経済学的な訓練を受けていただろう。それに若干洗脳されていたかもしれない。その場合、(現在の自分の手法のような)違う種類の研究を行うことは難しくなっただろう。

博士号の取得後、イスラエルに戻って、4年間、大学の教員を務めた。その後、2つの理由で、アメリカで研究者のキャリアを続けることに決めた。まず、経済学の研究分野では、アメリカがまだ重力の中心(王者)である。欧州で、もっと容易にキャリアを造り上げられようになってきているが、学者は他の国よりアメリカのほうがキャリアを構築しやすい。香港、日本、シンガポール、中国も発展しているが、米国がまだ経済学の中心である。私は、経済学のメジャーリーグに入りたいと希望したので、渡米したのである。2つ目の理由は純粋に経済的なものだ。イスラエルでの給料は私が望んだライフスタイルを許さなかったからだ。





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2015年7月25日土曜日

2015-07-25 実験がイノベーションの必要条件です!




ロドリゴ・カナレス博士

マイクロファイナンスとは何か?
イェール大学経営大学院 ロドリゴ・カナレス博士

実験がイノベーションの必要条件です!


イェール大学経営大学院准教授。組織行動論を担当。MIT博士(グローバル経済・経営、経済社会学)、MBA MIT)。『世界の経営大学院の40歳以下の最優秀教授40名』(2014年)に選ばれる。個人の経歴、職位、地位が既存の組織構造にどのような影響を与えるかを研究している。主な研究として、メキシコの麻薬戦争の組織的な影響の分析がある。


1. あなたはマイクロファイナンス (小規模金融)や社会事業の分野について、かなりの研究を行っています。何がきっかけで、比較的新しいこの分野にあなたの関心が向いているのですか。

まずマイクロファイナンス(貧困者向けの小口金融)は実際には新しい分野ではないということを述べて、回答を始めたい。マイクロファイナンスは1970年代から存在している。この分野に関してかなりの研究が行われてきているが、そのほとんどは経済学の視点からである。契約の構造、さらには歴史を通じて、どのようなインセンティブによって今まで、その効果を保っているのかを理解することが試みられた。したがって、経済的な現象として、マイクロファイナンスはそれほど新しくない。

私がマイクロファイナンスに関心をもったのは次のような理由による。マイクロファイナンスの契約の構造と動機についての研究が多いにもかかわらず、世界中のマイクロファイナンスの組織を実際に見渡せば、かなり異なる契約の構造をもっている。そして、その顧客とローン(貸し出し)担当者のインセンティブ構造も相当程度異なっていることが観察できる。それでも、なお、すべての組織が順調に業績にあげている。

私には、既存の多くの研究者が次の点を見逃しているように思えた。つまり、実質上、契約(の構造)が、マイクロファイナンスにおける世界中の多様性の大部分を説明しないにもかかわらず、研究対象がその点に集中していたということだ。驚いたことに、誰もマイクロファイナンスの組織的な側面あるいは組織構造を考察していなかった。この点はとても興味深い。なぜなら、マイクロファイナンスが、きわめて労働集約性の強い現象であり、また労働集約的なサービスであるからだ。こういう理由により、マイクロファイナンスに携わる組織のマイクロ力学は興味深く、複雑であるに違いないと考えた。それが、私をこの分野に引き付けた要素だった。

このように、誰も組織力学を考察していないという事実があった。それにくわえて、世界中で、マイクロファイナンスが、市場原理を通して貧困と戦う社会事業のモデルの例として認められる側面もある。私は、そうした考えに少し懐疑的だった。というのは、マイクロファイナンスが社会問題にどの程度の真の影響を与えていたかについて、かなり入り混じった結果を見ていたからである。この2つが、私がマイクロファイナンスの分野に関心をいだいた理由である。私は、なぜある組織が社会的影響を及ぼしているのか、理解しようと考えた。

2の動機として、どのような組織構造が、マイクロファイナンがうまく機能することを可能にするのかを理解したいと考えたことがあげられる。組織論の学者として、私はこの質問に関心を持っていた。くわえて、発展途上国に興味があり、開発問題のより良い解決法を見出すことに関心をもつ者として、最初に、マイクロファイナンスに注意を向けた。こうした初期の動機が、最終的に社会事業の他の形態への関心に結びついた。マイクロファイナンスの研究を通して、どの社会事業モデルでも必然的に直面する緊張関係や矛盾に気づき始めた。


2. 感動を呼んだあなたの最近のTEDトークで、経済理論を活かし、メキシコの麻薬カルテルが実際に洗練された社会事業であることを説明しました。私たちは、あなたの分析から、いかに米国などの国において麻薬の消費を減らすかについて、どのような教訓を得ることができますか。


それについて2つのことを言いたいと思う。最初に、私たちが造り上げてきた世界麻薬マーケットの構造の組織的な示唆を理解するために、私は、経済学の原理を適用するだけではなく、もっと広範な社会学な原理も適用している。私の説明を2つの部分に分解しよう。

TEDトークで私が議論したのは次の点である。この問題の中心に目を向ける、すなわち、世界の麻薬取引や麻薬関連の暴力の動的力学の背後にある真の要因は何かを考えるとき、私たちは常に、(麻薬の)供給の問題としてこの現象を攻撃することに気づく。そして、私たちは常に、麻薬犯罪者を批難し追求する。実際、問題は、麻薬市場が何十万ドルという市場であることにある。たとえば、米国の麻薬市場は巨大である。米国における麻薬への需要は膨大である。麻薬を配達するリスクを負う覚悟を持つ人が得られる収益を考えれば、次のような不可避的な結論に行き着く。すなわち、麻薬に対する需要がある限り、どんなにリスクが高い仕事でもそのリスクを負い、麻薬を配達するために何でもやる人間が常に存在するであろうということだ。

麻薬市場の大きさ、市場から得る収益、需要の回復力を考えれば、そうした事実を否定することは不可能だ。麻薬愛用者が麻薬の品質や価格の大幅の変動を受け入れ、その麻薬を使い続けている。その結果、たいへん魅力的な需要になっている。供給サイドがその需要を満たす道を見出していく。このため、いくら供給サイドを制限しようとしても、それを止めることはでいない。なぜなら、そこには需要がいつも存在するからだ。

この前提からスタートすれば、麻薬の供給を止めるために私たちが行っていることのすべてが道理に反していることになる。麻薬の供給を根絶することなどできない。さらに、麻薬の供給元を追求することが非合理であることだけでなく、追求することで、事態はさらに悪化していることを悟り始めている。なぜか?もし、麻薬密売人を追えば、そのうち何人かは逮捕できるのは明らかだ。しかし、もし密売人をさらに追えば追うほど、革命的な動態力学を生み出す。すなわち、この巨大マーケットにドラッグを供給する者として生き残った者は、最も冷酷で攻撃的になる。そして、世界中で追われるなかで生き残る、最も戦略的に複雑な組織になることを確かなものにしてしまう。

事実、麻薬の供給源を追求する私たちの戦略によって、ますます暴力的になるこれらの組織をつくりだしている。つまり、私たちは、最も冷酷で、そして最も洗練された(麻薬)組織のみが存続できる環境を造り上げてしまった。こうした組織が生き残りをかけて戦っていることには疑いの余地はない。なぜなら、私たちが何ら対処していない巨大な市場が存在するからだ。私たちが忌み嫌う問題の兆候、すなわち、私たちが嫌悪する麻薬密売人を追求するうえで、彼らの存在理由を無視することにより、状況をさらに悪化させている。まさに、この状況は薬物耐性菌を造り出しているがごとくだ。間違った病気に対して不適切なタイミングで抗生物質を使用することにより、最終的に超耐性菌を生み出だすことになる。これが問題の一部である。

経済学の需要原理を適用し、動機とその需要が引き起こす市場構造を分析することにより、私たちは問題を悪化させていることに気がついた。組織が生き残るためには、相当程度洗練されなければならないという環境を作り上げた。その結果、その組織は市場の需要を満すために物流や運送ネットワークを構築するための戦略を考え抜いた。それだけでなく、自分たちの組織の存在理由を正当化し、メキシコ国内や国際市場のなかで制度化するために、非常に洗練された戦略を展開した。彼らは、洗練されたPR活動やメディア・キャンペーンを開発し、メキシコ市場で彼らが行っていることを制度化しようとしている。そして、その過程で、彼らは、とても重要な手法を使って、政府機関としての権限を弱めることに成功した。私たちは、単に、これらの麻薬組織を弱体化することに失敗しているだけではなく、実際に、それらと戦うためにツールとして利用しようとしている政府機関の権限を弱めているのである。こうした状況は、私たちの心得違いの対処法によって生み出されている。そして、それは、この問題の根本原因を理解できていないことに起因するのだ。

この状況から何を学ぶべきかと問われたとしよう。第1に、私たちの解決策はうまく機能しない。それは状況を悪化させている。したがって、第2として、この問題の実相についての議論を完全に転換しなければならない。もちろん、私も何が真の解決策になるのか確実に分からない。私は、麻薬使用の合法化に賛成していないが、他方、反対しているわけでもない。私が提唱しているのは、麻薬の供給源の追及が単に非合理であるだけでなく、非生産的でもあることを認めなければならいということだ。そこで、この問題に対処するために、何ができるか、何をすべきかに関して率直な議論を行わなくてはならない。その議論は、麻薬に対する膨大な需要の存在とそれを減らすことに対する無力性を認めるところから始めなければならない。それが出発点だ。その時点で、すべてを合法化するが、人々の消費を制限する方法を検討することを決めるかもしれない。換言すれば、「すべての麻薬密売人を投獄しよう」というような単純な考えをやめた方がよい。なぜなら、それは絶対に不可能だからだ。

私たちは麻薬関係の暴力を私たちから離れた場所で起こっている現象として考える傾向がある。メキシコでは、お互いが対抗し合って麻薬犯罪者(組織)が存在する。仮定の話だが、自分が麻薬の使用者または使用者の友達であり、あるいは麻薬の使用を容認したら、もしくは政策を改めるために何もしていないなら、あなたがその問題の一部であることに気がついてほしい。そうした人たちはこの問題を悪化させている。私のTEDトークのひとつの目標は、私たちが方針を変えるために、もっと積極的に行動する必要があるという認識を引き起こすことであった。ここでいう「私」とは、「すべての人」という意味だ。なぜなら、私たちのすべてがこの問題の責任を負っているからだ。


3. あなたの研究業績書を読んだときに、2010年のあなたの論文である“From Buddha to the Boardroom: Leadership Education and the Four Pillars of Courageous Leadership Type”(「仏陀から重役会議室へ:リーダーシップ教育と勇敢なリーダーシップの4つの柱」)に目が留まりました。この論文は具体的に何についての論考ですか。仏教の原則を経営者教育に適用する着想をどこから得たのですか。

その論文タイトルは2から3つの異なった意味での「言葉の遊び」である。論文に紹介された考え方は、私たちがMIT(マサチューセッツ工科大学)のDalai Lama Center for Ethics and Transformative Values (倫理と変革の価値観のためのダライ・ラマ・センター、略してダライ・ラマ倫理センター)のために開発した変革的なリーダーシップに関する研修に由来している。私は、このセンターの運営委員会のメンバーである。倫理センターが設けている目標の一つは次のものだ。すなわち、リーダーがより倫理的で、価値観に導かれた、より多くの意思決定を行うことができるように、ツールと思考の枠組みを提供する教育研修を設計し、実施することだ。

もう一つの倫理センターの目標は、倫理や価値観に基づく研修を専門大学院に導入することである。具体的な大学院として、MBA(経営修士)、医学、法律(弁護士)と警察の教育課程などを想定している。その目標に向けた試行錯誤的な実験を通じて、倫理観や価値観に基づくリーダーシップに関する経営幹部向きの研修を設計することになった。この論文は、その研修を通じて導入を目指している4つの柱を議論している。「From Buddha to the Board room」(仏陀から重役会議室へ)という題名に関する質問であるが、研修自体は完全に世俗的で、非宗教的であるにもかかわらず、研修のなかで仏教からの手法を採用している。

ダライ・ラマ倫理センターの創設者兼センター長は、西洋でたいへん有意義な欧米教育を受けた実際の僧侶である。私自身も仏教の教えを実践しているので、多くの研修の内容は仏教の手法に依拠している。その中には、内省をするときに使う手法、参加者が自分の感情の状態を意識することを支援する方法、そして、周辺の人々との繋がりをもっと意識してもらうための方法、さらには、必要なときに、気軽に助けを求められるようになるために謙虚さを深める手法も含まれている。

論文のタイトルが言葉遊びであるもう一つの点を述べよう。この研修で発見できたより面白い点は、参加者を僧侶と、たとえばMBA学生の混成にすることで、とても強力な結果が生じたことである。これらの研修を実施した結果、僧侶の強みや弱みとアメリカのMBA学生の強みと弱みとの間に、とても面白い相補性が発見できた。私たちは、強みと弱みは殆ど完全に補完し合っていることに気づいた。僧侶はとても謙虚で、内観的であり、驚くほどの洞察を達成したが、そうした自分の考えを実践化することに苦労していた。「どうやって、この洞察を、今日実践できる行動に転換させればいいのか」という質問に彼らは悩んでいた。要約すれば、僧侶たちは、自分の洞察とリーダーシップを実践するための活動を構造化することに悪戦苦闘していた。 

一方で、MBA学生は正反対の問題に苦しんでいる。彼らは行動をとり、活動を組み立て、何かをやることが得意である。しかし、彼らは、内観と自分に対する洞察を結びつけることが非常に苦手である。MBA学生は、多くのことを(総合的に)見渡すように訓練されているので、この自分の心との接近に苦労する。僧侶とMBA学生を混ぜると、とても面白い方法で、お互いに補完できる。これらの研修は素晴らしい経験であり、論文のタイトルのもう一つの源泉ともなった。このように、私たちは、この研修に仏教の手法を折り込み、その過程で、いくつかの興味深い結果を得た。


4.      あなたは20128月のインタビューで、既存組織が変化を伴う革新に抗うのが自然だと述べています。組織と同じように、ある国々、特に日本は、とりわけ、動的かつ劇的な変化に抵抗する傾向が強いといえます。日本人も日本の組織も、リスクの高い機会の追求よりもリスクの低い現状維持を好みます。もちろん、日本は、アベノミクスの導入によって最近もたらされている僅かな改善も見受けられます。とはいえ、依然として長期化した不況という特徴をもつ「失われた20年」の悪影響に悩まされています。日本政府、日本企業、日本人が、経済の状況と、世界市場における日本の全体的な競争力を改善するために、より革新的になる必要があります。そうした日本に対して、あなたはどのような提案をしますか。

組織に関する私の授業は13回のセッションで構成されており、広い範囲のトピックをとりあげる。その授業のうちのひとつは実験と失敗についてである。私がそのセッションを行うとき、いつも学生に次のように話す。「この13回の授業の中で、1回のトピックしか皆さんの記憶に残らないかもしれないことを分かっている。私は、全ての講義を慎重に準備するが、皆さんはそのほとんどを忘れていくことを認識している。運がよければ、皆さんは一つのトピックは覚えている。その場合、皆さんに、実験と失敗の重要性についてこの授業を覚えておいて欲しい」。革新(イノベーション)に弾みをつけるうえで、実験と失敗がいかに重要かを把握さえすれば、イノベーションに関係するすべての課題に対応できるようになる。あなたは、より実験的になるように組織構造を発展させることができる。また、失敗をより受け入れやすくするために、どのような類型の組織文化を醸成する必要があるのかを理解できるようになる。

これらすべての意思決定は、革新を促進するうえで「実験と失敗の重要性」を深く受け入れることにより、なされる必要がある。その理由は、イノベーションとはそれ以前に試みられたことがないことをする取り組みという点にある。その結果、失敗するかどうか、を選択することは不可能となる。それ以前は誰もあなたが試みることをやったことがない。だから、あなたは失敗する。

このとき導き出される質問は、あなたがどのように失敗するかということだ。小規模で管理された方法で、前進できる基本的な何かを教えてくれ、速い進展を可能にしてくれる。そのような小規模の形で失敗するのか。あるいは、あなたが進展する能力を完全に阻むように、大規模な失敗をするのか。革新を追及する際に、失敗するかどうかの代わりに、どのように失敗するのかが唯一の選択肢だとしよう。ここでの教訓は、あなたは、可能な限り、何が効果的で何がそうでないかを把握できるような、小さくて、低コストの実験を設計すべきだということだ。

私は日本に詳しくないが、多くの日本人の学生を指導している。また、私の学生の多くはアジア人であり、私にはアジアで教えた豊富な経験もある。多くの国の文化と歴史において、そして特に日本では、立場がとても重視される印象を受けた。つまり、社会制度において、ヒエラルキー(上下関係)が大きな役割を果たしている。

同時に、「失敗することのコスト」がとても高いことにも気づいた。誰かが失敗すると、大騒ぎになる。また、失敗には深い羞恥心がともなう。この2つの要素が合わされば、人々は絶対に革新的な何かを試みたくない完璧な環境を造り上げてしまう。イノベーションは、一般的に、市場か消費者に近いところにいる、地位が低く、世界における問題をより詳しく認識している人々から生まれる。地位の高い人間は、一般的に「現実世界」から遠く離れているので、問題に対応し革新を可能にする洞察を得ることが困難な状況にある。

また、前述のとおりイノベーションは実験と失敗を要求する。ヒエラルキーと高い地位が中心的価値観であり、どんな失敗もとてもひどくて恥ずかしい行為だと見なされる社会システムの場合、革新に対して強力な抵抗力が発生する最適な条件が生まれる。

私なら、日本で、エンパワーメント(権限付与、権限委譲)を促進するだろう。私なら、役職(上下関係)に関係なく権限委譲をするだろう。そうすることで、(組織が)より実験的になることもできる。また、失敗の解釈を微調整するだろう。その組織では、失敗とは「(個人の私ではなく」私たちが失敗した」あるいは、「まあ、まだ成功していないが、この失敗からいくつかの重要な教訓を学んだ。次の実験に適用しよう」とどちらの解釈をしているか、だ。

失敗が許容されない組織では、社員は全てが完璧であることを確かなものにするために全力を尽くす。イノベーションは必ず起こるという性質のものではない。なぜなら、イノベーションが発生しているとき、私たちは何が起こるのかを理解していないからだ。最終的に、失敗の規模がより大きくなると、失敗を嫌う組織文化を強化してしまう。それぞれの失敗が大きくなり、失敗のコストに対する意識をさらに強調してしまうからだ。その結果、人々は失敗をさらに避けようし、より完璧な解決策を求めてしまう。こうしたことはうまく機能せず、より大規模な失敗につながり(さらに完璧なソリューションを追求するというように)、自己強化的な制度を生み出してしまう。

ここであなたがすべきなのは、この悪循環から抜け出し、社員たちがもっと実験的になることを援助することだ。くわえて、すべての者が失敗をどのように経験するかに関する文化を変えたいとも思うだろう。私は、「失敗を讃える」考え方を支持しているわけではない。しかし、組織文化が、失敗というものに価値を見出す必要があると考える。私たちは失敗から学び、その教訓を共有すべきである。そして、失敗を、問題を解決するための決定的な段階として認識すべきなのである。


5.      あなたは、イノベーション問題に創造的に取り組んだ企業の例として、IBM社をとりあげました。グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックの各社は、すでに、あなたが提案する社内競争と組織階層横断的なチームの組成を導入したように見えます。にもかかわらず、これらの4社は、IBMのようなイノベーション問題に直面すると思いますか。これらの4社が、現在のように高いレベルでイノベーションを維持するために、その他の方法はありますか?

これはたいへん面白い質問である。一言で言えば、私たちには分からない。

IBM社は倒産寸前であった。IBM社はポラロイド社やコダック社ともう少しで同じ運命をたどるところだった。しかし、ある時点では、CEO(最高経営責任者)、取締役会、そして経営陣が問題を把握し始め、IBM社の業績を引き下げていた全ての要因を取り除く決意をしたのである。それは極めて困難なことだった。なぜなら、それらの多くの事業が多くの収入を生み出していたからだ。それらの事業の各分野が損失を生んでいたわけではない。ある時期、これらこそが中核事業であり、その時点でもまだ多くの収入を生み出していたのである。これらの事業分野が収入の源だったからこそ、これらを継続しながら、同時に、経営陣は次のことを悟った。つまり、そうした事業が収入を生み出しているからこそ、IBM社を取り巻く自社の新しい営業環境を構成する「変化し続けている世界」に合わせて、自社の既存事業を維持しながら、さらにビジネス・モデルを変革することが不可能だと。しかし、極めて難しかったにも係わらず、IBM社はこれらの事業分野を取り除く覚悟をした。

同僚であるディック・フォスター氏と、イノベーションについてよく話し合っている。私たち二人とも同意しているのは、成功している既存企業の大きな課題が、革新の継続と会社の存続に必要な複数な要素のバランスを保つことにある点である。第1に、企業はオペレーション上の優秀さを維持しなくてはならない。現在の収入を生み出している事業のすべてをうまく遂行しなければならい。企業の主な収入源として、それらの活動は多くの資源と活力を吸収していく。

しかし、卓越するレベルで運営することが企業に求められる唯一のことではない。事業の選択肢も創造することも必要である。企業は、現在の運営にイノベーションを漸増的に加えることに投資するだけでなく、将来に向けた新たな事業選択のポートフォリオを創造するための投資活動も行わなければならない。もちろん、そうした投資活動の最終価値を予想することは不可能だが、それが2つ目の必須事項である。

3番目は組織の財務上のコントロールを適切に行うことである。要約すれば、企業は、運営上の優秀さを維持し、事業の選択肢を創造し、財務上の支配も同時にしなくてはならない。

私は、アマゾン社には少し懸念を抱いている。同社は、興味深い運営上の優秀さを構築したとはいえ、財源上の適切なコントロールがなされないで事業運営されているからだ。同社は絶えず赤字を計上している。今のところ、株式市場はアマゾンを猶予しているが、株式市況が後退すると、同社に対する厳しい合図が発せられるかもしれない。そのような合図が出れば、アマゾン社は窮地に陥る可能性がある。なぜなら、同社は、財務的に健全な運営を行っていないからだ。

企業にとって必要な4つ目の点は、事業を取り除き、交換する覚悟をもつことである。かつて中核事業であったが、活力と機動性を保つ可能性が制限される事業分野を追求するという考えは捨て去るべきであろう。そうした事業がまだ価値のあるうちに売却したほうがより。これを実施するためには多くの自制が必要となる。この意味で、とても興味深い組織が3M社である。同社は、期待成長率を下回っている子会社や事業を、絶えず売却し、閉鎖しており、一方で常に新規事業を立ち上げている。これらの活動は3M社の規律の一環である。

アップル社も同じ意味で注目されるべきだ。同社は、もはやダイナミズム(力強さ)を失った商品と事業分野を閉鎖することに何ら疑念を抱かない。商品の販売を中止することで顧客を苛立たせてもアップル社は販売を中止する。グーグル社も、業績のよくない事業分野を閉鎖することに対して、比較的厳しい規律を守っている。

私はフェイスブックを心配している。具体的には、同社は企業のアイデンティティ(独自性)を特定のサービスと商品に緊密に結びつけすぎている。一つの商品によって自社の独自性を定義する企業は自らを脆弱なポジションに置いてしまう。

すべての商品と同じように自社商品が製品ライフサイクルを経るにつれて、その商品は収益を生み出す能力を失ってしまう。特定の商品によって自社の独自性を定義する企業は環境が変化するにつれて、環境適応に関して大きな困難に直面する。

自社の独自性が顧客にサービスと解決策を提供する基盤のうえに構築されているなら、市場の変化に対応するために、商品販売を中止し、入れ替える意志がはるかに強くなる。(前述のとおり)アップル社が容易にそれを実施していることが確認できる。フェイスブックが真にこの方法を採用しているかどうか私は分からない。フェイスブックが努力している兆候はあるが、同社のアイデンティティは、社名にもなっている「フェイスブック」という本来の商品に結びついていると私は思う。商品として、フェイスブックが市場から消え始めたら、同社はいくつかの問題に直面するだろうと私は考える。