南カリフォルニア大学マーシャル・スクール
(経営大学院)ナサナエル・ファスト博士
「権力、自信過剰が組織内に強い影響力を及ぼす」
スタンフォード大学博士(組織行動論)。研究分野は、集団や組織における権力と社会的地位の決定要因やその帰結、組織内のいじめ、文化の伝播に影響を与える心理学的なプロセスなど。著名学術誌で多数の論文を発表。ウォールストリートジャーナル、フォーブス、ニューヨークタイムズにも記事を寄稿。「世界のビジネススクールの40歳以下の最も優秀な研究者40人」(2014)に選出される。
1.組織内の権力の影響
これまで、あなたの最も顕著な研究は、組織内の権力(パワー)が判断と意思決定にどのような影響を与えるかということに焦点を当てている。この研究の概観を示してください。そもそも何がきっかけで、この研究分野を選択したのですか?
私の研究の多くは、権力の保有や権力の欠如が、個人の知覚、態度、意思決定をどのように変化させるかを理解することに焦点を当てている。特に、リーダーが誤った決定を行うとき、人々は好んで「権力は腐敗する」(power corrupts)という格言をしばしば指摘する。しかし、私は、もっと体系的に権力と行動との関係を理解したかった。そのため、私と私の同僚は、科学的手法を用いて、権力がそれを持つ人に与える様々な心理的な影響を研究してきた。その過程で、ある場合は、権力が順応効果をもつ可能性があり、他の場合は、不適応効果をもつ可能性があることを明らかにした。例えば、私が、同僚(Deb Gruenfeld、Niro
Sivanathan、Adam Galinsky)と一緒に行った一連の研究において、権力は支配の幻想的な感覚を感じさせる傾向を強めることを解明した。状況が困難になるときに、(権力にともなう)この幻想は、個人に対して大胆に前進し続ける決意を与える意味で順応的である。しかし、正確性が要求されるときには、自分の能力の過大評価に繋がり、望ましくない結果を生み出す可能性もある。最近になって、私は、資源や結果に対する支配の形成という視点から、権力が、自己が知覚した能力や社会的地位のような要素とどのように相互作用しながら行動に影響しているかを研究している。
私が覚えている限り、私は、権力にずっと関心を持ってきた。権力への関心について、私の最初の記憶の一つは、私が幼いところに過ごしたザイール(現在のコンゴ民主共和国)にさかのぼる。そこで、父はボランティア医師をしていた。私の家族は、独裁者モブツ・セセ・セコ(Mobutu Sese Seko)が統治していたときにそこに住んでいた。そこでは、(普通に)指導者が自分の方針に反対する人に対して暴力を振るい、ましてやその人々を殺害するという考えが存在していた。私はそうした考えに不安を覚えた。そのとき以来、私は、指導者が権力を悪用するのか、あるいは他人に役立つように使うのかを左右する要素を解明する研究に魅了されている。
2.優秀教員賞の資質
あなたは、研究で認められることに加え、何回か優秀教員賞を受賞したこともあります。あなたのどのような資質が学生指導における成功の原因だと思いますか。
たぶん、学生たちは、私が、彼らの個人的な成長とプロフェショナルとしての成長を気に掛けていることを知っていることがもっとも大きい理由だと思う。また、私は、新しいことを学ぶのが好きだし、できる限り、私の学習に対する情熱を教室で学生に伝えるように努力している。
3.組織における「いじめ」対策
「いじめ」は歴史的に日本の公教育制度の問題になっています。その「いじめ」によって、複数の被害者が自殺するまでにいたっています。あなたの研究にもとづき、日本における「いじめ」を根絶するために、校長や政策立案者にどのようなアドバイスをしますか?もしも可能な場合、被害者が身を守るために、何ができますか。社内で「いじめ」にあっている被害者は、窮地を改善するために何ができますか?
「いじめ」は、重大で、複雑な問題である。ひとつの救いは、「いじめ」に対する戦いで道を開いている「Workplace Bullying Institute」 (職場のいじめ研究機関)のような組織がそれに正式な名前を与えたことである。「いじめ」に対して、公式な名称を付けたことにより、それが、被害者も政策立案者もともに解決しなくてはならない問題として特定できるものとなる。「いじめ」に直面している人々ができるもう一つのことは、その状況から暫く距離を置き、考えをまとめ、その対応戦略を検討することだ。「Workplace Bullying Institute」のような組織が「いじめ」への対応策を検討したい被害者にとって、有益な情報源となる。それから問題を適任者たちのところに持ち込み、個人的な問題としてではなく、むしろ、組織の利害に係わる課題として、組み立てることが有益である。また、個人としてではなく、グループ(集団)として、その対策を考えることが有効だ。上層部は、「いじめ」の被害者に責任を押し付け、そうした個人が過度に敏感なだけだと、簡単に判断する誘惑に負けてしまう。しかし、「いじめ」についての報告が組織の健全性に関心を抱いている従業員グループから伝えられたら、上層部はそのような安易な応対はできなくなる。他方、政策立案者が実施できる対応策としては、まず、「いじめ」に公式の名称を付けて、それを国民全体に知らせることである。
4.権力と自信過剰
2009年3月10日付けのタイム誌の記事に紹介された、権力が生み出す自己管理の能力にともなう幻想に関するあなたの研究に興味をもちました。あなたと共著者デボラ・グルエンフェルド(Deborah
Gruenfeld)のコメントを引用すると、「権力は、自信過剰な意思決定をさせるという点で、人間を現実から疎くさせる可能性がある」。どのような状況下でこの結果が起こりうると考えますか。権力者が自信過剰な決定をする確率を減らすために、企業は何ができますか。権力者自身は何をしたらよいでしょうか。
繰り返し成功を体験する。また、リーダーの権力に挑戦したくない人たちに囲まれる。こうしたいくつかの要素が支配の幻想的感覚を強化しうると考える。私たちは、失敗または対立を経験しなければ、特定の決定の賛否両論を熟考する必要性を感じなくなってしまう。そのため、企業は、権力者に対して熟考を促進するような環境を醸成しなければならない。権力をもった上層部の人間も、自分自身で、次のような対策をとれる。権力者は、支配の幻想的な感覚を体験する傾向が強いことを意識する。また、自分の弱点を自覚する。そして権力者自身が、自分に対して率直に意見を述べる人たちの中に身を置くことだ。
5.起業家と自信過剰
自信過剰な意思決定が、利益をもたらす状況はあると思いますか。例えば、起業家がその恩恵を受け、他人が回避するリスクを取る傾向が強くなると考えますか。
確かにある。起業家として成功するために、リスクを取る必要があり、自信がその重要な一部を構成する。これに関連して、Cameron Anderson と
Sebastien Brionは自信過剰がグループ(集団)における社会的地位を高めるのに、役立つという研究結果を発表した。要するに、自信過剰がいつも悪い訳でない。
6.人気が持続する理由
そもそも人間は才能があれば、才能が衰えた後でも長い間、人気を保つことができる。その理由は、人間が共通の関心課題を探し、関心を共有したいという欲求をもつことにある。そう提唱するあなたの研究を読んだときに、初めのうち、半信半疑でした。この研究について説明してください。その結論は、西洋の文化と完全に異なる日本にも当てはまると思いますか。これらの研究結果は、ビジネスにおいてどのような示唆を与えてくれますか。
私たちは、つぎのような単純な仮説を証明したいと考えた。人間には共通話題を話し合うことにより、絆を築く心理的な傾向がある。そうした心理的傾向が、有力な考えや有名人が、純粋のメリットだけで「説明できる」より長い間、大衆文化のなかに生き残る社会学的な発見の基礎になっているという仮説である。私たちは、成績の影響を調整したうえで、野球選手が、前の数年間、メディアに自分の名前が出た場合は、オールスター・ゲームの投票をより多く獲得し受賞数も増えることを発見した。人々が、これらの選手についてオンライン・チャットルームで話し合う傾向がこうした効果を生み出す仕組みだった。面白いことに、異なったパターンを見せた唯一の集団は、野球に詳しい「専門家たち」であった。彼らが、もっと面白い、成績のよい選手について語る傾向が強かった。しかし、そうした傾向も、話している相手が同じ「専門家」であることを知っていた時だけに見出された。結論から言えば、有力な考えと有名人は、単に私たちに他人と絆を築く方法を提供するために存在するのかもしれない。集団主義的文化と個人主義的文化の中で、この現象の潜在的な違いを検討する研究は面白いだろう。そうした研究は、私たちはまだ行っていない。
7.組織内の批判は伝染する。それを防ぐには?
あなたが、実験社会心理学の学術誌「The
Journal of Experimental Social Psychology」で発表した研究は、人を責めることが組織内で伝染することを示唆しています。こうした悪影響を阻止するために、2010年の HBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)のブログで掲載された記事で、あなたは、従業員の誤りに報酬を与えることを提案しています。こういった報酬制度を導入している会社の例を教えてください。これらの制度の有利なところは何ですか。ビジネスに対するこうした報酬制度の影響をどのように計測したのですか。
もちろん、正しい間違いを奨励することが大切だ。ここでいう正しい間違いとは、将来の業績を改善する学習を促す間違いのことを意味する。失敗に対して、新種の取り組み方を採用している企業が数社ある。インドのタタ・グループは、毎年、最高の失敗に対して賞を与えている。イントゥイット(Intuit)、 イーライリリー(Eli Lilly )、P&Gの各企業は、失敗は会社の運営上不可欠な部分だと見ている。この方法の利点は、心理的な安心感を生み出すことである。ハーバード大学経営大学院のエイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson)が行った広範囲の研究結果が示すように、失敗に対するこうした態度は全体的な業績の向上につながっている。
8.海外経験と研究領域の関係は?
あなたは、小さい頃、北米、欧州、アフリカに住んだことがあると聞きます。なぜ、幼いころ、三つの違う大陸に住むことができたのですか。欧州とアフリカの経験を教えてください。それらの人生経験があなたの研究にどのような影響を与えたのかをお話しください。
医者である私の父は、他人を助けるだけでなく、旅行も好きだった。そのため、彼は、「Doctors Without Borders 」(国境なき医師団)のような組織に志願した。ベルギーでは授業がフランス語で行われていた学校に通い、コンゴでは、私と私の兄弟たちは村で唯一の白人であった。これらの経験から、わたしは次のようなことを真剣に学ばざるを得なかった。つまり、人間の行動を導く根本的な基準(ノーム)と原則を理解しようと、個人と集団について学んだ。その経験により、私は、人間の行動の土台を解明しようとする研究への終生の関心をもつようになった。海外で暮らしたことは良い経験であるし、今でもその機会に感謝している。
9.今後の目標
あなたはまだ若い。学者としてのあなたのキャリアはこの先長い。どのような目標を持っていますか。本を執筆する予定はありますか。もしあれば、詳細を説明してください。
現在、私は研究と教育の両方をとても満喫している。確かに、今後数年間で、この両方の成果を本にまとめたいと思っている。それまでの間、私は、権力、影響力、指導力(リーダーシップ)に関する研究の最新の結果を定期的に私のホームページで公表していきたいと思っている。下記のサイトを自由に参照されたい。
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